今村の話
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呑み会を終えて深夜に帰宅する。
旨い酒が入ったせいで、遅い時間だというのにやたらと、テンションが高い。
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いざシャワーを浴びようと、鼻歌まじりに突入した脱衣所で、鏡に写る自分と目が合った。
呑み屋で知り合った女の子達…その中でも特に好みの瞳の大きな女の子が、自分に向けて言った言葉が甦る。
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「私のタイプなんですよ♥」
自然と顔が綻ぶ。
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気が付けば鏡に向かってキメ顔を作り、どの角度が一番良く写るか、研究している自分がいた。
顔を上に向けたり左に向けたりしている内に、ふと今まで気付かなかった異変に気付く。
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「……何だコレ?」
思わず声に出た。
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呟いて右手で摘まみ上げたのは、1本だけ長い髪の毛。
丁度、頭頂部に生えたそれを指で摘まんだまま、頭の形に沿って下ろしてみると、襟足より少し下に先端がくる。
段を刻みながら短く切り揃えた髪型の中で、真っ直ぐに伸びる1本は明らかに変だ。
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……あの床屋の親父、腕が落ちたな…
1週間前に足を運んだ馴染みの床屋…そのいく末を嘆きつつ、髪の毛の先端を摘まむ指に巻き付け、上空へと引っ張る。
……抜けない。
どうやら毛根は力強く根付いている様だ。
毛先を解放して、今度は根元の辺りを指で挟み込む。
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ズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズル……………
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引っ張れば引っ張るだけ、髪の毛がどんどん伸びる。
古典的なマジックで、シルクハットからハンカチが何枚も連なって出てくるあの光景に似ていた。
「………んな…アホな…」
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酔ってる。
きっと凄く酔ってる。
引っ張る度に、酔いが醒めていく気もするけど気のせいだ。
毛先が既に肩甲骨を越えて腰に向かって落ちているのも気のせいだ。
…とまぁ、こんな具合にパニックを起こしていた為、
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「引っ張るのやめて、根元辺りで切っちゃえば良いんじゃね!?」
という発想がまるで出てこなかった。
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焦りと不安で嫌な汗を吹き出しながら、一心不乱に引っ張り出していると、頭皮が吊られる感覚があった。
漸く終わりを迎えた様だ。
少しだけ安堵する。
よし、一気に抜いてしまおうと指先に更なる力を込めてみた。
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あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
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響き渡る不快な悲鳴…
その出所が、指の動きに合わせて髪の間から盛り上がってきた。
頭皮に小さな顔がある。
頭の傾斜に沿って、顎を上げ苦悶の表情で絶叫する横顔…長い髪の毛はその額の生え際に根を降ろしている様だ。
「うおっっぅ!?」
予期せぬ顔の出現に、思わず叫んで顔を仰け反らした瞬間、
……プツンッッ
長い髪の毛が、音を発てて抜けた。
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あ あ あ あ あ あ あ あ あ ああああぁぁぁぁぁ…………
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途端に頭の上の小さな絶叫が尻すぼんでいく。
悲し気な表情を見せると、まるで萎れる花の様にシオシオと沈んでいく。
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……。
暫し…フリーズ。
頭の中が真っ白になったせいで、事態が飲み込めない。
はたと我に返った時、目の前の鏡には1本の長い髪の毛を手に、茫然と立ち尽くしている自身の顔があった。
恐る恐る震える手で顔の浮き上がっていた辺りを探る。
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……何も無い。
今度は顎を引き、頭頂部をやや前に突き出すと両手で髪の合間をまさぐり、異変はないか慎重に確認する。
………やっぱり何も無い。
安堵の溜め息が口から溢れると同時に、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
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⚪
⚪
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「……それが3年前、俺の身に起こった事だ…あれ以来1度もソイツを見る事は無かった…多分、これからもな…」
遠い眼差しで煙草をくわえる今村は、旨そうに紫煙を吐き出す。
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その頭部には、[長い友]…髪の毛が1本も無い。
頭部の小さな顔から髪の毛を引き抜いたあの日以来、抜ける・生えぬ・育たぬと悪夢の三拍子が鳴り響き、地肌を世間の眼差しに晒す今に至ったそうだ。
今村は語る。
「いいか、人の頭にはな!毛根の精が住んでるんだ!!それを殺したら、[根]絶やしにされる…俺みたいにな…」
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この自虐的な恐怖体験に、何と応えたら良いものか…僕は今村のツルツルと光る頭から、目を逸らさずにはいられなかった…。
作者怪談師Lv.1
駄文にお付き合い頂き、有難うございます。
たまにはこんな、ライトな怪談を。