「今日からお世話になります。工藤です。よろしくお願いします。」
僕は、深々と礼をした。
こういう年配者が多い職場は礼儀が不可欠。
「よろしくねえ。いやあ、若い人が入ってくれると、ほんと助かるねえ。」
人の良さそうなおばちゃんがニコニコ笑いながらボディータッチしてきた。
ここは、とある島の工場。
工場とはいえ、ラインでみかんの選別をするだけの工場だ。
ここなら誰にも迷惑をかけることはないだろう。
僕は、見えるがゆえ、いろんな職場を転々としてきた。
自分のデスクの椅子にずぶ濡れの髪の長い女が座っていて、席に帰れずウロウロしたり、商談をすれば、取引先のおっさんの肩に水子霊がとりついているのが見え、全く話が入ってこなかったり。
とにかく、見えない人たちにとっては、僕の行動は奇行でしかないのだ。
会社を辞め、販売業に転職すれば、お金が触れない。お金というのは、いろんな人の手を渡ってきているので、怨念のこもったものもあるのだ。やむを得ず触り、休憩時間に自分の手にべったりついた、他の人には見えない血のりを延々と洗い流す姿は、異常者にしか見えず、ほどなくしてその職場も辞めた。
僕は母の実家を頼り、なんとかみかん農家の手伝いをし、行く行くは実家の農業を継ごうと思ったのだ。
祖父母は、孫がみかん農家を継いでくれるということで大喜びだった。
もう、霊に翻弄されるのはこりごりだ。僕は田舎でのんびりと暮らしたいのだ。
その時、工場のシャッターの向こうから、男性が歩いてきた。おおよそ50がらみくらいの年だろう。
「進さん、こちら工藤さんよ。」
おばちゃんが、その男性に僕を紹介した。
「本日よりお世話になります。工藤です。よろしくお願いします。」
僕が頭を下げると、おぅと一声だけ発して手をあげると、さっさと自分の持ち場に行ってしまった。
「進さん、愛想は悪いけど、いい人よ。」とすかさずおばちゃんがフォローを入れた。
「とりあえず、工藤君はまだ新人だから、上手(かみて)で傷物のみかんだけ取り除いてね。下手(しもて)で大きさの選別をするのだけど、慣れてきたら、工藤君にもやってもらうようになると思うわ。」
僕は言われた通り、傷物でどう見ても売り物にならないものを中心に取り除いた。
ラインに乗ってくるみかんをずっとみていると、上手から、明らかにみかんで無い物が流れて来た。
なんだろうと目をこらしたら、それはパチリと二つの目を開けた。
「ひぃっ!」
僕は椅子ごとひっくり帰ってしまった。
な、生首?しかも、ザンバラ髪で、まるで落ち武者みたい。
「何してるのぉ?工藤君。」
おばちゃんたちは、けらけら笑った。そっか、僕だけにしか見えてないんだ、あれ。
慣れた事とはいえ、僕はまたかとため息をついた。本当にこの体質が恨めしい。
流れていく生首の行方を見届けていると、どんどんと下手に流れて行った。
どうなるんだろう、と見ていると、下手に居た進さんが、その生首をむんずと掴み、後ろにポイと放り投げた。
僕はびっくりして、進さんを見つめていた。すると、進さんは一瞬僕を見つめ
「ほら、新人、ちゃんとやれ。」
と注意した。
「は、はい!」
僕はびっくりしながらも、自分の席についた。
休憩時間、外で缶コーヒーを飲んでいた僕に、喫煙所で煙草を吸っていた進さんが近づいてきた。
「おめえ、見えるのけ?」
ボソッと僕に呟いた。
びっくりした僕は、進さんを見つめた。
「進さんにも、見えるんですか?あれ。」
「ああ。でも、心配することはねえ。アレはもうだいぶ昔のやつだから。そんなに悪いものじゃねえ。霊も恨みがあっても長い年月が経てば力はなくなる。ただ、時々ああやって悪さしにくるのさ。」
そう言うと、空に向かって煙を吐いた。
「俺は見えるだけだからな。本当にヤバいやつには近づかねえ。だから、お前も本当にヤバいやつに出会ったら、俺に知らせろ。俺のばあちゃんは俺よりすげー能力を持ってるから。」
そう言うと、初めて進さんが、ニカっと笑った。
僕は嬉しかった。ようやく、自分と同じ能力のある人に出会えた。きっとこの人なら僕の苦悩がわかるそはず。
僕は堰を切ったように、今までのことを話した。
「俺も同じようなもんさ。俺がここに居る理由もだいたいお前と同じさ。」
それから僕は進さんに懐いた。
「工藤さんは、進さんと仲がいいねえ。まるで親子みたい。」
おばちゃんたちからは、そんな風に笑われた。
進さんは、不思議な人だった。どんな人生を歩んできたかは、あまり語らない。
工場にいるタイの留学生とタイ語でペラペラしゃべっていることもあるのだ。
そして、今日も僕と進さんは、ラインで肩を並べる。
僕もなれてきたもので、一発でみかんのサイズを見極めることができるようになった。
ただ、アレは時々流れてくるので排除しなくてはならない。
アレが万が一、売り物のみかんと一緒に封じ込められてしまうと、みかんが悪い影響を受け腐ってしまうからだ。
何も無いところを掴み、ぽいっと後ろに放り投げる様を見ておばちゃんたちは微笑む。
「何か、仕草まで進さんに似てきたねえ。」
作者よもつひらさか
ライン違いです。
狙いました。
さて、怖話の人が登場しています。w