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鶴と亀が滑った・山窩・前編

長編8
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鶴と亀が滑った・山窩・前編

 今から語る話は、私が出会った、とある女の子のお話です。

彼女の名前は千鶴。名前に鶴という名前が付く為、友人達からは鶴という愛称で呼ばれていたそうです。

鶴ちゃんはとにかく巻き込まれ体質のようで、中学の頃にも、不可思議な事件に遭遇する事が多々あったそうです。

これは、そんな鶴ちゃんが高校に入学したての頃、体験した話です。良ければお付き合いください。

以下、鶴ちゃんの語り。

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「おーい鶴ー?」

廊下の先、友人達の声で、私はハッと我に返った。

「鶴?さっきから何ジッと見てんの?」

「えっ?あ、うん。何でもない」

そう言って、私は先ほどまで注視していた消火栓に、もう一度視線を這わせた。

「何でもないって、何か有りありじゃん。もうすぐ授業始まるから、私先に行くよ?」

「うん、ごめん」

不服そうな友人の声に、心ここにあらずといった声で私は返事を返すと、再び目の前にある消火栓に目をやった。

正確には、階段踊り場にポツンと設置された消火栓、その消火栓に隠れるようにして、壁に書かれている落書きを、私は見据えていた。

赤茶色で書かれた記号?いや、絵なのかな?

よく分からない、丸文字のような、ふにゃふにゃとした造形文字っぽい落書き。

私が考古学者なら即答できるのだろうけど、あいにく文系しかり理系しかり、得意分野じゃない。まあ全部苦手だけど。

それにしてもつくづく思う。普通ならこんな落書き誰も気にも留めないのに、私ときたら……本当に嫌になる癖だと、我ながら心底思う。

昔から気になると、とことん首を突っ込んで調べたくなる。

そのせいで、本当に意味不明な事件に巻き込まれた事も多々あった。

中学時代、私と瓜二つの人を発見し追いかけたところ、女の子の死体を発見してしまい大事になってしまった事や、

近所の公園で、真夜中に道端で泣き崩れる、少年の幽霊の噂を調べていくうちに、近所で起こっていた連続放火事件に巻き込まれたりとか。

ともかく、一度気になりだしたら自分でも止められないのだ。

「へ~その文字が見えるんだね」

不意に聞こえた、凛とした澄んだ声に、私は思わず振り返った。

腰まである黒髪の女の子が、階段の上に立ち、こちらを見下ろしている。

振り返った私を確認し、その女の子は階段をゆっくりと降りてきた。

綺麗な黒髪がサラサラと揺れた。顔も綺麗だ。ゴシックな服装がピッタリと当てはまりそうな女の子。同い年くらい?

そう思い訝しげに女の子を見ていると、その子は僅かに苦笑し緩やかに口を開いた。

「私、一年A組の亀田っていうの、よろしくね鶴ちゃん」

亀田?いや、ていうか何で私の名前知ってんの?そう思うより早く、亀田と名乗った女の子が口を開く。

「あ、さっきお友達が呼んでたよね?鶴ちゃんって。私も呼んでいい?」

そう言って亀田さんは私の顔を覗き込むようにして言う。

何かくすぐったくはあるけど、もちろん断る理由はない。私はたいして気にもせず頷いて見せた。それよりもだ。

さっき亀田さんが私に言った一言が気になる。その文字が見えるんだね?とは一体どういう意味だろう?

私がそれを聞き出そうと口を開きかけた瞬間、

ピーンポーン……

音に釣られて、思わず天井にあるスピーカーに目をやる。

授業開始の合図だ。やばい、すっかり忘れていた。が、ここで聞き逃す事はできない。

スピーカーから目を離し、亀田さんの方に振り返る。

いない、ていうか素早いなあの子!?

辺りを見回すと、廊下の先に小走りで走り去る亀田さんの姿が見えた。

振り返りこちらに手を振りながら、亀田さんは教室へと姿を消した。

「しまった逃した……」

「何を逃したの?」

「げっ先生……」

担任だった。不機嫌そうにこちらを見る目に、私は頭を深々と下げながら、教室へと逃げ帰った。

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授業が終わり、呼び止める友人の声に耳も貸さずに、私は教室を飛び出した。

向かう先は勿論、一年A組。

「あの、亀田さん、いますか?」

教室の扉にたむろっていた男子達の間を無理やり潜り抜け、やや大きな声で言い放つ。瞬間、一年A組の教室内が静まり返る。

反応はない。私は自分がA組の生徒から注目されている事を気にもせず、教室内を見渡した。

いない。

亀のくせに素早いぞ亀田さん。

内心憎々しく呟きながら、私はA組を後にした。

続いて私が向かったのは二年生側の校舎だった。

こうなったら落書きを片っ端から探してやる。そう息巻いて探してみたものの、結果から言うと、成果はゼロ。

むしろ卑猥な落書きなどをモロに見つけてしまい、廊下で一人赤面して立ち尽くすという、屈辱的ダメージを負っただけだった。

しょうがなく、私は再度三年生側の校舎へと引き返した。

私の通う学校は、真上から見ると台形のような形をしている。真上から見て左側が二年生の校舎。真ん中が一年生の校舎、そして右側が三年生の校舎だ。

得体の知れない落書きは、この真ん中、一年生の校舎と三年生の校舎の間にある、三階の階段踊り場の脇で見つかった。

今度は一階から順に確認していく事にする。私は一度校舎一階まで降りると、一年生と三年生の校舎の間にある階段へと、小走りで向かった。

まずは一階、消火栓裏や掲示板付近などもくまなく探したけど、それらしき落書きはない。

続いて二階、鉛筆で走り書きされた落書きはあったけど、宇流虎万、と漢字で書かれた落書きがあるだけだった。てか何だこれ?

