『痛い!痛いよ!やめて!お母さん、お母さん‼』
強いライトの光を背景に、幼い私の顔の上に覆い被さってくる男のシルエット。
私は近くにいるはずの母親に、声の限りに助けを求める。
しかし救いの手は差し伸べられず。
私は――、
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……
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……
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「瑞希(みずき)ー、遅刻するわよー」
階下から聞こえてくる祖母の声に、私の意識は覚醒する。
寝ぼけ眼(まなこ)をこすりながら上体を起こすと、額にズキリと鈍い痛みが走った。
私の偏頭痛歴は長い。この痛みとは幼少の頃からの付き合いだ。
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枕元の時計を見ると朝の、9時!?
――ヤバイ!
急いでパジャマを脱ぎ捨て、ハンガーにかけてある制服に着替える。
鏡を覗くと寝癖がついていたが、今は直している時間はない。
階段を転がるように駆け降り、居間の祖母に声をかける。
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「もう!おばあちゃん!なんでもっと早く起こしてくれないの!」
「何度も起こしましたよ」
祖母は少し困った顔をしながら応える。
私は地団駄を踏みながら、祖母に何か文句を言おうとしたが言葉が出てこない。自分が悪いのがわかっているからだ。
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「~~~!とにかく行ってきます!」
そう言って玄関へ向かおうとすると、祖母の背後、店と居間を隔てる障子がスッと開いて、祖父が顔を覗かせる。
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「瑞希!朝メシも食わないで出掛けるんじゃねぇ!」
祖父が怒鳴る。
「だってじいちゃん、時間が!遅刻しちゃう!」
私が泣きそうな声を出すと、
「ならこれでも持ってけ!」
と、祖父は店に並ぶ商品の包みをひとつ、私に投げてよこした。
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――またこれか……。
私は少々うんざりしたが、ここで抵抗するとさらに時間を取られるため、おとなしくそれを鞄に入れて家を出た。
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キーンコーンカーンコーン――
「ゼヒー……間に合った……」
私は自分の席に着くと机にグッタリと突っ伏した。
「瑞希ちゃん、朝からお疲れ様~。大丈夫?すごい汗……」
前の席の志穂が振り返っておずおずと声をかけてくる。
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重そうな胸が机の上に鎮座しているのが、突っ伏している私の視界に入る。
私なぞは例えうつぶせになったとしても、胸が邪魔で苦しいということは……ない。
世の中は不平等。これぞ胸囲の格差社会。
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「寝坊しちゃって……朝御飯も食べずに飛び出してきちゃった……」
「え~大丈夫?お腹空かない?」
「あ、うん……。その、一応これがあるから……」
そう言って私は鞄から包みを取り出す。じいちゃんが持ってけと言った、店の売り物。
私は正直、あんまり好きじゃないんだけど……。
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「お、何だ瑞希、また団子か?」
圭介がニヤニヤしながら近寄ってくる。
百田(ひゃくた)圭介。私の彼氏。
「団子屋の娘ですからね。なんか文句ある?」
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私は団子を頬張りながら応える。今日はこれが朝御飯代わりだ。
じいちゃんが朝暗いうちから仕込んで作っている団子だ。味は好きでなくとも粗末にはできない。
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「いいじゃない、百田君。私、瑞希のうちのお団子好きだよ」
「俺も俺も」「素朴な味がいいよな。角田(すみだ)さん、俺にも1個くれよ」
圭介と同じ、サッカー部に所属するクラスメートの犬飼健と遠田浩司が話の輪に加わってくる。
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「なんだよお前ら。俺だって別に悪いとは言ってないだろ。瑞希、1個もらうぞ!」
「あ、ちょっと!」
私が止める間もなくひとつかすめ取られてしまった。
「あ、俺も俺も!」
「いやー朝練後で小腹空いてんだよねー」
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――ヒョイヒョイ
「コラ!犬飼君!遠田君!」
私の貴重な食料を奪っていく、無慈悲なハイエナ達。
「瑞希~、私も~」
志穂までが手を伸ばしてきたところで、ついに私は残りの団子を無理矢理口の中に詰め込んだ。
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……
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……
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『ーーこんなもの、こんなものがあるから!』
『まあまあ、角田さん。ひとまず大丈夫だ。あとは瑞希ちゃんもうまくやっていけるさ』
『……ありがとうございます、先生』
母親の手のひらが私の頭を優しく撫でる。
お母さん――、
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……
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……
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「――この文章に出てくる鳴釜神事というのは、釜の上に蒸篭(せいろ)を置いてその中にお米を入れ、蓋を乗せた状態で釜を焚いた時に鳴る音の強弱・長短等で吉凶を占うという……」
どうやら眠ってしまっていたらしい。
今は5限目の授業中。昼食後の、苦手な古典の授業とあって、私は睡魔の誘惑に打ち勝つことができなかったようだ。
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「では岸田、続きを読んでくれるか」
「はい――」
教師に指名されて、クラス委員の岸田君が立ち上がる。真面目で教師の受けは良いが、クラスメートの私たちと一緒に馬鹿をやったりはしない。
大人というか、冷めてるというか。
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――ズキン!
