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中編7
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温泉手毬唄奇譚

「ひゃほーい!」

『ひゃほーい!ひゃほーい…ひゃほー…』

青空の下で良く響く木霊に、私は満足した。

辺りの山はすっかり赤や黄色に染まり、秋真っ只中です!な主張をしている。

そんな中、私は友人のユミと温泉旅行に来ていた。

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自分達の住む県内にある箱根や湯河原もいいが、首都圏を飛び出し、見知らぬ土地まで出かけて入る温泉はまた格別である。

電車を乗り継ぎバスに乗り、いかにも「遠くから来ました!」感がたまらない。

「いいですなー、秋の温泉!」

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木の葉舞い落ちる田舎道、おしゃべりを楽しみながら私達は宿泊先の旅館へと歩いていた。

手には携帯電話、携帯電話の画面にはナビタイム。

世の中、便利になったものだ。

やがて旅館が見えてきた。

木造三階建、どっしりした瓦、いかにも!という雰囲気の旅館である。

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さっそく中へ入ると、女将さんが出迎えてくれた。

チェックインの手続きをしようとしたら、ここでハプニング。

ネットで予約したはずの予約が、されていないという。

すぐに携帯電話で確認したが、確かに予約してあった。

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旅館側にもネットの確認をしてもらうと、やっぱり予約はされていたので、旅館側の手違いだということが分かった。

だが、紅葉シーズンでもあるので泊まり客は多く、予約したはずの部屋も埋まっているとのことだったので、女将さんは頭を下げながら、

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「こちらの手違いで、ご迷惑をおかけしまして申し訳ありません。料金はそのままで結構ですので、離れの特別室にご案内させていただきます」

と言った。

離れの特別室=スウィートルーム。

私とユミは手放しで喜んだ。

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チェックインを済ませると、仲居さんが部屋まで案内してくれる。

赤い絨毯の敷いてある本館のロビーを抜け、離れへ続く石畳を渡ると離れの入り口にある鹿おどしが、カコーンと風流な音を立てていた。

離れへ入ると靴を脱いでスリッパに。

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板の廊下は玄関から左右に伸び、一方はトイレ、一方は広い和室へと続いている。

和室は12畳くらいはありそうな広い部屋が2間。

太宰治や志賀直哉が泊まっていたんじゃないかってくらい、調度品とかシンプルでありつつも豪華さを感じさせるものだった。

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離れの外は庭になっていて、これまた枯山水。

しかも、枯山水の中に露天風呂。

「朝風呂は、あの露天風呂で決まりだね」

私とユミがハイタッチして喜ぶと、仲居さんがクスクス笑いながら「それでは、失礼します」と離れを出て行った。

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「見て、水琴窟まであるよ!」

庭へ出る引き戸を開けて、ユミが言う。

ユミが柄杓で水を掬い水琴窟へ流すと、涼やかな音が響いた。

「いいねーぇ、風流だわー」

それから2人で笑いあう。

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引き戸を閉めて部屋に戻り、部屋の中央に鎮座する大きな卓袱台(ちゃぶだい)の上にあった旅館のパンフレットを広げて見た。

私が予約したプランは一泊二食付き、2人で2万円。

この離れの特別室で同じように一泊二食付きプランにすると、なんと8万円!

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「ぅおわー!すごいー!私達、6万円も得してるじゃん!」

なんてラッキー!神様ありがとう!と、はしゃがずにはいられなかった。

そうこうしてるうちに日も暮れ、夕飯の前に温泉へ行くことにした。

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離れの戸締りをして本館の温泉へ。

内風呂と露天風呂があり、私とユミは迷わず露天風呂へ入った。

岩造りの露天風呂は深めで、その底は珍しい玉砂利が敷いてある。

歩くと、

「…痛い…(泣)」

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「老廃物溜まりすぎなんじゃないの?」

なんてユミに言われつつ、温泉の縁から一段低くなった岩の腰掛に座って湯を楽しんだ。

空を見上げれば、都会の夜空と違って星も良く見えた。

あぁ、一夜の温泉で美人になれたらいいのに。

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お風呂から戻るとフロントから電話があり、すぐ夕飯となった。

旅館からの予約ミスのお詫びだと、刺身やら天ぷらやらがメニューに追加されていた。

「…食べきれるか分からんなー…」

豪勢な料理を目の前にして思わず呟く。

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しかし、こんなこともあろうかと、

「じゃじゃーん!」

私は旅行カバンからタッパーを出した。

「あらまー…」

とユミ。

「いやいや、タッパーは必須でしょ」と私。

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食事付きの宿泊の時は必ずタッパーを持参する私。

これも支払った料金分を、しっかり回収する為…もとい、食べきれなかった時の為のものである。

「残したら板さんに悪いでしょ?」

私の持論にユミがクスクス笑った。

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豪華な夕飯を終え、残った料理をタッパーに詰めて仲居さんが食器を下げに来る前に素早く部屋に備え付けてあった冷蔵庫へしまう。

