「本当、由香子ちゃんって綺麗だよねぇ。
一般人にしとくのもったいないくらい!あっ、だから俺金払って銀座に来てんのか」
さも愉快だ、と言うように煙草を吹かしながら大股を広げる男。曖昧な微笑みをたたえ、その膝に手を添える女。
女の源氏名は由香子。
本名は、由香。
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私は昔から地味な女だった。
小中高と虐められ、大学に入ってオシャレを覚えてからは、それなりに友達も出来た。
でも、それは私がそう思っていただけで。
生まれつき可愛くてスタイルの良い、あの2人の引き立て役。それが私の立ち位置だった。
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「由香子さん、西園寺様から御指名です」
ボーイが跪き、私に耳打ちする。
「由香子ちゃんもう行っちゃうの?これだから売れっ子はなぁー!早く戻ってきてよね」
ふわり、と花の様に頷き頭を下げる。
優雅な仕草で席を立ち上がり、その場を後にする。
男なんて皆、上辺しか見ていないのよ。
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大学時代を、まるで薔薇や百合を引き立てる
かすみ草のように過ごしてきた。
私だって、もっと明るく我儘に振舞ったり、凛とすまして人の前に立ってみたい。
本屋のバイトで貯めた10万円を握り締め、気がつくと美容外科の門をくぐっていた。
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「目を.......二重にしたいんです」
初めは、この腫れぼったい一重瞼を変えたかった。
あの子のように、キラキラ輝く瞳になれたならば。きっと自信を持って人を見つめられる。
.........
凄い!こんなに簡単に二重になるなんて!!
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メスを入れなくても、たった数十分の手術で二重瞼を手に入れることが出来た。まだ少し瞼が重い、感覚が鈍っている気がするけれど...
鞄から黒いサングラスを取り出し、腫れた目を隠す。数日したら、メイクもして良いという。
足取りも軽く、晴れ晴れとした気分で帰路に着いた......
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「よくここまで頑張りましたね。貴方の綺麗になりたい、という気持ちに応えることが出来て、医者としても誇りに思います。」
あれから私は、鼻、唇、頬骨、輪郭、胸、歯...
目につく全ての場所を、自分の思い通りに作り変えていった。当然費用はすぐ底をついたが、少し綺麗になった途端にスカウトされた水商売に精を出し、金策を図った。
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幼い頃から、見目形が少し可愛いというだけで愛されて来た妹ととも、妹贔屓で私が虐められていることに気がつきもしなかった両親とも、縁を切った。
私は今日から、銀座の高級クラブに勤め始める。
もう、引き立て役のかすみ草なんかじゃない。
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顔や体を作り変えてからの人生は、まさに自分の思うがままであった。銀座随一の人気を誇るこの店でも、私より綺麗な女は居なかったし、当たり前のように女王の座に収まった。
どんな男だって、自分が微笑みかければ落ちないわけがない。だって私は美しいんだから。
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出逢いは突然だった。
まさか、彼がココに来るなんて...
彼の名前は、霧島悠人。
私が初めて心から恋をした人。
大学時代の、百合のような友人の、彼だった人。
「....まぁ、すごいですね。悠人さんはあの有名な広告代理店にお勤めなんですね」
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「そんな良いもんじゃないよ?休みだってろくに取れないし。それで何回浮気されて来たことか」
自嘲気味に笑いながら、腰に腕を絡め抱き寄せる。
憧れの悠人さんが今、私に触れている...
2人が男女の関係になるのに、そう時間はかからなかった。
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「かわいいよなぁ、山原さとみ」
日曜日の夕方、お笑い芸人やアイドルに混じって、利発そうな発言をする女を見ながら彼は言った。ぽってりとした唇が印象的で、艶やかな黒髪のロングヘアー。最近人気の女優である事は、私だって百も承知である。
「ふぅん....悠人って、こういう人がタイプなの?」
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彼が他の女を見て、褒めた事が許せなかった。
どうして、.....どうして?
私の方がずっと綺麗じゃない。
トイレに籠って、主治医に電話をかける。
もっと綺麗にならなくちゃ、彼の気持ちを自分だけのものに。
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「今の貴方は、もう十分綺麗ですよ。主治医だからこそ言わせてもらう、これ以上は体に負担がかかり過ぎる。やめておきな.....」
shake
「山原さとみにして下さい!先生、私を山原さとみにして下さい!!山原さとみに!!」
女は、首が折れそうな程に激しく頭を下げながら、何度も繰り返し訴えた。唇の端からは血が滲み、美しさも相まって恐怖すら覚える。
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彼には、友人と海外旅行へ行くと言って家を出た。
3週間後、彼の理想通りになって現れるの。
もっと愛されるはず、私はそう信じてやまなかった。
........
