小学生の頃の夏休み、俺は祖父母のところへ家族で行っていた。
普段住んでいるところに比べ田舎ではあったが、のんびりとした雰囲気や祖母の出してくれる昔ながらのお菓子などが楽しみだったため退屈することはなかった。
だがその日は祖父は寄り合いに、祖母はリハビリ、父は母を連れ離れたところまで買い出しに行っており、俺は一人だった。
両親と一緒に買い出しへ行けばよかったのだが、昼間で寝てしまったため起きたときには皆出掛ける旨だけ書き残されていた。
母が用意してくれていた遅い朝食を食べ終えゴロゴロしていたが退屈だったので外へ遊びに行くことにした。
家を出た先に広がる畑や田んぼの緑一面の風景、道路沿い歩いたり、あぜ道を歩いたりしていると小さな公園を見つけた。
錆のついた遊具や色褪せたベンチ
そのなかで一番高いジャングルジムのてっぺんに登り周りを眺めてみると
「なーーんもないなぁー。俺んちの周りとは全然違うや。」
ジャングルジムを降り、ベンチへと腰をかけた。
誰か、子供が来るかも。なんて思ったからだ。
しばらく座っていると、うとうとし始め気が付くと眠ってしまっていた。
んっ…
目が覚めると、日が傾き始めてる頃だった。
あはは。
わぁー。
ほらー。
子供の声が聞こえる。
周りを見てみると。俺と同じくらいの歳だろうか。子供が3人いた。
俺に気づいてないのだろうか3人で走り回っている。
とても楽しそうだ。
「ねぇー!何してるの?俺も交ぜてー!」
交ぜてもらおうと話しかけ、近づいていった。
ん?壺?
その子達は紐で繋いだ壺を肩から下げていた。
「お前、壺持ってないなー。壺持ってないやつは仲間にいれてやんない。」
1人の男の子がそう言うと、3人はまた遊び始めた。
ちぇっ、なんだよ。けち。
壺ってなんだよ。そんなの持ってるわけないじゃん。
「じゃー、壺持ってきたら仲間にいれてくれるのー?」
そうさっきの男の子に聞くと、
『いいよー。壺を持ってきたら…ね?』
1人に聞いたつもりだったのに、3人が首を傾げながら同時に言った。
俺は急いで祖父母の家へと引き返した。
家中探してみたが壺は梅干し壺しか見当たらず、
さすがに梅干し壺は無理だな~。こんな大きなのは…。
そんなこと思っていると、物置があることを思い出した。
あった。
大きすぎず、小さすぎず。の丁度良い大きさ。
見つけた壺を抱え
まだいるかなー?!
そんなことを考えながら公園へと向かった。
同じ道をたどり公園へ着くと
よかった、まだいた。
「壺持ってきたよー!」
そう言うと
「持ってきたって。」
「持ってきたって。」
「仲間だ。」
『仲間だ仲間だ仲間だ』
3人でそう話していた。
「皆の壺には何が入っているの?」
『見たい?見たい見たい?』
そう言うと、3人は同時に壺のふたを開け、壺をひっくり返した。
びぢゃっ…
水を吸ったものが落ちる音
始めは何が落ちたかわからなかった。
屈みこみそれをよく見てみると
黒く…赤く…黒く…赤い…
腕
目
脚
「うわぁーーー!!!」
驚きのあまり後ろへ倒れこみ尻餅をついてしまった。
『君の壺には何が入っているの?』
3人が同時に言った。
『ねぇ?』
『ナニガ?』
『入っているの?』
そう言って近づいてくる。
3人が同じ歩幅で同じ動き、同じタイミングで
驚きと訳のわからない恐怖で脚が動かない、
『そんなカオしないでよ』
『ナガマでしょ?』
もう目と鼻の先にいる3人が俺の顔を覗き込んでくる。
やばい…
「坊ーーー!!」
声がした方に目を向けると、祖父が走って俺の元へと駆け寄ってきた。
「坊!大丈夫か?!」
声をかけたのち、俺の姿を見て即座に肩から下げていた壺を取り上げ投げ捨てた。
ぱりんっ
粉々に砕けた。
「坊!しっかりしろ!」
ばちんっ
頬を張られた
「じいちゃん…」
「何も言わんでいい、帰ろう。」
じいちゃんは何も言わずに俺の手を引いて家に帰った。
起きたことが衝撃過ぎて気がつかなかったが空は橙を超え、赤に近いように俺には見えた。
それから俺は祖父母の家を出ることなく残りの日を過ごした。
家へと帰る前じいちゃんは俺の耳元で
「いいかい、忘れることはできないかもしれないが考えちゃいけないよ?」
そう言って見送ってくれた。
―――――――――――――――
あれから10年、俺は大学生となり祖父母の家へと1人で遊びに行った。
もちろん、祖父にあの出来事のことを聞くためだ
「じいちゃん、俺が公園にいたときのこと覚えてる?」
じいちゃんは1度深く目を閉じ開いた。
「…覚えているよ。もう話しても大事な歳になったの。わしにはあのとき何も見えなかった。けど静(俺の名前)に見えているものはわかった。子供が見えてたのだろう?」
「うん。」
「あの子たちは“去ぬ子”と言われる子達だ。」
「いぬ子?」
「そう、“いぬ”ってのは色々な書き方があるのは知っておるかい?」
古典で習ったことがあり、“いぬ”と読む字を紙に書き出していった。
「“往ぬ”とか“去ぬ”だよね?」
「あぁ。今わしが言ったのは“去ぬ”つまり、“死ぬ”って意味だ。“去ぬ子”すなわち、“死んだ子”」
「死んだ子…」
「これは当て字としての意味かもしれないが“忌ぬ子”とも書くらしいんじゃ。この辺りては昔、双子や身体的に不自由がある子は災いを呼ぶとされてきたんじゃ。何の根拠もない、皆大事で立派な命なのにの。
“去ぬ”という語には“悪くなる”といった意味を持つとも聞いたことがあるの。
そういう子が生まれると家や村が悪くなる、つまり災いを呼ぶとされた。なら、災いを呼ぶ前にいなかったことにしてしまえばいい。そう考えられた。」
「そんなの…。“去ぬ子”ってのは勝手な迷信で命を奪われたってこと?」
「そう。
あの子たちは何も悪くない…。じゃが、自分に足りないものがあるから殺された。だったら、足りないものを手に入れれば生きていい。
そんな風に考えたんじゃろう。去ぬ子として生まれた子を扱ったものの家では誰かに災いが起きることがあった。皮肉なもんじゃ、災いを起こさぬために行ったにも関わらず。足りないものを補う相手として近しいものの身体を選んだのじゃ。」
「あの壺から出てきたものは、あの子たちが持っていなかったもの?」
「そうなるの。見えたとしても放っておいたら大丈夫だったろうが、静は話しかけ、壺を持っていってしまった。相手は子供、仲間ができたと思ったんじゃろうて。」
「あのときじいちゃんが来てくれなかったら…?」
「空の壺に入れられたのは静自身じゃったろう。空なら身体ごと入れてしまえば、去ぬ上に仲間にもなれるからの。
あの子たちが3人でいるのも、4人目の仲間を探しているともいわれておった。“4人”読み方を変えれば“しにん”…“死人の仲間”じゃ。
さて、これで終い。夕飯にでもしようかの。」
そう言って祖父は居間の方へと行った。
何と言ったらいいのかわからない複雑な気持ちだったが、
ただ1つ、迷信なんかのせいで幼くして奪われた命に対して心の中で手を合わせた。
作者clolo