wallpaper:1430
「…長い話になるぞ…」
差し上げた煙草一本と引き換えに、蓮さんは語り出しました。
「俺がこれを習った代価は煙草一本…話す代価も煙草一本…この話に関わるのは、これが最後だ。」
蓮さんの声に、微かな怯えと自嘲する様な、笑みが含まれていました。
wallpaper:1
separator
十数年前…当時大学生だった蓮さんは、オカルトの世界にドップリと浸かり込んでいたそうです。
小説を読み漁り、映像を堪能し、スポットを巡る…その為の資金を稼ぐ為、アルバイトを複数掛け持ち、大学で知り合った仲間達と、勉強そっち退けの日々を送っていた蓮さん。
しかし、実際に怪異に遭遇する事は無く、繰り返される肩透かしに、苛々を募らせていたと云います。
どうしても自分で、怪異を体験したい…それも誰も味わった事の無い様な、極上の恐怖を…。
そんな危険な思考が頭の中を支配し、離れなくなっていた蓮さんは、その日もある有名スポットに仲間達と出掛けたそうです。
nextpage
wallpaper:216
必ず幽霊に遭遇出来る…そんな触れ込みのスポットだったにも関わらず、やはり何の収穫も無し。
仲間と集合場所に利用している公園に戻って来た時、遂に蓮さんの苛々はピークに達してしまい、探索の発案者と口論となってしまったと云います。
他の仲間達が直ぐに仲裁に入ってくれたお陰で、少し落ち着きを取り戻した蓮さんは、苛々をまぎらわそうと煙草を取り出したそうです。
それを合図に仲間達も紫煙を燻らせ始め、場は白けたムードのまま一時の沈黙に包まれたと云います。
wallpaper:1
『…煙草……くれや……』
その上擦り、掠れた声が聞こえた時…背中にゾワリと走る悪寒を感じたと蓮さんは語りました。
弾かれた様に振り向くと、そこには1人のホームレスの老人が居たそうです。
wallpaper:530
老人は汚れた帆布織りのコートを羽織り、枯れた枝の様な左足を軽く地面に乗せたバランスの悪い歩き方で、ヒョコヒョコと歩いて蓮さん達に近付いて来たと云います。
まるで品定めでもする様に、1人1人の顔を覗き込むその左目は、黒目である筈の部分が白く濁り、肥大していたそうです。
誰かのハッと息を飲む音が響く中、老人は最後に蓮さんを見ると、ニタリと笑って小刻みに震える腕を差し出し、もう一度煙草をねだったと云います。
wallpaper:216
『……兄さんは、[死にたがり]か…?』
受け取った煙草を旨そうに燻らせながら、老人が口にした言葉。
それに驚き、否定する蓮さん。
『そんなら、馬鹿な遊びは止めたがええ…兄さんの後ろに、[黒坊主]どもが憑いて来とるぞ…』
世間話でもする様な、軽い口調だったと云います。
しかし、蓮さんは老人の言に、味わった事の無い恐怖を感じたそうです。
wallpaper:1
『………[黒坊主]って…?』
カラカラの喉から、何とか言葉を絞り出すと、老人は喉を鳴らす様にククク…と笑ったそうです。
『本当の名前は知らねぇ…俺が勝手に呼んでるだけだ。』
『奴等はなぁ…人を招くのよ…人にとり憑いて、そいつの[恐怖]を麻痺させちまう。[怖い物知らず]なんて云うだろ?[恐怖心]の麻痺した人間は、どんどん危険や死に近付いていく。仕舞いには…奴等の仲間入りだよ。』
死にたくないなら、死に近付くな…
残り少なくなった煙草の先を、惜しむ様に見詰めている老人の姿が、そう語っていたと云います。
nextpage
『じいさんには、見えるのか…?』
蓮さんの言葉に、老人は頷き、白濁とした左目を指差したそうです。
『この目はな、見たくない物ばかり見やがる…。』
この世を映す右目と、あの世を映す左目を持っているのだと、老人は自嘲したと云います。
『……うらやましいな…』
思わず呟きを漏らした蓮さんは、自分が恐怖ジャンキーである事を、ポツポツと話して聞かせたそうです。
すると老人は、黒い右目で蓮さんの顔をジッと見詰め、何やら考え込む様な仕草を見せていましたが、やがて目の前の暗闇に視線を戻すと、独り言でも囁く様に言を発したと云います。
『…そんなに見たけりゃあ、方法を教えてやる…』
老人が語る[見る方法]とは、とても単純な物だったそうです。
nextpage
separator
*注意*
老人が蓮さんに語った方法は、濁して記します。
しかし、稀にどんなに濁しても、正確なやり方が頭に浮かぶ人がいるそうです。例え理解出来たとしても、決して実行しないで下さい。
nextpage
用意する物
大きな鏡
3日の間、朝日に当てた塩
日本酒
四角い敷物(レジャーシート等)
懐中電灯
ある言葉を書いた半紙
鏡を覆う布
