その日も彼は、疲れきって帰宅途中の電車で横になり、ウトウトしていた。
段々と意識が遠のいていき、深い眠りにつく彼を起こす者はいない。
そんなわけで、目を覚ました時には、列車はもう彼の最寄り駅を通りすぎてしまっていた。だが、折り返すにも遅い時間で列車はもうない。
「ったく、誰か起こしてくれてもいいのになあ・・・・・・まあしょんなし、次で降りてタクシー呼ぶか。」
そうごちて、携帯を取り出し最寄りのタクシー会社を調べる彼だが、ここでふと車窓から見える風景がおかしな事に気付く。
それに、いつもなら多少混みあう列車が不気味な程、空いている。運転手にくだをまくいつもの酔っぱらいもおらず、やけに静かだ。
何か奇妙なものを感じつつ、気のせいだろうと自分に言い聞かせる彼。
そんな静かな列車に、車内アナウンスが流れる。
「次、鐙田駅、停車致します。」
そのアナウンスに彼は、驚いた。
鐙田駅と言えば、昔あった山鹿温泉鉄道の駅で、現在は自転車道になっているはず・・・・・・タイムスリップか、夢でも見ているのだと彼は思って、とりあえず降りて見ることにした。
その駅のカレンダーは現代のもの、携帯も繋がる。だが、状況が飲み込めない。廃線されたはずの線路がなぜあるのか、電化されずに廃止された鉄道が、なぜ電化され現代にあるのか。
彼はタクシーを呼んで、しばらく外を眺めていたが、そこは普段と変わらない田舎町だ。
やがてタクシーが来て、乗り込む。運転手も普通のおじさんだ。
だが、戸惑いと不安を隠せない彼の表情を見て取った運転手が、口を開く。
「お客さん、まさか外から来た人?じゃあ、その顔も無理ないですね。こっちの世界ではね、基本的な事はあんま変わらんけど、さっきの鹿鉄も残ってたり、ちょっと違うんだよね、我々の世界とは。あ、私も外から来たんだよ。」
異世界、というより少し分岐した平行世界という事だろうか。
夢だと思いたいが、彼の意識ははっきりしており、現実の出来事であると認識せざるを得なくなっていた。
こうなっては仕方ないと、どうやったら、元の世界に戻れるか運転手が何か知っているかもと思い、聞いてみたが、分からないという。
だが、何かヒントがあるのではと、後日来た場所へ戻ってみた。
期待した変化は何も起こらない。この世界でも、普通の生活は元と変わらなかったが、それでも元の世界に戻って、両親や友人の顔をもう一度見たい。
その一心で彼は、連日あの駅へ通った。
そんなある日、あの駅へ向かった彼は奇妙なものを目撃する。
見たこともないような、黒い雲が不気味に渦巻いていた。彼は、迷わず、その雲へと向かっていく。
案の定土砂降りの雨に打たれるものの、気に留める事もなく、雲が晴れるのを待った。
やがて、雲が晴れ、彼はあの駅へ向かった。そこには線路も何もなかった。
記憶通り、廃線跡は自転車道になっていた。
彼はなぜ、あの時彼処へ向かわされたのか、それから毎日毎晩考えたが、答えは出なかった。
ある日、終電を逃した彼はタクシーを呼んだ。運転手は、あのおじさんだった。
また、お会いしましたね。貴方のおかげで、私も帰ってこれました。
ここで、彼はある結論に至る。
自分は、あの世界に迷い込んだこのおじさんを連れて帰ってくるのが、役目だったのではなかろうかと。
そして、またこのおじさんも誰かを・・・・・・と。
そんな神の悪戯に微苦笑しつつ、眠りにつく彼。その顔は、穏やかだった。
作者ゆっぴー
他サイトで異世界もの、きさらぎ駅系というリクエストを頂いて書きました。
何番煎じだよって言われないように書きたかったですが、結構難しいですね・・・・・・。この話に出てくる廃線跡は、実際に駅舎やホームが残っているところもあります。
それが、サイクリストの休憩所になってます。でも鐵道跡なんでね、すごい長距離で、1往復は結構きついです。山鹿側にはレンタサイクルもあるみたいですね。
地震の影響もあまりなさそうなので、自転車乗りの方は一度走ってみてください。
てか、この話こんなオチじゃ、彼は死んだみたいになっちゃうなあw
生きてますよ、彼はものすごいいい夢を見てるんです。いやあ、もうそれはそれはいい夢をね。
というか、きさらぎ駅みたいに完成された話を、派生させるって難しい。あんなに臨場感あったら、そら釣られるもん。