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やはり落書きされていた箇所は、私が初めに発見した、三階のあの場所だけなのか?

小走りに三階から降りてくる女の子、一階にある購買部にでも向かっているのだろうか。

そういえば昼休みだというのに何も食べていない。そう思ったとたんに、全身の力が抜けていく。

「何やってんだろ私」

不意に我に返り、ふうっと、軽くため息をつき俯いたその時だった。

ビュンっと、

瞬間、私の横を、大きな影がすり抜けていった。

それと同時に突如聞こえた、

ドンッ!!ドサッ!と、

何か重い物が落下した音。

鈍い嫌な音が、振動となって私の足元にじわじわと伝わった。

ビクリと体を咄嗟に丸めた私は、落ちたであろう何かに視線をそっと向けた。次の瞬間、

「澤田さん!?」

上から降り注いだ叫び声。一人だけではない。

それに続くように「キャー」だの「うわぁぁ」だのと声という声が私に降り注ぐ。

いや、正確には、その声は私に降り注いだわけじゃなかった。

澤田さん、そう呼ばれたであろう女の子が、額から血を流し、二階と三階の間にある踊り場に、

うずくまる様にして倒れていた。

声は、この女の子へと降り注がれていたのだ。

よく磨かれたラバータイルの床に、深紅の血溜まりが、じんわりと、水溜りを作るようして広がってゆく。

私はそれを、ただただ震えながら、見守る事しかできなかった。

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それからの後は大騒ぎだった。駆けつけた先生達が救急車を呼び、澤田さんと呼ばれた女の子は、

救急車が来るまでの間、一時的に保健室へと担架で運ばれていった。

やがて騒ぎが落ち着きだした頃、震えが弱まったものの、私は事の重大さに怖くなり、駆け足で三階へと昇り、自分の教室へ逃げ帰ろうとした。

が、その時だった。

私は三階に上がった瞬間、ふと、何気なしに消火栓の裏へと目を向けた。そしてその場で足が止まった。

「えっ……?」

と、思わず私の口から小さく声が漏れた。

ない……ないのだ、あの文字が。あの意味不明な落書きが。

消された?直ぐに消火栓へと近づく。まじまじと見たけど、消された後はどこにもない。

それ所か、壁は綺麗な光沢を僅かに放っている。まるでそこには、最初から何も無かったかのように。

「もうないよ、そこには何も」

不意に後ろから声がした。聞き覚えのある声。

亀田さん?

振り返ると、そこには怪しげな笑みを浮かべた亀田さんがいた。

不自然な程に透き通った目で、私の頭の中を凝視すかのように、じっとこちらを見ている。

気圧され怖気そうになりながらも、私は射すくめるその瞳に抗うように口を開いた。

「な、何か知ってるの!?あの落書きの事」

「あら、どうしたの?怒ってるの鶴ちゃん?」

怒っている?私が?そんな事は……いや、自分でも気が付かないうちに、私の声は怒気をはらんでいた。

なぜ?たかだか意味不明な落書きを追っていただけなのに、目の前であんな凄惨な現場を目撃したから?

違う。そうじゃない。もっと根本的な……

首を横に振る。頭の中にこびりつく余計なものを振り払うようにして、私は考えた。

そして確信した。この女の子だ。亀田さん。いや、亀田。

こいつの何もかも見透かしているような目に、私は苛立ちを覚えていたのだ。

「答えて。知ってるんでしょ?あの落書きの事!」

朝の事と言い、今さっきの言葉と言い、亀田は私を試すかのように、私の眼前に餌をぶら下げてくる。

食いつけと言わんばかりに。イライラする。なぜだろう。こんな事は初めてかもしれない。

出会ったばかりの人間に、ここまでイラつくなんて。

「どうしてそんなに文字の事が気になるの?たった今もっと大変な事故が起こったのよ?三年生の澤田さんらしいわ。大丈夫かしら。ねえ、同じ学園の生徒としてそっちを気にするべきじゃない?」

諭すように、緩やかに言う亀田。だけど私は、その瞳に宿る嬉々としたモノを見逃さなかった。

気になったものは見逃さない。私の悪い癖。でも、今だけはそれが私の武器だ。こいつは何かを知っている。間違いなく。そしてそれを、隠そうとしている。

「あの落書きが何か関係してるんでしょ!?知ってる事を話して!」

根拠は何もない。だけど、どうしても胸の内がざわつくのだ。

非科学的な事だって分かってる。正直電波な事を言ってるって、私自信がよく理解している。

それでも気になるのだ。

アレが……あの文字が、ただの落書きなんかじゃないと。

私が強く言い放つと、次の瞬間、亀田は口元を歪め、禍々しいほどの笑みを見せた。その豹変振りに、私は思わず息を呑む。

「やっぱりいいわ貴女、最高よ。その一言が聞きたかったの、貴女の口から、直接ね」

亀田は口元を歪めそう言った。そして更にこうも言った。

「もう一度よく思い出しなさい、そして調べるの、何度でもね。それと、さわだを調べなさい。そうすれば、この事件がどこへ行こうとしているのかが、自然と分かるはず」

そう言い残すと、亀田は気が済んだかのように、踵を返しその場を去っていった。

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続く。

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にゃんさん>感想、ありがとうございます。

私はこの二人が大好きでして、一ファンなんですよ。

後編は少し禍々しいお話になりますが、良ければお付き合い下さいませ。

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