また、偏頭痛だ。後で薬を飲まなくては。
幼少期から続くこの偏頭痛だが、最近特にひどくなってきた。
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昔からお世話になっている、近所のかかりつけの老医者は、「瑞希ちゃんも成長期だから体も変わってきてるし、知らず知らずに心がストレスを溜め込んでいることもあるんだろ。痛いときは無理せず薬を飲みなさい」と言っていた。
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放課後、水のみ場で薬を飲んでから教室に戻ってくると、私の席の回りに志穂、圭介、犬飼君、遠田君が集まっていた。
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「あ、お帰り瑞希ちゃん。待ってたよ~」
「どうしたの皆?今日部活は?」
「今日はグラウンド整備で部活休みなんだよ。だから皆でカラオケ行こうと思って、瑞希のこと待ってたんだよ」
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――カラオケ、か。
「でも私今、金欠だしな~……」
今、というか、万年金欠な私だ。
両親がいなく、団子屋を営む祖父母に育ててもらっている身なわけで、おこづかいの額もささやかなものだ。
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「瑞希、たまには彼氏を頼れよ。おごってやるし」
圭介がそう言うが、私はおごられるのは好きではない。まして圭介はバイトとかしてないし。彼の家が金持ちだから、小遣いを多くもらっているだけ。そんな金でおごってもらっても。
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「それにそのカラオケ屋、俺たちの先輩が働いてるから融通効くしよ」
圭介がねばる。志穂も行きたそうな顔をしている。
――ハア。
「なら持ち合わせがある時、ちゃんと返すから」
私はそう言って了承した。
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……
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……
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日直の仕事があった私は、圭介にカラオケ屋の場所を聞いて後で合流することにした。
教室で一人残って日誌を書いていると、岸田君が顔を覗かせた。
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「あ…、あれ岸田君。まだ残ってたの?」
「……角田さんこそ。……日直?」
目が合ったから黙っているのも気まずいかな、と思い声をかけたが、相手の反応が嫌々という感じでこれはこれで気まずい。
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「う、うん。もう帰るけどね」
早めに会話を切り上げよう。
「……角田さんさ、たまに頭押さえて薬飲んだりしてるよね?……頭痛持ち?」
向こうから会話を引っ張ってくるとは。
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「うん。わりと昔から。そんなひどくはないよ?薬飲めばおさまる位」
私は日誌を書きながら応える。
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「――でも、最近は変な夢見るし、頭痛も頻繁だったりする?」
「え――?」
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予想していなかった言葉に、私は思わず顔を上げて岸田君を見る。
彼の方も私の方をじっと見ていた。
しばし視線が交差し、沈黙が流れる。
「……今日は百田君たちとどこか行くの?」
「……う、うん。カラオケ……」
なんでそんなこと聞いてくるんだろう。まさか自分も連れていけ、とか言い出さないだろうな?そう警戒していたが、
「……そう。ならまた明日」
短く別れの言葉を口にすると、彼は教室から出ていった。
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……
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……
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学校から出ると、圭介に教えられた商店街の外れのカラオケ屋に向かうため、最寄りの路面電車の停留所を目指す。
道すがら、先ほどの岸田君の言葉が気にかかってしょうがなかった。
変な夢――
頻繁な頭痛――
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おかしな夢も頭痛も、ある時から始まっていた。
幼少期、両親が突然いなくなったあの日―――。
離れて暮らしていた祖父母が家を訪れ、
『今日から儂たちと暮らすんだぞ』
と言われ、訳もわからないまま連れていかれたあの日から。
『お父さんは?お母さんは?』
そう問う私に祖父も祖母も応えなかった。
以来――。