手術は無事に成功し、私は念願の顔を手に入れた。
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「おはようございます...ご旅行か何かに行かれていたのですか?」
大きなスーツケースを抱えて家の鍵を開けようとした時、隣室の住人が扉を開けて出て来た。
朝の7時...会社にでも行くのだろうか。
味気のない灰色のスーツに身を包んだ女の名前は、佐藤かすみ。
「おはようございます。えぇ、まぁ...そんなところですわ」
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つばの広い帽子を深くかぶりなおし、当たり障りのない返答をする。
かすみ。なんて嫌な名前なんだろう。
女が続けて何か言っていた気がするけれど、どうにも身体が怠くて言うことを聞かない。
早く自分のベッドに横になって、仮眠をとらなければ...夜には、悠人がこの部屋を訪れるのだから。
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ごめん、今日は残業があるから
家に行くのが遅くなりそう。
早く会いたいよ、由香。
彼からのメールに、溜息が漏れ、肩を落とす。夕食を作るまで時間が出来てしまった。
そうだ、最近近所に出来た大型のネイルサロンに行ってみよう。駅前にオープンした白い煉瓦造りのネイルサロンは、エステ、美容室、岩盤浴など女性の欲する美を提供してくれる遊園地のような施設だという。
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「あの、予約を入れていないのですが...お願いできませんか?」
「お客様、申し訳ございませんが本日は満席となっておりまして...」
店長らしき女は、申し訳なさそうに言って頭を下げる。顔を上げた刹那、彼女の動向が見開いたのを私は見逃さなかった。
「.....もしかして、山原さとみさんですか?」
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この顔に作り変えたおかげで、VIP室に通され、異例の好待遇で施術してもらうことが出来た。
他人を欺く程の美しさと、似通った顔ならば、彼の愛はますます深まることだろう。
予定より遅くなってしまったが、スーパーで食材を買い込み、足早にマンションへと向かう。
....ふと、刺すような視線を感じて振り返る。
誰もいない、気のせいか。
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「ただいま、由香...ごめんな遅くなって。風邪ひいたの?マスクなんかして」
彼を驚かせたくて、顔を覆っていたマスクを外す。
「.....!!な、どうしたんだその顔」
「ふふっ、綺麗でしょう?あなたこういう顔が好みなんだもんね」
抱きしめて!3週間会えなかった分、愛し合うの。
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「冗談よせよ!!整形なんてして、どういうつもりなんだ??」
わからない、何故彼がこんなに怒っているのか
「まさか...あの時の台詞、間に受けて...?」
間に受ける?だってあなたが言ったんじゃない
「悪いけど俺。天然にしか興味ないの」
...どこに行くの?今来たばかりじゃない
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shake
ドウシテ!ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ!!!
ドコニイクノイカナイデイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ!!
イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
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顔じゅうを掻き毟る。
綺麗だった白い肌に無数の傷がつき、爪の間には皮膚が挟まって赤黒く固まっていく。
待って、イカナイデ。オネガイ。
彼を追って裸足のままマンションを飛び出した。
走り出そうと地面を蹴った瞬間、背後から急に視界を奪われ、意識が遠のいていく。
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腰を抱えるようにして、引きずりながら歩く。そう、ちょうど教習所で習った怪我人を移動させる時のように。いくらか細いと言っても、意識の無い身体は石のように重い。
女はぐったりと項垂れて、顔には無数の引っかき傷と、クレヨンで落書きしたかのような赤い線が無数についている。
白く華奢な指先...
無残にも両手の爪は一枚残らず剥ぎ取られ、真っ赤なネイルアートをしているかのように血塗られていた。
女はドアを開ける。
恍惚とした表情を浮かべながら、それを引きずり、やがて....姿を消した。
302号室
佐藤かすみ
作者美麗
時間軸は違いますが、怖い女達のストーリーは絡み合っています。他のお話も読んで頂けると、より一層登場人物の事を理解出来るかも...
美しくなりたい、愛する人の為に整形する女の話。