わたしがまだ幼稚園の年少さんだった頃で、成人もとうに過ぎてもはっきりと思い出せるお話。
その時はまだ子供は姉とわたしの姉妹で、年子のわたし達はいつも2人で遊んでいた。
近くのお友達が居なかった訳では無いが、家にいる時はもっぱら2人でおもちゃなどで遊んでいた記憶がある。
わたし達は姉妹というより、双子のような、友達のような感覚だった。
nextpage
wallpaper:907
普段、寝室は母とわたし達、父は1人で別の部屋に寝ている。
その日はとても寝苦しくて、わたしだけ熱が上がり眠れずにいた。
母と父はリビングに残して、姉が寝室に来て隣に横になる。それからすぐに眠たくなったのか、姉はわたしを置いて寝てしまった。
それを見届けて、寝室の薄く開いた扉を見つめるとリビングがの光が明るく見えた。
息苦しくて眠れない、どうしよう。お母さん。
母が来れば眠れるかもしれない。
そんな風に考えていると、薄く漏れた光の中に影がかかる。
nextpage
wallpaper:629
―お母さん、来たのかな。
扉がゆっくりと開くと、それは母ではなかった。
喉が引きつって声が出ない。
でも夢なんかじゃないのはわたしが一番わかっている。
扉を開けたのは、顔の大きな男だった。
シルクハットを被り、服はスーツで、頭と同じくらいの大きさの体。
ヒゲが生えていて、腰は曲がっている。鼻は高くて、目はぎょろりとしていた。
風体を見ても小さいわたしが言うなれば「おばけ」。
わたしはびっくりして体が動かなくなる。まるで全身をなにかに押さえつけられているような感覚で、心臓だけが周りに響きそうなくらいに高なっている。
とにかく得体の知れないその姿に、恐怖を感じていた。
その人は姉の顔を覗いて、こちらに近づいてきた。
わたしはギュッと目を閉じて、何も見ないように努める。息を止めていると、耳元で息をしている音がする。
頬にはぬるい風が吹いた。
nextpage
wallpaper:907
その感覚が消え、しばらくした後にわたしは恐る恐る目を開けて、周りを見回す。
もうその人の姿はなく、わたしは布団から這い出て、隣で眠る姉を揺すった。
「K(姉)ちゃん、Kちゃん!」
「……ん〜どうしたの、スーちゃん」
「あのね、いま」
「こわいのみた?」
nextpage
wallpaper:907
―こわいのみたかおしてる。
姉はそう言うといつも母がするように「いっしょにねよう」と自分の布団を半分空けた。
わたしは姉に風邪をうつさないか心配だったが、眠れそうもなかったのでそれに応じて一緒に寝ることにした。
それからあのおばけを見ることは無かった。
nextpage
wallpaper:23
"あの"おばけは見ていない。
それからしばらく経って、そんなことも忘れかけたとき。
日も暮れて、周りの家が電気をつけ始める頃。
例に漏れず、うちもそうだった。
夕飯を家族みんなで食べていると、リビングと廊下をつなぐ引き戸のすりガラスから白い影が見えた。
わたしは慌てて周りを見ると、父、母、姉、わたしと全員揃っている。
みんないるから大丈夫、怖くない。
そう思いながらもどこか怖くて、ちらちらと何度も引き戸を見る。
nextpage
wallpaper:22
何度見たかはわからないが、また見れば引き戸が大きく開いていた。わたしはぴくりとも動けずに、それが顔を出した時は思い切り目をつぶる。
隣で姉が「スーちゃん」とわたしの名前を呼んだ。
わたしがぱっと目を開くと、視線の先には大きく開いた戸と、そこに立っている妙に白い大男だった。
白と言っても緑がかっていて、腹はでっぷりと出ている。
背は引き戸より高くあるのに、足は短く、やはりバランスの悪い体型だった。
眉がつり上がって肌が妙にぬめぬめと光る。
こちらには気づいていないようで、リビングの先から見えるキッチンをうろうろと腹を揺らして歩いていた。
わたしは"それ"から目が離せなくなり、持っていたスプーンもからりんと音を立てて落ちていった。
頭がグラグラとして、見ていたくないのに視線はばっちりとそこから動かない。
大男がゆっくり方向を変えてこっちを見ようとしている。
nextpage
wallpaper:587
shake
目を離したい目を離したい目を離したい目を離したい目を離したい目を離したい!!!
nextpage
wallpaper:22
どっくんどっくんと心臓が波打って、それでもかっちりと視線はそこに向けられたままだった。
大男の低い鼻がスンっと鳴って、緩やかに上がっている口角が見えたとき、横から強い衝撃があってハッとする。
「スーちゃん!!!!」
姉が泣きそうに怒っていた。母は心配そうにわたしの顔をのぞき込んで、父は電話機を片手にオロオロとしていた。
「Kちゃん…」
「よ、よかったあ…」
母は頻りにわたしの額を触って温度や状態を確認するように声をかけてきた。
大人になってから母から1度だけ聞いたことがあった。
「あんた、覚えてるかわかんないけど小さい頃、ご飯食べてる時にぴくりとも動かなくなって」
「ええ?そんなことあったっけ」
「そうだよ。そんで動かなくなったと思ったら倒れちゃってさ。お父さんもびっくりして救急車呼ぶとこだったんだから」
―お姉ちゃんがいなかったら大変だったわあ。
姉にはわたしから1度だけ聞いたことがあった。
でも姉なりにすっとぼけていたんだろう。
「そんなことあったかなー」と言われてしまった。
わたしはそれ以来、そういったものは見ていない。
大人になってからもっと恐ろしい体験をするのはまた別のお話だが。
作者Suche.
わたしの幼少期のお話になります。