俺には同い年の姉がいる。
名前はさくら。
本当はいとこだったんだ。
けど、うちの両親は、俺が中3の夏に2人同時に交通事故で死んじゃって。
俺の父親の兄にあたる、さくらの父親が、俺を養子にしてくれた。
さくらには、ひとつ上にお兄ちゃんがいたんだけど、死産だったって。
だから、さくらの両親は、俺の事を亡くなった息子の代わりと思ってか、昔から可愛がってくれてはいたんだ。
でも、やっぱ15にもなって、おじさんとおばさんに、急に本当の両親みたいには甘えられないじゃん?
だから、高校には行かせてもらって、卒業と同時に就職、そこから独り暮らしを始めたってわけ。
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さて、義理姉さくらなんだが、同い年だし、住んでる場所もそう遠くはなかったから、いとこの頃からよく一緒に遊んでいたな。姉弟になったタイミングが、多感なお年頃だったから、その時はお互い若干気まずさはあったものの、離れて暮らし始めてからも、時々は連絡取ったり、たまには一緒に外でゴハン食べたりもしてた。
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俺の就職先は、飲食関係を手広くやってる会社で、入社して早々にバーテンダーとして現場に配属になった俺は、今までクビになることもなく、そこそこ楽しく働いている。
どうやら、水商売が性に合っているらしい。
さくらは大学卒業後、実家を出て、小さい雑誌の編集の仕事をしていたんだけど、それだけでは生活が苦しいからとウチの会社がやっているクラブでホステスはじめて、気づいたらそれが本業になってた。
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何だかさ、家賃が高いんだよね。
ってことで、更にさくらはいつの間にか、俺のアパートに転がり込んでた。
まぁ、お互い家に帰っても寝るだけだしね。
1Kの狭い部屋で、さくらと俺はそれなり楽しく暮らしていたと思う。
そんなある日の昼下がり、2人きりのたこ焼きパーティー中に、さくらが俺に相談してきた。
「ハルさんと一緒に暮らそうかと思っている」
と。
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ハルさんてのは、さくらの太客。
毎日指名で来て、大金落として行くらしい。
いやいや、大丈夫か?義姉よ‼︎
俺は心配したが、さくらは、多分大丈夫、という。
「多分て何だよ、てか、さくらはそいつと付き合ってるってこと?」
「私の野生の勘、意外と当たるんだってば。
それと、ハルさん、女の人だから。
付き合うとかそういうのじゃないんだ」
さくらはたこ焼きを鉄板の上で器用にくるくる回しながら、けろりと答えた。
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え??
ハルさん、女の人なの?
俺の頭の中はパニクりまくった。
もう、たこ焼き焼いてる場合ではない。
「何で?ここにいればいいじゃん」
「ハルさんが、一緒に暮らしたいって言うからさ」
俺は、後頭部をバッドで殴られたような気分になった。
さくらのことを本当の姉弟みたいに、近い存在と思っていたのは俺の方だけで、実はさくらは色々に気を遣っていたのかな?なんて考えてしまった。
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そんな俺に、さくらは言ったんだ。
「ハルさんは、私に居場所をくれた人だから。出来る限りあの人を受け入れたいんだ。」
それを聞いて、俺は、さくらが正直今の仕事に向いていない気がしていた事や、だからきっと自分を必要としてくれる人の存在を大切に感じたのであろう事に思い至った。
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「さくら、わかった。好きにしなよ」
「ありがとう、ヒロ」
さくらは、俺とよく似た顔して笑った。
そうだ、俺たちには血の繋がりがある。
それは何があっても変わらない事実なのだ。
「さくら、何かあったら、戻って来いよ」
「わかった」
さくらが強く頷いた。
それを見て、俺は続けた。
「それから…」
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俺は、正面から、さくらの黒目がちな瞳を見据えて、ゆっくりとした口調で伝えた。
「もし、小さい男の子が目の前に現れたり、何か言ってきたら、その時は男の子の言う通りにしろ」
「わかった…」
さくらは、瞬きせずに、返事した。
男の子、というのは、多分、さくらの亡くなった兄なんだと思う。
俺は、いわゆる、みえる人ってやつらしい。
とは言え、みえない人よりは幾分みえやすい、ってだけの、大した事ないやつ。
あとは、ちょっと嫌な感じがする、とかいう程度。
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だけど、さくらの兄貴のことは、昔からみえてた。
何故か、兄貴はいつも5〜6歳程度の見た目をしている。
いつもさくらの側にいるわけではない。
でも、さくらが、大学受験中に頑張り過ぎて身体壊しかけた時や、前の仕事場で人間関係が上手くいってなかった時、彼は彼女の傍らにいて、心配そうな眼差しを俺に向けていた。
俺が側にいなくても、兄貴なら、さくらのピンチを救ってくれる気がしたんだ。
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いつだったか、さくらに兄貴がみえると伝えた事がある。
その時さくらは、
「何それ」
って、けらけら笑っていたけど。
さくらは、アパートの部屋の片隅に小さい造花を飾り、毎日水を供えて手を合わせている。
俺の「みえる」話はさておき、さくらの心の中に、確かに兄貴は「いる」んだろう。
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さくらがハルさんのマンションへ引っ越す前の最後の週末に、俺たちは近場の小さな温泉街に1泊旅行へ出掛けた。
宿の近くには人気のない沢があり、散歩がてら足を向けたら、7月なのに急に寒気がしてきた。
と思ったら、強い耳鳴りに襲われた為、はしゃいでいたさくらを説得してすぐにその場を離れ、俺は事なきを得た。
よく分からないけど、何かいたんだろうな。
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宿へ戻る途中の広場に、無料で利用できる足湯を見つけた。
俺ら以外、誰もいなくて、貸し切り状態だ。
2人並んで木製ベンチに腰掛け、湯に足をつける。
「気持ちいいねぇ」
さくらはほうっと息を吐くと、ご満悦そうな表情を浮かべた。
さくらのノーメイクの顔はほんのり桃色に染まり、赤ん坊みたいになった。
「あ、見てみて」
あまりの心地良さに、俺が放心状態でいると、さくらが湯の中を指差して言った。
「うちらの爪の形、一緒だ‼︎」
そこに並んだ足の爪は、確かにとてもよく似ていて、2人に血の繋がりがある事の証のように感じた。
作者ゆきの
或る二人の話⇩の続編です。
http://kowabana.jp/stories/26001
怖くなくて恐縮ですが、読んで頂けたら嬉しいです(^^)
そして、今回も目指す場所へ辿りつけませんでした。
まだ続くかも知れません。