nextpage
①鏡を何も無い壁(窓や扉、ポスター等があると無効)が写る様に置き、その下に敷物を敷く。
②敷物の四隅にコップに分けた日本酒を置き、鏡の下に塩を盛る。
③半紙を鏡の上部に貼る。(この時に半紙で鏡を覆ってしまわない様に注意する)
④全ての準備が整ったら、部屋を暗くして一切の明かりを遮断する。
後は、鏡の前の敷物に座って、一定のリズムでコツコツと床を叩きながら、合いの手を入れる様に懐中電灯を2回ずつ、点滅させるだけ。
コツコツ…パチ、パチ…と繰り返す。
終わる時は、鏡を布で覆ってから、灯りを着ける。
nextpage
その時に絶対に、守らなくてはいけない事は以下の通り。
他の音は一切出さない事。
鏡から目を離さない事。
敷物から絶対に出ない事。
必ず灯りを着ける前に、鏡を隠す事。
使用した酒には、一切触れる事無く棄てる事。
老人と別れた蓮さんは、聞き耳を立てていた友人達とこの話で盛り上がり、各々が実際にやってみて結果を報告しようという運びになったそうです。
nextpage
separator
数日後…必要な物を揃えた蓮さんは、部屋に目張りをして明かりを遮断すると、[見る方法]の儀式に挑んだそうです。
始めこそ、単調なリズムを刻むのが難しく、乱れがちになったそうですが、要領を掴み集中してくると、意識しなくても、一定のリズムを刻み続ける事が出来る様になったと云います。
そうして、暗闇の中でコツコツ…コツコツ…パチ、パチ…と、何度も何度も繰り返し続けた時…
点灯した懐中電灯の灯りの中に…
正確には、灯りに映し出された鏡の…蓮さんの背後に…
wallpaper:1327
1つ…2つ…と灰色の顔が、浮かび上がって見えてきたそうです。
その顔は、一様に能面の様に無表情で、何の感情も浮かばない濁った眼差しを、空に游がせていたと、蓮さんは語りました。
灯りを点す度、増えていく顔の集団に、蓮さんの心臓は早鐘を打ち、興奮が脳内を駆け巡る様な感覚だった…と、云います。
灯りを消した暗闇で、片手でリズムを刻みながら、懐中電灯を手放し、鏡を布で覆うと恐る恐る部屋の灯りに手を伸ばした蓮さん。
wallpaper:139
2度瞬きをして、照明が室内を照らした時…室内には、ただ蓮さんだけが立っていたそうです。
緊張が解け、極度の興奮状態だった蓮さんは、直ぐに仲間達に電話を掛けたと云います。
皆、一様に興奮状態で、
『初めて見た!!』
『俺も見た!!』
『顔、怖えぇっ!!』
と騒ぎ立てたそうです。
wallpaper:1
nextpage
それから暫くは、仲間内で集まる度に、この話題が出たそうですが、次第に飽きがきて、何度も繰り返し続けて儀式をするのは、蓮さんと1人の友人だけになったそうです。
異変を見せたのは、その友人だったと云います。
彼は、他の仲間達同様、変化を見せない顔の群れに、多少の飽きを感じていたそうです。
もっとスリルが欲しい…そう考えた彼は、儀式の最中に[やってはいけない事]を、やってみたい衝動に駆られたと云います。
そこで彼は右手で刻む音と、左手で点ける懐中電灯の点滅の間に、スプーンを掴んで敷物の後ろに投げ捨てる事を考えたそうです。
敷物の外で音を鳴らす理由は、単純に自分の側では怖いから。
儀式の前にタイミングと、距離を実際に投げて確認し、いざ本番の儀式でも見事に成功させたと、彼は語ったと云います。
…コツコツコツ…コツコツ…パチパチ…コツコツコツ…コツコツ…チャリーン…
スプーンが落下する音が室内に響くとほぼ同時に、パチ、パチと灯りを点滅させた彼の目に、浮かんだ顔の群れが、一斉に音のした方へ滑る様に移動して、音の発生源を捜す様に右往左往しているのが見えたそうです。
恰かも餌に群がる鯉の様なその姿は、怖いよりも滑稽で愛嬌があった…と、友人は得意気に蓮さんに語ったと云います。
nextpage
しかしその数日後…
大学で講義を受ける蓮さんの耳に、聞き覚えのある音が飛び込んできたそうです。
…コツコツコツ…コツコツ…
耳に馴染んだ儀式のリズムは、件の友人が机を叩いて出していたと云います。
右手のスプーンで音を刻み、左手に握ったペンをノートの上で動かす友人……
その表情は虚ろで、目が空を游ぐ様は、暗闇に浮かぶあの顔の群れの様だったと蓮さんは語りました。
先生に「講義の邪魔をするなら出ていけ!!」と怒鳴られても、止めようとしない友人を、仲間達で教室から連れ出した時…友人の左手が、ノートに書き込んだ走り書きを目にしたそうです。
生来、右利きの友人が左手で書いた文字は利き手で書くより美しく、
nextpage
【1人は嫌でしょ…】
【此処においでよ…】