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路面電車に揺られながら、車窓を流れる街並みをぼんやりと眺める。
私の住むこの地方都市も、この十年で様々変わった。
しかしこの街の持つ、一種の閉塞感のようなものは変わらない、ように感じる。
――どこへいっても。どこを見ても。
――あれが、ある。
――ここは○○○○○の土地なんだ。
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路面電車を降り、アーケードを進むと古く小汚い雑居ビルにたどり着いた。
ビルの前には圭介が言っていたカラオケ屋の名前があった。
「――ここ…?」
私はいぶかしげに思いながらも、ビルの中に足を踏み入れた。
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古いエレベーターに乗って、三階で降りる。
入り口のドアの開けると、店内は薄暗かった。
受付に人影はない。
受付の奥には細長い廊下があり、その両側には曇りガラスのはめられたドアが並んでいた。
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「――すいませーん……」
受付の奥のバックヤードに向かって声をかけると、大学生と思しきガラの良くない青年が現れた。
「ハイ。おひとりで?」
店員は制服姿の私を、嘗め回すように眺める。いやらしい。
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「いえ、先に友達が来てると思うんですけど……」
「ああ、百田の彼女か。うん、来てるよ。一番奥の部屋だから」
店員はそう言って廊下の奥を指さした。
「ありがとうございます」
一礼して進もうとすると、
「ごゆっくり~」
とニヤニヤしながら私を見送った。
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……
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……
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「遅くなってごめ――、」
そう言って部屋のドアを開けた私の目に飛び込んできたのは、
圭介、犬塚君、遠田君、そして、
下着姿で目を閉じた志穂だった。
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不意のことに、私はその場に立ちすくんでしまった。
犬塚が素早く私の背後の扉を閉め、私の身体を部屋の中に押し込む。
「遅かったじゃねえか、瑞希」
圭介が下着姿の志穂の肩を抱きながら、にやつきながら声をかけてくる。
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「ちょっと圭介、何やってんのよ……?アンタ志穂をどうしたのよ!」
「でけえ声出すなよ。ちょっと強い酒飲ませたら寝ちまっただけじゃねえか。多少薬も入ってたけどな。前から思ってたけど、コイツ胸でかいよな~。お前とは大違いだよな」
そう言って、圭介が志穂の胸を乱暴に揉む。犬塚と遠田がゲヒヒと下卑た笑い声を立てる。
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「薬、ってアンタ!ちょっとどうしちゃったのよ!犬塚君も遠田君も、アンタらそんなキャラじゃないでしょ!」
「聞いたかよ?俺たちそんなキャラじゃないってよ。俺たちどんな人間だと思われてたんだろうな?」
少年たちがゲラゲラと嗤う。
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「そう言ってやるなよ、犬飼。俺たちが結構な役者だったって、お褒めの言葉と受け取っておこうぜ」
「ああ、お前の親友のこの女、今から俺たちが犯してやるから。お前の目の前で。その次はお前の番だ。二人で仲良く俺たちにヤラれろよ?」
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その言葉に、私の全身を恐怖を、それ以上に怒りが包み込んだ。
と、その瞬間――
頭の奥が熱くなり、頭が割れるような強烈な頭痛が襲う。
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――グググ…
――メキリ
肉を裂くような生々しい音が身体の内側に響き、その後、額に違和感。
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私は恐る恐る額に手を当てて、違和感の正体に触れる。
「ーー角?」
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「どうして……?」
「やっと出たな。なら、もう教えてやってもいいかな。
瑞希、お前とお前の両親は『鬼』の一族なんだよ」
「……鬼?」
突如、圭介の口からお伽噺の登場人物のような言葉が出て、私は混乱した。
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「お前が片頭痛と思っていたものは、お前たち『有角類』の特徴であるところの『角』の成長痛さ。
高校位の年齢が一番伸びるらしいぜ。そして、その前後は精神的に不安定になりやすく、変な夢も見やすくなるんだと。全部親父に聞いた話だがな」
圭介は得意そうに話す。
――親父?どうして圭介の父親がそんなことを?
