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【十物語】第七夜 トビラノムコウ…

中編5
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【十物語】第七夜 トビラノムコウ…

怖い話ねぇ…。

正直あまり思い出したくないんだ。

当時の婚約者を失った記憶でもあるから、…トラウマなんだよね。

…でもまぁ、友人のめでたい結婚式の余興だっていうし、これが最後だと思えばいいか…。

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これは僕が26歳の時のことだから、…もう20年くらい前になるのか。

時が経つのは、早いものだね。

でも、いくら時間が経っても消せない傷もあるんだよな。

当時、僕には婚約者がいたんだ。

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大学時代からの友人の紹介で知り合ったんだけどね、アイドルの誰それに似てるとか女優の誰それに似てるとか、そういうのはなくて、すごく平凡な女の子だったよ。

まぁ、僕が惚れたのは彼女の性格かな…。

いつも前向きでさ、誰にでも親切で誠実、…そんな子だった。

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付き合い始めて半年くらいで、結婚を考えるようになったよ。

彼女も同じだったらしくてね、すぐ婚約したんだ。

そんな折、僕は仕事中に交通事故に遭ってね、足を骨折して入院した。

信号無視の車に接触したんだけど、骨折で済んで良かったよ。

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腓骨、って分かるかな?

足の太い骨を両側から支えてる骨のことね。

その腓骨を、骨折したんだよ。

…左脚の。

すぐ手術して、ボルトで骨を固定して終わり。

輸血しない「観血手術」ってヤツ。

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僕の入院中も、彼女は献身的にお見舞いに来てくれたよ。

手作りのクッキーとか持って来てたな。

彼女だって仕事あるのに、仕事帰りとか遅い時間でも来てくれることがあった。

まぁ、僕が個室で入院してたからできたことだけどね。

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大部屋だったら他の人の迷惑になるし、だから夜に面会なんてできるわけないもの。

面会時間過ぎてても、看護師さんは大目に見てくれてた。

婚約者だと知ってたから。

入院してから2週間くらい過ぎた頃かな?

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あと2、3日で退院って時に、突然、携帯電話に着信があったんだ。

当時は携帯電話もmovaってヤツでさ、着メロも単音だし、ショートメールも半角50字までの質素なものだったよ。

懐かしいね。

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病院内ではマナーモードにしてて、バイブが震えたから電話に出たんだ。

…もう夜だったから、小声でね。

電話の相手は、大学時代からの友人。

僕に彼女を紹介してくれたヤツだった。

「もしもし?こんな夜遅くに、どうした?」

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電話の向こう側の友人は、なんだか慌てて電話をかけた様子だったな。

呼吸も荒かったし、何事かと思った。

「事故だよ、交通事故!交差点で轢き逃げ!」

正直、意味がよく分からなかった。

僕が首を傾げていると、病室のドアがノックされた。

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電話の友人に「ちょっと待って、看護師さんかも」と告げてから、「はい!」とドアに向かって返事をしたんだ。

「…ごめんね、遅くなって。ドア、開けて?」

彼女の声だった。

僕はすぐ友人に、「あ、彼女が見舞いに来たから、またあとで掛け直すよ」と言うと、「…誰、だって?」と友人の怯えたような声が返ってきた。

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「だから、彼女だよ。僕の婚約者!面会に来てくれてるんだ」

僕が言うと、驚く答えが友人からあった。

「…お前、何言ってんだよ!?轢き逃げされたの、…お前のその婚約者なんだぞ!?」

言われて一瞬、頭が真っ白になった。

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「…どうかしたの?開けて?」

ドアの向こうからは、確かに彼女の声。

「なぁ、今日はエイプリルフールじゃないんだから、冗談やめろよ」

友人に僕は震える声でそう言った。

「こんなの冗談で言えるわけないだろ!彼女、血塗れで病院に運ばれたんだぜ!?」

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友人の話が真実だとするなら。

…じゃぁ…。

『…トビラノムコウニイルノハ…ダレ…?』

そういえば、と思い立った。

いつもの彼女なら、ノックのあとすぐに病室のドアを開けて入ってくる。

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「…ドウシタノ…?ネェ…アケテ…?」

声は確かに彼女もの。

…急に、底冷えするような恐怖に襲われた。

「おい!聞いてんのか!?」

電話の向こうで友人が叫んでる。

気付いた時には、僕は気絶していた。

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目が醒めると、目の前に両親と友人の心配そうな顔があった。

外はすっかり明るくなっていて、朝食の時間が迫っていた。

「良かったー!急に電話に応答しなくなったから、スゲー焦った!」

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友人がそう言って、両親も安堵したように胸を撫で下ろしてたな。

聞けば、気絶する時に誤ってナースコールを押してしまい、駆け付けた看護師が泡を吹いて気絶していた僕を介抱してくれたらしい。

腕には点滴がされていた。

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「…気を確かに、聞いてくれ」

静かな口調で、父親が僕に話し始めた。

それによると、彼女は僕が気絶した時にはすでに…亡くなっていたそうだ。

轢き逃げされた彼女は病院に搬送されたけど、その時にはもう、内臓破裂等で手の施しようがない状態だったらしい。

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事切れるまでずっと…僕の名前を、呼んでいたんだって。

轢き逃げの犯人も、夜中のうちに捕まっていた。

彼女は、「あの世」に旅立つ前に僕に会いに来てくれたんだろうか。

それとも…自分が亡くなったのも気付かずに、いつものように来てくれたんだろうか。

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今となっては分からないけど、もし、あの時…病室のドアを開けていたら…どうなっていたんだろう?

いつもの彼女の笑顔がそこにあったんだろうか…。

…それとも…。

その時の僕は、恐怖とか後悔とか、なんだかいろんな感情でグチャグチャだったのは覚えてる。

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彼女を失った悲しみや寂しさがやっと訪れたのは、葬式が終わり、四十九日が過ぎて、納骨の時…。

白い骨壷に収まってる姿を見た時、やっと涙が出たんだ。

やっと、本当に泣けたんだ。

やっと…現実に向き合えたんだよ。

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あの時…扉を開けていたら…。

今も、そんな思いに苛まれる。

『…ドウシタノ…?ネェ…アケテ…?』

当時は、しばらく彼女の声が頭から離れなくてさ。

だから、早く…忘れたいんだよ。

あの時のことは。

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彼女の墓参りは、ちゃんと行ってるよ?

成仏してるって…信じたい。

…結婚したからには、絶対に幸せになれよ?

僕の分まで。

僕は…いいや、結婚しなくても。

何かを失う経験を、もうしたくはないから。

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あれから、すっかり臆病になっちゃったよ。

…でも、本当に…結婚おめでとう。

友人として、心から祝福します。

奥さんを大切にね。

[おわり]

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