冷蔵庫は庫内のビールやらジュースに手を付けなければ料金も発生せず、自由に使えたのだ。

テレビを見ていると、仲居さん達が食器を下げに来た。

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『ご馳走様でしたー!』

私達の言葉に、嬉しそうに笑う仲居さん達。

食器を下げるのと同時進行で、片方の部屋には布団が手早く敷かれた。

「失礼いたしました、おやすみなさいませ」

仲居さん達が本館へ引き上げて行く。

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「おやすみなさーい!」

そんな仲居さん達に返事をして、テレビを見ながらゴロゴロ。

明日は遅めにチェックアウトして、まったり帰る予定になっていた。

おっと、駅前の土産物店を見て回らなきゃ。

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テレビを見ているうちに、次第に眠気はやって来た。

ユミも座椅子でうつらうつらしているので、布団に入って寝ることに。

明日は早起きして朝風呂入っちゃる!

そう話しながら、眠りについた。

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どのくらい寝たのか…。

《てん…てん…てんまり…てんて…まり…、てんてん…てまりの…てが…それて…》

そんな歌声が耳に届き、私は目を覚ました。

隣には疲れたのか、ほのかなイビキをかいてユミが寝ている。

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締め切ってある部屋の障子は、庭にある照明を受けて明るかった。

「!!」

その障子に映る、人の影を見つけた。

おかっぱ頭の着物を着た女の子だと、すぐに分かった。

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それは鞠つきをしていた。

だが、鞠つきの音はしない。

手毬唄だけが、聞こえてきていた。

怖い、というよりは、なんだか哀しい印象を受けた私は、しばらくその手毬唄を聞いていた。

そのうち、私は眠ってしまったようだった。

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気が付けば朝になっていて、ユミはすでに起きていた。

「おはよー!朝風呂、入るんでしょ?」

ユミの言葉に眠い目を擦りつつ、「うん」と答えて私は盛大に欠伸をした。

それから、すぐに服を脱いで庭へ。

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「うぅ…、やっぱ山だから朝はもう寒い…」

裸の身体を両腕に抱きしめながら、庭の露天風呂へと身を沈める。

「…ふぃ〜…」

2人してオッサンのような吐息をつき、枯山水を眺めながら温泉を楽しんだ。

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庭の露天風呂は檜の枠に、石で造られた浴槽。

石の地面を四角くくり抜いて、その縁に檜の枠をはめたような感じだった。

本館からも死角になっていて、裸で仁王立ちしても誰かに見られることはない。

贅沢かつ自由が、そこにはあった。

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朝陽を浴びて輝く紅葉を見ながら露天風呂を楽しんだ後、朝食が離れに運ばれてきた。

朝食はシンプルにパン食。

予約時にリクエストしたものだ。

パンにミルク、チーズの乗ったベーコンエッグ、トマトと豆腐のサラダ、おかわり自由のコーヒー。

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「よく眠れましたか?」と女将さん。

私は昨夜のことを思い出して、女将さんに尋ねてみた。

ユミは、「そんなことあったの?」という顔で話を聞いている。

少し考える仕草をしたあと、女将さんはポツリポツリ話してくれた。

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ここの土地は元々、ある金持ちの屋敷が建っていたそうだ。

私達が泊まった離れは、その金持ちが娼館として使っていて、奉公に来ていた多くの女児が寝泊まりしていた場所とのことだった。

戦争の空襲で家と離れも焼けてしまい、金持ちは土地を手放した。

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戦後、それを買い上げて建物を新築し、温泉旅館にしたのが、この旅館の初代オーナーだという話だった。

もちろん温泉も、元々湧き出ていたものなので「本物ですよ」と女将さん。

離れも昔は3階建だったらしい。

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1階が奉公に来た女児達が寝泊まり、2階と3階が娼婦達の部屋だったそうだ。

空襲で亡くなる人はいなかったが、身体の弱い女児の何人かは過酷な労働で亡くなっているとのこと。

「お客様の見た女の子は、その亡くなった子ではないかと…」

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口減らしのために、遠い故郷から親に売られて来た子もいたようだ。

話を聞いていて、なんだか哀しくなった。

ユミもいつの間にか、食べる手を止めていた。

「お客様は視える方なのですね。きっと、寂しさを分かってもらいたかったのでしょう」

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女将さんはそう言って、気を取り直すようにニッコリと笑い、

「さぁ、朝食を召し上がってくださいな」

と言った。

幽霊旅館は数あれど、こんな哀しい話は初めてだった。

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朝食を済ませ、しばらくゆっくり寛(くつろ)いでからチェックアウトを済ませた。

女将さんも仲居さん達も、丁寧にお見送りをしてくれた。

こんなに素敵な旅館なのに、その裏には悲話が隠されていたなんて…。

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戦争といい娼館といい、昔の人間はなんて莫迦なことをしてきたんだろうと思わずにはいられなかった。

紅葉の中に佇む旅館を見ると、今もあの手毬唄を思い出す…。

[おわり]

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