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「瑞希、『ここ』はどこだ?」
「……岡山」
私はポツリと応える。
「そう、岡山。
この街にいれば、右を向いても左を向いても目に入ってくるよなあ?
――まだわからねえか?俺がこんなこと、ペラペラ話す理由。お伽噺の鬼の天敵はなんだ?」
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――昔々、あるところに。おじいさんとおばあさんが。
――おばあさんが川で洗濯していると、川上から大きな桃が。
――桃からは元気な男の子が。成長した男の子は、やがてお供を連れて鬼が島に。
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「犬塚健。犬な」
「遠田浩司。ホントは『猿田』て書く。隠し名ってやつさ。猿だよ」
「そして俺、百田(ひゃくた)圭介。百って『もも』とも読むんだよな」
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「キジもいるぜ?今、ここにはいねえけど。
俺たちの家は代々この土地で、お前たちみたいな『鬼』を狩ってきたんだよ。
でも、いつしか『鬼』たちも知恵をつけてな、幼少期に『角』を切って、人間のふりして隠れて暮らす奴らが出てきたんだよ。
それから先は鬼ごっこさ。お前たち『鬼』が隠れ、俺たち『人間』が探す、あべこべのな。
瑞希、お前が同じクラスになってある程度親しくなった頃、『頭痛がひどい』『変な夢を見る』って漏らしてたよな。
もしかしてと思って、お前と付き合ったってわけだ。なあお前ら、俺の勘も大したもんだろ?」
「さすが桃太郎の家柄っす!」
「よっ!俺たちのボス!」
犬塚と遠田が囃す。
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「――もしかして、私のお父さんとお母さんがいなくなったのって……」
「ああ、きっと捕まったんだろうな。俺たちの親兄弟の誰かに。
それでもお前がこれまで捕まらなかったのは、さて、どうしてだろうな。
通常、鬼の両親からは鬼の子供が生まれる。そうしたらその子供はいずれ捕まるさ。『角』が出るからな。
やっかいなのは、『混じりもの』の家系さ。例えばお前の家系の中で、例えばお前の祖父母や曽祖父母の代で、鬼と人間と混じっていた場合、『鬼』も『人間』も生まれてくる可能性があるんだ。
『人間』は捕まえられないからな。ま、お前は『鬼』だったわけだが」
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「そんな……」
私は膝から崩れ落ちる。
自分の家の正体。信じていた恋人、クラスメイトに裏切られていたこと。両親の失踪の理由。
様々なことが頭の中で渦巻いて、私から思考と言葉と気力を奪った。
そんな私の元へ、圭介がにやつきながら近づいてきて、顔を寄せる。
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「なあ瑞希、この街は『俺たち』の街なんだよ。
道にも、建物にも、土産物にも、全てのものにいたるところに『桃太郎』の名が載っている。この街で俺たちの目を逃れて生きていくことはできないんだ。
ああ、告発なんかしようとしても無駄だぜ?お前らの正体もバレるし、俺たちの親族は国のお偉いさんたちともガッチリくっついてる」
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「岡山駅から伸びる『桃太郎大通り』、あの地下にお前たち『有角類』の強制労働施設がある。
街中を走る路面電車、岡山電気軌道をはじめ、街中の電気はお前たちの労働でまかなわれているんだ。
お前の両親もきっとそこにいるぜ?親子ともども俺たち人間のために、しっかり働いてくれよ?
