近所の商店街の入り口にお茶屋さんがあり、そのお茶屋さん脇の細い路地には、もう何才なのかも分からないくらい長生きをした老猫がいました。
みんなから「長老」とか、当時再放送していた『いなかっぺ大将』というアニメから「にゃんこ先生」と呼ばれていました。
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私が小学生の時、友達が公文やお使い等で遊べない時は、いつもこの、にゃんこ先生に会いに行っていました。
にゃんこ先生は、お茶屋さんの前にある、砂場とシーソーと小さなジャングルジムしかない狭い公園のベンチで日向ぼっこするのが日課のようでした。
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「先生、聞いて!3年生になってね、クラス替えしたの!新しいお友達は、リエちゃんとユカちゃんっていうんだよ!」
いつものように友達と遊べない日、私は先生に会いに行きました。
先生はクリクリの目で私を見ると、
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「ニャーォム」
と鳴きました。
それからベンチの真ん中から少しずれて、私の座るスペースを空けてくれました。
「先生、相変わらず変な鳴き声するね」
エヘヘ、と笑いながら私はベンチに座りました。
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先生は、白に茶色のブチがある猫でした。
その先生の身体を撫でると、先生は目を閉じてゴロゴロと喉を鳴らします。
私はお茶屋さんのおばさんから、猫エイズを発症して、もうあまり生きれないと聞いていました。
「先生、もっと長生きしてほしいな」
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私が呟くと、先生は「ニャォム」と短く鳴きました。
公園の時計が夕方5時のチャイムを鳴らし、私が先生に別れを告げて公園を出ると、先生もまた、ノッタリした歩調で公園を出て、お茶屋さん脇の路地へと入って行きました。
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ある日、友達の家で宿題をやっていて帰りが遅くなった日がありました。
とりあえず友達の家から自宅に「今から帰る」と電話を入れて、その後、少しでも近道しようと商店街へ抜ける道を走りました。
途中に大きな道路がありますが、左右を良く確認してして小走りで渡りました。
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無事に渡れてホッとした時です。
無灯火で余所見をしてスピードも出ていた高校生の乗る自転車が、私に突っ込んできました。
気付くのが遅れた私は自転車に跳ね飛ばされ、すぐそばの電柱に背中を強かに打ち付け気絶してしまいました。
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気付くと病院の救急処置室に寝ていました。
私が目覚めたことに気付いた母が、一緒にいたお医者さんと共に私を見下ろして、
「大丈夫?痛いトコない?」
と聞いてきました。
私は首を縦に振ると、母は安堵して笑いました。
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お医者さんが私に事故の様子等を、分かりやすく話してくれました。
「君は運の強い子だね。スピードの乗った自転車に跳ね飛ばされたのに、切り傷に擦り傷、背中の軽い打撲だけで済んじゃったんだから」
それから不思議そうに、こう続けました。
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「君を跳ねた高校生の男の子は転倒して左足を骨折して運ばれてきたけど、他にもね、猫が一匹、君のそばで死んでいたらしい」
それを聞いた私はお医者さんに、
「それって、どんな猫?」
と尋ねました。
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「うん?救急隊のお兄さんの話だと、確か、白地に茶色のブチ模様だって…」
それ聞いて私は、ベッドから飛び降りました。
<にゃんこ先生だ!>
救急処置室を飛び出そうとする私を、お医者さんは抱き抱えて止めました。
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「ダメだよ、まだ動いたら!」
お医者さんの言葉に私は、
「はーなーしーてー!にゃんこ先生のトコ行くの!行って、ごめんなさいするのー!」
そう叫んで暴れました。
そんな私を母も取り押さえにかかり、
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「もう保健所の人が回収しているだろうから、そこにはいないよ」
と私に言いました。
「やーだーぁ!私のせいで先生が死んじゃったのー!だから、ごめんなさいするのー!」
泣き叫ぶ私の頬を、母が打ちました。
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「聞き分けなさい!もう3年生でしょ!」
母に叱られ、私は自宅へ連れて帰られました。
家に帰ると私は夕飯も食べずにベッドに潜り込み、泣き続けました。
いつしか泣き疲れて、私は眠り込んでしまいました。
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暗闇の中にポツンとスポットライトがあたっている場所に、にゃんこ先生はドカッと座っていました。
「先生!あのね、あのね!私のせいで、ごめんなさい!ごめんなさい!」
泣いて謝る私を、先生は静かに見つめていました。
「…先生、私のために、ありがと…!」
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私が先生に頭を下げると、
「…ニャーォム」
クリクリした目を細めて先生は鳴きました。
すごく優しい顔に見えました。
気持ちが、とても暖かくなりました。
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目が覚めると今のは夢だったんだと知り、涙でぐちゃぐちゃになっていた目を擦って台所へと向かいました。
台所の明かりを点けて時計を見ると、真夜中の2時過ぎでした。
テーブルを見ると、おにぎりが2つありました。
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そばには母のメモがあり、
『起きたら食べなさい。明日は一緒に猫ちゃんにお礼をしに行こう』
と書かれていました。
私はすでに冷たくなっていたおにぎりを頬張り、でもそのおにぎりを暖かく感じました。
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翌日、学校から帰ってきたあと、母と事故現場へお花と猫缶を持って行きました。
2人で手を合わせ、お礼を言いました。
すると、どこからか、
「…ニャーォム…」
先生の鳴き声が聞こえました。
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周りを見ても先生どころか猫もいません。
「お母さん…今の…」
母に声をかけると、母は微笑みました。
「うん、聞こえたね。猫ちゃんが、そばに来たんだろうね。助けてもらったんだから、あんたは何があっても生きなきゃダメよ」
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それからたくさんの時間が過ぎ、大人になった今も私は、助けてくれたにゃんこ先生に感謝しながら今を生きている。
[おわり]
作者ゼロ
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
当時を思い出すと今も泣けます。
猫に助けてもらった最初で最後になるだろう出来事でした。
怖いというより、不思議で暖かい出来事だったと思います。
にゃんこ先生のおかげで、今の私が在ります。