俺は最近、コンビニでアルバイトを始めた。
家からの仕送りだけでも何とか生活はできたのだけど、俺も色気づいて、教授によく見られたいと、オシャレをするようになったのだ。
もうダサ眼鏡とは言わせないぜ。
日々、ファッション雑誌を見て研究。無駄だとわかっていても、努力したいじゃん?なんせ、俺は彼女の隣に住んでいる。1%の望みくらい抱いても罰は当たらないだろう。
今日は、遅番の先輩と交代したので、こんな夜中に帰宅している。
いつもの高架橋の下を通ると、暗がりに人が座っていてぎょっとした。
ろうそくの灯り程度の小さな電球を灯して、小さな机の上には水晶。
なんだ、占い師かよ。脅かすな。
かなり太っていて、男か女かわからない。シルエットはまるでダルマ。
気味が悪いので足早に通り過ぎようとしたその時だった。
「お兄さん、占ってあげましょうか?」
そう声をかけられた。
すごいガラガラ声。これまた、男か女かわからない声だ。
「いえ、結構です。」
俺が去ろうとすると、その声はまた俺に語りかけてきた。
「お兄さんは、叶わぬ恋とお思いでしょうが、可能性はゼロではありませんよ。」
思わず俺は足を止めた。
こんなの、適当に言っているだけ。そう思っても足が動かなかった。
「年上の叶わぬ高根の花。」
俺はさらに驚く。何故わかるんだ。誰だ、こいつ。
俺はいつの間にか、その場にある椅子に腰掛けていた。
「あんた、誰なんだ。」
「図星かい?」
目深に被ったフードの表情は伺えないが、口だけが大きく左右に開いて笑ったのだと思う。
「これを買ってくれれば、お兄さんの望みは叶う。」
そう言うと、目の前の水晶を指した。
なんだよ、占い師じゃなくて、霊感商法かよ。
俺は訝しげに、その水晶を見た。すると、その水晶の中にトオノ教授を見た。
俺は、信じられずに、何度も目を凝らした。間違いない。彼女だ。
「1万円」
そいつはボソリと呟いた。高い。でも、これはいったい何なのだ。
俺の懐には、もらったばかりのアルバイト料がある。
学生にとっての1万円は大金だが、それ以上にこの水晶には魅力がある。
インテリアだと思えばいい。これは結構綺麗だ。
こいつがイカサマ師でも、インテリアだと思えば諦めが付く。
俺は財布から1万円を出して、そいつに渡す。
「あんたは価値ある買い物をした。これで彼女の全てを手に入れることができるだろう。」
そんなわけないじゃん。でも、この中には確かにトオノ教授が映ったのだ。
俺はイソイソと、自宅へ戻った。
隣はもうとっくに真っ暗。電気は消えている。
さすがに夜中の2時じゃ寝てるか。
俺は自宅へ戻ると、買ったばかりの水晶を本棚の上に置いた。
すると、隣からシャワーを浴びる音がしてきた。
彼女、起きてる!俺は壁に耳をつけた。
変態かよ、俺。目を閉じて彼女の裸体を想像する。
最低だな、俺。そう自虐しながら、ふと水晶を見た。
俺は二度見した。
なんと、水晶の中で、彼女がシャワーを浴びているではないか。
シャワーを浴びているのだから、一糸まとわぬ姿。
嘘っ!
俺は水晶にかぶりついて見た。
服の上からしか想像したことのない、パーフェクトボディーが目の前に。
俺はアルバイトで疲れているにもかかわらず、体の一部がググっと元気になった。
ヤバイ、ヤバイ。これ、ホンモノだよ。
これは、彼女の生活が覗ける道具なのか?
なるほど、ある意味彼女の全てを手に入れることのできる道具だ。
俺は、罪悪感にかられながらも、彼女の裸体を心行くまで堪能し、いけないこともしてしまった。
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俺はバカな買い物をしてしまったことを、今頃になって後悔している。
両親が海外旅行に行ってしまい、俺への仕送りのことをすっかり忘れられていて、バイト代も底をついてしまった。
ということで、俺は本日初めての食事をとる。
学食の片隅で、あんぱん一つとお茶の食事。
とても足りない。両親が帰ってお金を振り込んでくれるまでの1週間、2000円で暮らさなければならない。
2000円ってことは、1日300円くらいしかお金を使えない。本日は夕食の買出しにコンビニにすら行けない。
送ってもらった米もあとわずか。俺はキャンパスライフ2ヶ月にして、最大のピンチを迎えた。
ああ、あの水晶さえ買わなければ、俺は今頃リッチだった。
バカバカバカ、俺のバカ!エロ!
