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いらっしゃいませ おでん屋でございます。
大根、牛すじ、ちくわにはんぺん...各60円で販売しております。
60円がないお客様には特別に、おでん1つにつき怖い話1つで販売しております。
今日はその日暮しの岡崎さんのお話です。
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俺は不幸だった。
文房具もなかなか買ってもらえないような貧乏な家に生まれて、学校へ行っても恋人はおろか友達も出来ない。
就活では正社員や派遣社員での面接はひたすら落とされ、唯一受かったのはコンビニのアルバイトだった。
仕事仲間も客もみんな俺をバカにしてるんだ。
俺の人生には幸せなんてもんは存在しないんだろう。
そう思いながらバイト先からの帰り道を歩いていた。
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「幸せになりませんか?」
可愛らしい高い声でそう話しかけてきたのは、二十歳くらいの女の子だった。
宗教かセールスだろうと思い、金がない事を理由に断ろうとした。
「お金は必要ありません」
食い気味にそう言い出す女の子に、宗教だと確信した。
女の子と話せるのは嬉しいが利用されるのはゴメンだ。
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その場から去ろうとすると半ば強引に1枚の紙とティッシュ箱くらいの大きさの箱を渡された。
「ぜひ幸せを見つけて下さいね」と女の子は去っていった。
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家に帰り、2つ折りになっていた紙を開いた。
中にはこんな事が書いてあった。
――――――
【幸せまでの歩み方】
①1日に1歩進んでください
②3日目は1歩進んだ後、来た道を2歩戻ってください
※注意事項※
①1日に2歩以上進まないこと
②3日目の戻る際に稀に花が生えていることがあり、
その場合は花を踏まないように気をつけること
③1日も休まないこと
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以上のルールに従い進んでいくと、幸せの扉へと辿り着きます。
ぜひ扉の奥にある幸せを見つけて下さいね。
――――――
よく意味がわからなかった。
1日1歩しか歩けなければ仕事どころかトイレにも行けないじゃないか。
紙をポイとテーブルに投げ捨て、箱を手に取った。
すごく軽くて振っても何の音もしない。空箱だろうか。
下らないと思いながらも箱を開けると、視界がぐにゃりと歪んだ。
そしてそのまま箱の中へと吸い込まれていったんだ。
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中は真っ白で、足元には適当に書いたような梯子のような線が引いてあった。
後ろにはその梯子のマスはなく、前にだけずらりと並んでいる。
そこで先ほど読んだ紙を思い出した。
とりあえず1歩、1マス分進んでみた。
...特に何も起こらない。1歩分移動しただけだ。
どうしたものかと悩んでいると再び視界がぐにゃりと歪み、歪みが直ると現実の部屋へと戻っていた。
不思議で奇妙な体験に、この箱は本物ではないかと思うようになった。
箱を閉じ、紙と一緒に棚へとしまった。
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翌日..仕事帰りにまっすぐ家に帰り、もう一度箱を開けた。
こんな物に頼るなんてバカバカしいとはわかっていたけれど、幸せになれるならと箱を開けた。
白い世界へ行く。1歩進む。現実へ、戻る。
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3日目..嫌味を我慢しながらの仕事を終わらせ、そそくさと帰った。
今日は2歩戻る日だ。なにか変化があるんだろうか。
そんな期待を胸に箱を開けた。
1歩進んで、2歩下がる。
俺は3日かけて1日目にいたマスへと戻った。
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4日目、5日目、6日目......毎日1歩進んで、2日置きに2歩下がった。
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18日目..2歩下がる日。
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いつものように1歩進み、2歩下がろうとくるりと後ろを振り返ると、先程までいた所に花が咲いていた。
踏まないように1歩下がり、また1歩下がった。
現実に戻ると心臓が少し強めに動いていた。
花が咲いていたことがなんだか嬉しかったんだ。
その後も時々花が咲いていた。
その度に少しだけ嬉しくなった。
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193日目..1歩進むだけの日。
店長に怒られていてバイト先を出るのが遅くなり、急いで家へと向かっていた。
すると目の前で小さな女の子が1人で泣いていた。
「ママ」「ママ」と言っているんだ。迷子だろう。
探すのを手伝ってあげたい気持ちはあるけれど、もう22時半。
1時間以内に母親を見つけられなければ箱に間に合わない。
1日休むことになってしまう。
この子を助けても幸せになるとも思えないし、素通りして家へ帰った。
箱を開け1歩進む。間に合った。
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363日目..もう100マス以上は進んだだろうか。
この日も1歩進んで、そして下がろうと後ろを向いた。
「?」
後ろを向く際に視界に何かが見えた気がして、もう一度前を向き直した。
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するとそこにはさっきまでは無かった小さな扉が現れていたんだ。
扉は2つ先のマスの上。
「幸せの扉だ!!幸せになれる!!やったぁあ!!!」
俺はすぐにその扉をくぐりたくて、2歩下がるどころか思わず前に進んでしまった。
扉の前に着くと視界がぐにゃりぐにゃりといつもより激しく歪む。
扉の奥にも行けず、現実へも戻れない。
「急がなければよかった」
「あと少しだったのに」
歪みの中で間抜けな自分の行動に後悔した。
激しい歪みに酔いそうになっていると、いつかの花がぐにゃりと現れた。
無意識に花に手を伸ばし、掴んだ。
ブチ と軽い音をたてて花はちぎれてしまった。
歪みは一層酷くなり、もう何を見ているのかもわからないほどになった。
耐えきれず嘔吐し、意識を失ってしまった。
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目が覚めると知らない公園のベンチで寝ていた。
落ちていた雑誌を拾い、中を見てみると知らないことばかり書いてあった。
芸能人も、総理大臣も、元号も、何もかも俺の知っているものとはまるで違ったんだ。
もちろん貧乏な家族もいなければ、嫌味な店長もいない。仕事も家も金も無い。
しかも健康だった身体が5分歩くだけでも痛みだし、毎日のように嘔吐するようになった。
でも病院にはいけない。保険証や金はおろか、きっとこの世界での国籍もないだろう。
毎日回復する希望も持てず死ぬまで生きるしかないんだ。
扉をくぐれなかった俺は今までとは比べ物にならないほどの不幸へと放り出されたんだ。
それでも死ぬのは怖くて、日雇いの俺でもできる仕事で汗やらべそやらかきながら、少しの金を貰って目覚めた公園で1人で生活してるよ。
身元のわからない不審な俺に対する反応は元いた世界よりも更に最悪だ。
今となってはあんなに不幸だと思っていた頃が幸せにすら感じるね。
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そう話し終えると、岡崎さんは昆布を食べて帰っていきました。
作者おでん屋
この歌ってほぼ全世代の人が知ってるんでしょうか。
小学生の頃何かのCMでサビの部分を聞いたことがあったんですが、今回初めて全歌詞を知りました。
戻る日の計算、3日目より後は自信がありません。
紙に書き出してみても3日目までしか自信が持てませんでした。