暗闇の中に響く男たちの荒い息遣いが、否が応にも緊張を伝えてきた。
俺は脇に抱えた手筒花火を今一度強く抱き込んだ。
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今日は年に一度の奉納花火大会。そのメインイベントの手筒花火当日だ。
この花火は人間が藁の筒で包んだ黒色火薬を腕で抱いて行う花火だ。
もちろん花火の出す火焔はそのまま花火師たちに降り注ぐ。
毎年怪我人や、下手したら死者が出ることも珍しくない。恐らく日本で最も危険な花火だといっていい。
だがこの地方の人々にとって、この花火は花火であっても只の花火ではない。
その炎は神聖で、黄泉にも通じるといわれ、お盆に行うのは死者への弔いの意味もある。
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(・・・そう、弔いだ)
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整列した男たちの手筒に、松明の火がともされる。
真紅の火は、やがて火薬特有の赤紫色に変じ、そして・・・
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ボッという小さな爆発音とともに、筒の先から勢いよく火焔が噴出した。
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火の粉は雨霰と降り注ぎ、髪を、肌を容赦なく叩く。
あまりの熱気に一瞬、意識がゆがむ。
俺は慌てて手筒を抱えなおした。
手筒が汗で滑る。
足元が定まらない。
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いけない!
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俺は自分を叱咤する。
今日は弔い。一昨年命を落とした、恋人のための特別な日だ。
この日のために厳しい訓練を積んできたんじゃないか。
俺は歯を食いしばった。
思わず天を仰いだ。
焔と熱気でゆがむ視界の中、ふと奇妙な揺らぎがあることに気が付いた。
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火焔の塊のようで、その中には表情がある。
人間の顔。
そう、夢と思い出と写真の中だけの存在となった、懐かしい笑顔だ。
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(そうか、帰って来てくれたのか)
俺の口角が微かに上がった。笑ったのはどれくらいぶりだったろう。
焔の塊は、迷うことなく俺の手筒の中に飛び込んできた。
手筒の中で、笑顔が燃える。優しく、激しく、禍々しく・・・
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俺は理解した。
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この焔は黄泉にも通じる。
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(お前が迎えに来てくれたのか)
俺は手筒を抱き込んだ。
爆音が周囲に轟き、手筒の底が火を噴いた。
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次の瞬間、俺の体は幸福の炎に包まれた。
作者修行者
こんなお話を
(綿貫様、スイマセン)