スナックに勤めているY美さんは、自分が直接視たわけではないけど――と前置きした。
「何人かのお客さんがエレベーターで視たと言うんです」
Y美さんのいる店は三階建てテナントビルの三階にある。当然客はエレベーターを使用するのだが、その中に後ろ向きの女がいるというのだ。
それが視える客は最初気付かないまま乗り込んでしまい、ドアが閉まってから急に背筋がぞっとしてわかるのだそうだ。
三階に着いた後、血相を変えて店に飛び込んでくる客に、「ああ、またか」とママが清め塩を振るのをY美さんは何度も見た。
ところが自分を含め店の女の子たちは誰もエレベーターの女を視たことがない。そのため視たという客をきゃあきゃあと取り囲むので、それに気をよくして常連になる客もいた。彼らはエレベーターの女は幸運を呼ぶと笑った。
だが、客の知らないことがあるという。
ごくたまに女が後ろ向きではなく、前を向いているということだ。
それを視た客はその後なぜか来なくなる。店が気に入らなかったのか、他に原因があるのかわからないが、とにかく二度と姿を現さないのだ。なので、しっかり者のママは「前を向いていた」と言う客のツケには応じないそうだ。
ある日、視えない派の常連、B氏が友人を店に誘った。
一緒に来るつもりだったが都合が合わず、B氏は先に来て待っていた。
しばらくしてB氏の携帯電話が鳴る。このあたりをよく知らない友人が道案内を乞うてきたのだ。
電話で誘導し、数分後、ビルの看板を見つけたことがB氏の口ぶりでわかった。エレベーターの前に到着したらしく、「三階だぞ」と言ってからも友人と話を続けていた。
Y美さんはママに、「店に来てからゆっくり話をすればいいのにね」と笑った。
B氏は友人の到着でテンションが上がったようだ。
「おっ、着いたみたいだな。店はエレベーター出た角を右に曲がって、廊下の突き当り。
ああほんと、待たされたよ。ははは、えっ?――」
B氏が急に送話口を押さえ、ママやY美さんを見た。
「エレベーターに気持ち悪い女がいたって。もしかして例の幽霊?」
そう言ってB氏はいたずらっぽく笑った。自身は視えないが話は知っている。
「彼には教えてないんだけど。すごいな。本当に視えるやつっているんだ」
B氏は送話口の手を離し、「なあ、その女、後ろ向きだったろう。それって実はな――」と言いかけて、再びママとY美さんを見た。
「ちぇっ、幽霊と違うみたいだ。前を向いてたってその女。せっかくビビらせようと思ったのに面白くないな」
ママとY美さんは顔を見合わせた。
「もしもし、もしもし。あれ?」
友人は電話を切ったらしく、B氏も切って携帯をポケットに入れた。そして入口を見つめ、友人が入ってくるのをいまかと待ち構えた。
しかし、何分経っても友人は入ってこない。三階で営業している店はここだけだ。間違えるということはない。
B氏は電話をかけたが繋がらず、結局閉店時間まで来ることはなかった。
その後、Y美さんは店に来たB氏に友人のことを尋ねてみたが、「あれからあいつとは連絡が取れないんだ」と言って寂しげにしていたという。
作者shibro