ああ、その前にそこの女と一緒に犯してやるのは本当だから。ひひひ」
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「……鬼畜」
「バーカ。そりゃお前のことだってぇの」
圭介の声が遠くに聞こえた。
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……
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……
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……
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と、その時――
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バン――!
扉を乱暴に開いて、一人の男性が入ってくる。
思わず目を向けるとそれは――、
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「……岸田君?」
急なことに驚いていた圭介たちだったが、入ってきたのが岸田君だとわかると安堵の色を浮かべる。
「なんだ、岸田かよ。脅かすな。
ああ、ちょうどいい。瑞希、さっき言ってた『キジ』な。こいつの家だ。遠田と同じ、『岸田』は隠し名だな。
岸田、お前も混ざりにきたのか?真面目な委員長さんよ?」
「いや――」
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岸田はそう言うと、
ーーバキッ!
圭太の顔面を拳で吹っ飛ばした。
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「な、なにしやがる‼」
犬塚と遠田が吠える。
そんな彼らの顔面に、岸田は素早い動きで拳をヒットさせていく。
「――がっ‼」
「――ぐっ‼」
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「お前たちに知らせがある。百田家、犬塚家、遠田家の三家は今日、つい先ほど国からの一切のバックアップを失ったよ。国との渉外の一切を任されていた俺たち岸田家が、お前たちを裏切ったからだ。
『有角類』への理由なき迫害の咎で、お前たちはこれから裁かれることになるだろう」
圭介、犬塚、遠田の三人はぽかんとしながらその言葉を聞いていた。
やがて岸田の背後から大勢の大人が踏み込んできて、暴れる三人を拘束して連れて行った。
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私は呆然としながらその様子を眺めていた。
「大丈夫?」
岸田が声をかけてくる。
「……うん、平気。ねえ岸田君、教えて。一体どこまでが本当のことなの?『有角類』とか『鬼』とか『桃太郎』とか『キジ』が裏切ったとか……私、もうわからなくて……」
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「全部本当のことだよ。ここ、岡山には昔から角を持つ『有角類』の人たちがいて、彼は『鬼』と呼ばれていた。
でもね、別に人間に危害を加える存在ではなかったんだ。共存をしていたんだよ。
でもいつからか、『桃太郎』の一族が『鬼』の一族を身体的特徴から差別しはじめ、ついには地下へと追いやった。
隠れて暮らす『鬼』たちを権力を盾に追い詰めたのさ」
「でも、どうして貴方たち『キジ』は裏切ったの?『桃太郎』を」
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岸田は前髪を手で押し上げて、額を露わにする。
その額には、
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「――角?」
「僕の母親はね、僕が小さい頃に亡くなっている。自殺したんだよ。
母は『有角類』だった。『キジ』の一族である父親は、それをわかったうえで結婚したんだよ。そして、周りにそれを隠して暮らしてきた。
でも、いよいよ母の正体がバレそうになったとき、母は父や僕に迷惑をかけまいと、自ら命を絶ったんだ」
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「以来、僕と父はね、復讐を誓ったのさ。この岡山の『桃太郎』という因習にね。
時間はかかったが、それはかなえられた。
さあ、今地下の強制労働施設からたくさんの『鬼』が解放されている。君の両親もいるはずだ。
そこの娘は僕が介抱しておくから、早く家にお帰り」
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「……ありがとう」
失ったと思っていた両親に、再び会うことができる。祖父母と両親と一緒に暮らすことができる。
私の目からは涙が止まらなかった。
そんな私を見て、
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「やれやれ、鬼の目にも涙だね」
岸田は優しく微笑みながら、そう言った。
作者綿貫一
こんな噺を。
先日岡山に出張してまして。その時に思いついたもので……。