【置いていくよ…】
と書かれていたと云います。
件の友人は、まるでその書き込みに応える様に、小さな声でブツブツと、
nextpage
『…ああ…そうだね…』
『行こう…皆で行こう…』
『待って…1人は嫌だよ…』
と呟いていたそうです。
nextpage
教室から出ると、仲間達の声も聞こえない様子で、フラフラと校舎を出ていった友人を何とか部屋まで送り届け、このまま1人には出来ないと話し合った結果、友人のご両親に連絡を入れた蓮さん達。
数日後、友人は実家に連れ戻され、一切の連絡が断たれたと云います。
仲間内では、儀式の話は完全にタブーとなったそうです。
しかし蓮さんはこの時、件の友人が[やってはいけない事]をした事が原因だと思い込んでいたと云います。
nextpage
separator
『ソレ…痛いの?』
バイト先の女の子にそう問いかけられたのは、[幽霊を見る方法]を老人に教わってから半年程経った頃だと云います。
その直前まで、世間話で笑い声を上げていた蓮さんは、一瞬…何の事だか理解出来なかったそうです。
女の子は蓮さんの左目を指差して、不思議そうに首を傾げたと云います。
『最近、いつも左目閉じてるでしょ?怪我してるのかな~って、思ってさ。』
その言葉に、蓮さん自身が驚いたそうです。
両目を開けている事が、自然な動作である様に、蓮さんは指摘されるまで、自分が片目で生活している事に気付かなかったと云うのです。
『いや…痛い訳じゃないけど…何でだろ?』
そう答えながら備え付けの鏡に顔を向けると、確かに左目を閉じている自分が写ったそうです。
毎日、身支度の際に鏡を見ているのに、意識するまで気付かなかったと蓮さんは語りました。
それを確認すると同時に…蓮さんは、ある事実に思い当たったと云います。
それは、鏡に写る自分の姿への違和感…
まるでこの時を待っていたかの如く、フラッシュバックする儀式の記憶…
儀式の最中、蓮さんは今とは逆に左目を開けて右目を閉じていたそうです。
恐る恐る…左目の瞼に力を込めて持ち上げると、その様子を隣で見ていた女の子が、短い悲鳴を上げたと云います。
nextpage
『大丈夫なの!?その目!』
『病院に行った?』
……気遣ってくれる彼女の背後で、儀式でしか見えない筈の、灰色の顔の群れが浮かび上がって見えたそうです。
wallpaper:1265
どの顔も儀式の時とは違い、血走り見開いた両目を蓮さんに向け、歯を剥き出して笑っていたと云います。
バイト仲間という[現実]の背後に並ぶ、[非現実]の灰色の顔…蓮さんはこの光景を目にしながら、踏み込んではならない領域に踏み込んでしまったのだと、悟ったそうです。
nextpage
wallpaper:1
separator
「…今では何をやっても見えるから、こうして両目で生活してるがな…。」
吸い終えた煙草を見詰めて、蓮さんは言います。
その左目は、黒目の部分が肥大して、白く膜を張っている様でした。
「話に出てきたあの爺さんと同じだろ?この左目を見ると、あの爺さんも昔儀式をやったんだって、しみじみ思うよ…」
担がれたんだよな…俺は…
そう呟いて、喉を鳴らす様にククク…と笑う蓮さんに、僕は少しだけ恐怖を感じました。
wallpaper:947
「俺は、ダチみたいに声は聞こえないからな…狂っちまう事はなかったが…今の生活を思うと、どっちが幸せなのか分からねぇな…。」
そう言って立ち上がった蓮さんは、最後に僕を両目で捉えて、真顔で口を開きました。
「お前も相等の恐怖ジャンキーみたいだな…[黒坊主]が憑いてきてるぞ…まぁ、何かあったら此処に来い。力になれるかどうかは、分からんがな…。」
もう一度、ククク…と笑って踵を返した蓮さんは、生活圏である公園へと帰って行きます。
その背中の左側に灰色の影を見た気がして…僕はそっと片目を閉じ、空を仰ぎ見るのでした。
wallpaper:1001
○
○
○
さて、今回のお話はここら辺で締めさせて頂きます。
長々とお付き合い下さった方は、有難うございました。
機会がございましたら、また怪談話に興じたいと存じます…。
作者怪談師Lv.1
長い駄文を最後まで読んでくださって、有難うございます。
公園で[隅っこ暮らし]をされている蓮(レン)さんのお話です。
僕の知っている霊感持ちさんの中でも、一番の変人です(笑)
左目アボーン後に開き直りとヤケクソで、音以外のタブーを全部やらかした結果、
「食うには困らないだけの[仕事]が出来る」様にはなったそうです。
何の[仕事]かは、知りたくないので聞いてません。
日本酒と煙草を差し入れると、ちょっと変わった怖い話を聞かせてくれます。