しかし、あの水晶はお金には変えられない価値はある。
誰かに言いたい。でも、今の俺は、覗きの変態。
とても、誰にも言えない。
「あら、それだけ?」
その言葉に俺が顔を上げると、なんとトオノ教授が立っていた。
「え、ええ。ちょっと事情がありまして・・・。」
俺の心臓が勝手にバクバクと飛び出して行きそう。
まさか、あなたを覗く道具を買ったために、金欠です、なんてとても言えない。
「だめよー、若い男の子が、それっぽっちしか食べないなんて。もっとしっかりご飯食べなきゃ。」
優しいな、トオノさん。
「あはは。」
俺は力なく笑う。
「よし、今日、ごちそうしてあげる。一緒にお鍋しよ。お鍋って一人分って作るの難しいの。絶対余っちゃうし。今夜、うちにいらっしゃい。」
俺は夢を見ているのだろうか。
彼女からの、お鍋のお誘い。しかも、彼女の手料理を振舞ってもらえる。
「い、いいんですか?お邪魔しても。」
「だって、お隣さんじゃん。遠慮しないで、ね?」
彼女が微笑む。かわいい。世界一かわいい。
金欠が結果オーライとなった。
あの水晶のおかげかもしれない。
そう考えた時に、俺は胸の奥が良心の呵責で痛んだ。
俺は酷いことをしているのだ。
その日の夜、俺は初めて彼女の部屋を訪れた。
想像していた通り、綺麗に整頓された、無駄な物の一切ない部屋。
「さあ、召し上がれ!」
お鍋の蓋を開けると、湯気があがり、そこには豪華な食材が。
俺は嬉しくて涙が出そうになった。
俺、こんなに幸せでいいのだろうか?
「いただきますっ!」
「どんどんおかわりしてね。」
幸せ、幸せ、幸せだ。
俺はますます、トオノ教授に惹かれてしまった。
1週間後、ようやく俺の口座に仕送りが振り込まれた。
ホント、殺す気かよ。
だが、おかげで、時々彼女の部屋で夕食を共にできた。
お礼に、両親からの海外旅行土産を彼女に渡した。
「気をつかわなくてもいいのに。でも、ありがとう。」
そう言って素直に受け取ってもらって、俺は正直ほっとした。
別の意味の謝罪もある。
あの日から、俺の部屋の水晶にはハンカチが掛けてある。
もう覗きのような卑劣なまねはやめたのだ。
教授、今日も素敵だ。
あれから俺たちの距離はぐっと縮まり、相変わらず、彼女の部屋にお邪魔することもある。これって、まるで。恋人同士みたい。
俺は、喜びに耐え切れず、クッションを抱いて部屋中を転がった。
だが、時々気になることがあった。
彼女は、携帯に着信があると、必ず話を中断して、席を外して人に聞かれないようなところで電話をするのだ。
たまに、彼女の部屋を訪れる人間が居るようだ。たぶん、声からして、男だ。
生活に干渉しないと心に決めても、やはり気になる。
彼女の部屋から、話し声がする。
俺は気になってしまい、壁に耳をつけるが、聞こえない。
俺はいけないと思いながらも、つい水晶に掛けられたハンカチを取ってしまった。彼女は携帯で、誰かに電話をしていた。
俺はほっとした。男が来ていたわけではなかった。
携帯で通話を終えると、彼女はおもむろに、クローゼットを開けた。
出かけるのだろうか?
クローゼットから大きなボストンバッグを取り出した。
そして、ファスナーをあけると、そこには札束が唸るほど詰め込まれていた。
それを確認すると、彼女はファスナーをしめてクローゼットに戻した。
何故彼女が、あんな大金を?
ぱっと見、数千万はある。いや、それで済むのか?
一億くらいあるかもしれない。
俺は、そっと水晶にハンカチを掛けた。
これは見間違いだ。きっと。
その次の日、俺の背中を叩く者が居た。
俺はトオノ教授かと想い、期待をこめて振り向く。
すると、そこにはJが立っていた。
「なんだ。君か。」
「なんだはご挨拶ね。トオノ教授とだいぶ仲いいみたいじゃない。」
なんでそこでトオノ教授が出てくるんだ。
お前には関係ない。
「ねえ、知ってる?トオノ教授ってさ。バツイチなんだって。
ご主人とは死別。なんでも、ご主人が死んだ時、保険金が一億円手に入ったらしいよ?」
Jの言葉に、俺は血の気が引いた。
昨日見た、彼女のバッグに詰め込まれた札束。
「何でそんなこと、知ってるんだ?」
「噂よ~、噂。なんか、死因もちょっと不可思議だったらしいよ?行くはずも無いダム湖で溺死だったらしいの。」
俺は腹の底から、怒りが沸々と沸いてきたが、一つ深呼吸した。
「あのなあ、そういう不確定な噂を広めないほうがいいんじゃないか?誰から吹き込まれたかしらないけど。お前、最低。」
俺が静かにそう言うと、Jは震えだした。
「な、何よ。私は、噂を聞いたから。あなたに忠告しようと。」
「うるさい。もう話すことは無い。」
俺がそう言って話を終わらせると、Jは涙を流した。
泣いたら許してもらえるとでも思うのか。
浅はかな女だ。
俺は、Jを無視してその場を去った。
単なる偶然だ。
偶然の一致なんだ。
俺は自分に言い聞かせた。
(続く)
作者よもつひらさか
微笑んで、俺の女神さまっ!① http://kowabana.jp/stories/25716