おろち

私の母は昔、おろちとかうわばみと言うニックネームで呼ばれていた。

客との酒飲み合戦は無敗でした。

金がかかると目つきが変わり、どんぶりの酒を一気に飲み干していた。

それを遠めで見ている、私と父が居た。

父は一滴も酒が飲めなくて水商売は失格とまで言われた。

そんなある日、私と父は公園に散歩に出かけた。

散歩は久しぶりで私は子供心にうれしくて、はしゃぎまわっていました。

公園の片隅に私が何気なく近づくと草むらの中から

大きな青大将が出てきました。無造作に

いきなり私の足に噛み付いた。私は怖さと痛さで悲鳴を上げた。

父が駆けつけたが蛇は、今度は父に向かい噛み付こうとした。

父はとっさに脇に在った大きな丸たんぼうで、蛇を打ち据えた。

何回か殴打すると蛇は絶命した。

蛇が動かないのを確かめると、私の足の傷に父は噛み付きドクを吸った。

私は恐ろしさと痛さで気が遠くなった。父は私を背負うと病院に運んだ

傷もドクもたいしたことがなく私の足には、絆創膏程度の処置がなされた。

家に帰ると母に父は出来事を話した。

母は私がなんでもないことを確かめるべく私に近づいた。その時、

母の様子が急変した。目つきが変わり、口調や体のこなしも変わった。

まるで何かにとりつかれたようになった。

母は私をいきなり突き飛ばした。

どうして突き飛ばされるのか、私も父も呆然とした。

母はその場でうずくまってしまった。

次の瞬間、

大きな声で高笑いを始めた。

声と笑いは母ではなくこの世のものではない、笑い声に変わった。

父は母に駆け寄り、肩を抱きしめた。

母は「お前は誰だ。私に近寄るな」と父をも突き飛ばした。

次の瞬間、父のすねに噛み付いていた。

もう母ではなく獣のようである。

しかし父は噛みつかれた痛みをこらえて、さらに強く抱きしめた。

すると母の様子が変わりはじめて、元のやさしい母に戻った。

どうしてだか母にもわからない様子で父の足から流れる血を見て、

母は持っていた手ぬぐいで今噛み付いた傷に当てて介抱した。

正気に戻った母を見て、父は「おばあさんに相談しに行く」と言い出した。

私と母は残されたが、私はまだ母に近寄ることが出来なかった。

また元の怖い母にもどったら、私一人の力ではどうすることも出来ないと

思ったからである。

おばあさんは昔から、信仰が好きで毎日お寺や法院に通い色々な事を

知っていた。父はおばあさんを連れて戻ってくると母に会わせた。

おばあさんは部屋に母を呼び母の肩に軽く手を添えた。

そしてお経と何か私たちが聴いたことのない呪文を唱えた。

１５分ほどすると、母の肩が揺れ始めた。

おばあさんが呪文を止めると、母は先ほどのすごい声で怒鳴り始めた。

「どうして私を殺した。噛み付いたのは、お前たちが近づいて来たからだ」

そう言うとヒューと言う泣き声を上げた。

もはやそこにはあのやさしい母は存在しなかった。

おばあさんは呪文を大きく唱えて、母の周りを歩き、退散するように

数珠で母の肩を打ち据えた。

母はぐったりして気を失った。父と私はその光景をみて唖然として

何も手につかない状態だった。

母は３０分ほど寝た状態が続き、気が付くと正気に戻っていた。

おばあさんは「どうして蛇を殺した。」と父に詰め寄った。

父がわけを話すと、「仏壇で拝みなさいへビが成仏するように」

と言うとおばあさんは仏壇に向かい拝み始めた。

それにつられ私と母と父は合掌した。

拝み終わると、おばあさんは元のやさしいおばあさんに戻り、

母に「酒を飲むのはほどほどにしなさい。お前は蛇年の女だ、

蛇が取り着きやすくなっている。」

「うわばみは酒を欲しがり母の体に取り付いた。

父が殺した蛇は、蛇年の母に怨念をかぶせた。」というと

「これからは、内の娘（母）は酒を飲まないように婿さんも一緒に

辞めることを心がけて欲しい」というと頭を深々と下げた。

それから１年、母は酒を止めた。

上山温泉のうわばみは伝説になった。