これはわたしがマンションで幽霊被害に遭って1年後の話だ。
その後実家にのこのこと帰ってきたわたしを両親はすんなり受け入れた。
幽霊騒ぎ云々はともかく、家の中に稼ぎ頭が増えることを単純に喜んでいた(主に母が)。
それからは毎月のように家賃という名の母のへそくりを上納している。
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平穏な生活も束の間。
体調も戻り、せわしなくしているといつの間にか年が過ぎ、嫌な季節がやって来た。
―8月だ。
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家でできる仕事ということもあり、間違いなく母方か父方のどちらかに派遣される。
今年は母方だった。
父方には姉と妹と弟が行くらしい。
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「やだよ、虫が…」
「お母さんが潰してやるから」
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そんなこんなでやって来た東北の山奥に母の実家はある。
今でも猪を狩りに出かけるようなところだ。
じいちゃんは相変わらず禿げたままだし、ばあちゃんの遺影も変わらない。
―今年はそこに叔父も加わっていた。
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家の前にくくり付けられている犬の名前は忘れたが老いぼれてても立派にじいちゃんの狩りを手伝う脚の長い猟犬。
とはいえ顔は間抜けだし、いつもよだれを垂れてて、わたしは小さい頃からあまり近づかない。
今年もウコッケイがコッコと地面を突いている。
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廊下から台所に向かうと、少し先のご馳走といわんばかりにキジがぶら下がっていてギョッとしていると、じいちゃんがわたしを見て笑っていた。
その日は母が蜂を素手で殺すのと、オニヤンマがテレビを見に来ているのを眺めるだけで終わった。
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翌日は朝5時にウコッケイの鳴き声にたたき起こされ、顔を洗って歯を磨いて朝食を食べてまた歯を磨く。
その日は朝から来客が多い。
叔母といとこ5人がやってきて、わたしが仕事をしている(といっても電波が届かないので何も送れない)のを囲んで覗き込む。
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みんなで線香を上げてじいちゃんが台所のキジを離れに連れて行くのを横目で見ていた。
母は「じいちゃん猪も一緒にやっちゃうって」とうれしそうに言った。
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叔母は昼食を作るのに"ハイミー"か"味の素"かで母と揉めている。
いとこは5人もいる上みんな成人しているのでわたしの仕事を一通り見たら何処かへ行ってしまった。
わたしは居間でカタカタとPCをいじっているだけだ。
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日が暮れだすと、分家の人たちが続々とじいちゃん家を訪れた。
宴席を作ってみんなが腰掛けて、盆という名の宴会が始まる。
ちびちびとビールを飲んでじい様達の戦争話や親戚内でしか分かりえないことに耳を傾けながら、母と叔母の喧嘩の末の牡丹鍋をつついた。
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「今日はじゃんがらさんが来るからねえ」
じ様とば様が話している。
じゃんがらは前にも体験したことがあるが中々気味のいいものではない。
扇風機の風とは逆に、ろうそくの火が向かっていくのが見えた。
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あたりはもうすっかり夜だ。
親戚達が並びだすと、わたしもその列に加わる。
そうしたらじゃんがら踊りの人たちも向かい合って並んだ。
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お経のようなそうでないような。
そんな声が広大な田畑にこだまするように聞こえる。
相変わらずろうそくは扇風機の風に立ち向かうように燃えていた。
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鈴が鳴り、人々が輪になる。
わたし達はただそれを見ている。
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シャンシャンシャンシャン
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一瞬、視界がぐらりと揺れた。
まるで誰かに脳を揺さぶられている感覚で、それは乗り物酔いにも似ていた。
要は、とてつもなく吐きそうだということ。
正座の足を崩してなるべく楽な体制を取ろうと、下げかけた頭を前に向けると、畑にうすぐらい影がいくつも見える。
それは本当にいくつもあって、"じゃんがらさん"よりたくさんあった。
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ぽつぽつと少し動いたり、お経に混じって声が聞こえる。
ああ、具合悪い…。
横になってしまいたい。
薄目を開けて見たろうそくはぐにぐにと歪んでいた。
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「みないで」
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誰かがそう言って、わたしの視界を塞いだ。
わたしは目を開けているのに、誰かが見せないようにと手のひらを当てている感覚。
少しひんやりとしていて、それでいて小さい子供の声だった。
先に書いたように、この集まりに子供はいない。
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―じゃあ誰が。
でも不思議と怖い気はしなかった。
視界が開けたときにはじいちゃんがお経を読んでいた人にお布施を渡していて、もう畑に影はなかった。
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その日、寝る前に母に訊ねてみる。
「ねえ、母ちゃん」
「何?」
「小さい女の子ってさぁ、誰か心当たりある?」
「…あー…」
少し間を空けて、母は心当たりがありそうに返事をした。
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「一番上のお姉さんじゃないかなぁ」
「え?ユウコおばさん?」
「ユウコさんじゃなくて。お母さんも記憶ないけどユウコさんの上にもう1人いたの。なんでそんなこと聞くの?」
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話を聞けば母が物心つく前に、病気で亡くなったお姉さんがいたらしい。
翌日、墓参りに行くと、ちゃんと叔母の戒名がそこにはあった。
でもなんで仏壇には遺影がないのか聞けば、写真を撮る機会がなかったのだそう。
仏壇の中身なんて見たこともなかったが、墓参りから帰ればちゃんと位牌もそこにあった。
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なぜだかわからないが、今はいない叔母はわたしを助けてくれたのかもしれない。
そして、その叔母はきっととても優しい人だったのだと思う。
作者Suche.
とある夏のお盆の話。
怖かったけど気持ちはあったかでした。
母と叔母は身内のわたしから見てもかなり変わってると思います。
蜂しか書いてませんがこの母カマドウマもスデゴロします。
マンション幽霊被害は↓
http://kowabana.jp/stories/25340?copy