中編6
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空 亡

俺は今、追いかけられている。

出口など無いであろう迷路のような建物の中で、俺は必死で逃げる。

この屋内も薄暗いが、それよりも更に暗い、まさに闇そのものと言える『黒い太陽』に俺は追いかけられている。

「はぁ、はぁ。ちくしょー!」

あまりの怖さに、自然と涙が溢れてきた。

「何なんだよアイツ!マジでヤバい、死にそう…」

そう思うと同時に、何気ない彼女との会話を思い出す。

まるで走馬灯のようだった。

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彼女「『最強の妖怪』って何か知ってる?」

俺 「さぁ…。『ぬらりひょん』とか『九尾の狐』じゃなかったっけ?」

彼女「ノンノン♪」

彼女は人指し指を横に振る。

彼女「今はね『空亡』ってのがいるんだよ」

俺 「 そらなき ? 知らねーぞ、そんな妖怪」

彼女「そりゃね。なんか最近 出てきた妖怪らしーの」

俺 「え?『近年 作られました』的な妖怪ってことか?それってありなのか?」

彼女「全然ありでしょ。じゃあ『首なしライダー』とかどうなるのよ?」

俺 「それって妖怪なのか?」

彼女「得体の知れないものはみんな妖怪だよ。リングの『貞子』とか『口裂け女』とか、あと『八尺様』だってそうでしょ?」

俺 「まぁ、確かにな(八尺様ってのは知らんけど…)。でも最近 出てきた分際で“最強”って言い張るのは、ちとマズいだろ…」

彼女「『全ての妖怪を押し潰す漆黒の太陽』らしいよ、なんか最強っぽいじゃん。そもそも妖怪なんて最初から全部 実在しないんだから。そんな小さなことばっかり言ってると、空亡に押し潰されちゃうぞ☆」

俺 「あぁ?潰せるもんなら潰してみろよ(笑)」

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俺は今にも押し潰されそうだった。

コイツが彼女の言ってた『空亡』なのか?

走馬灯のように思い出している中で、俺は変に想像してしまった。

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「ヤツに追い付かれたら、どうなるのだろうか?」と…。

本当に押し潰されるのだろうか?

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例えば、四肢が切断され、血が飛び散り、内臓やら脳味噌やらを撒き散らして、誰なのか個人が特定できない程むごたらしく殺されるのだろうか?

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それとも全く違い、触れた瞬間に漆黒の闇に呑み込まれ、一生 暗闇の中で生き地獄を味わうことになるのかもしれない…。

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想像するだけで怖かった。

そしてそれらの想像が、また俺の精神を追い詰めてゆく。

しかもこの黒い塊、曲がり角 以外の速度が異常に早い。

特に直線なのだが、大の大人が本気で疾走しているにも関わらず、曲がり角 等で距離を離さなければ、すぐに追い付かれてしまう。

精神に異常をきたしながらも、俺はこの直線を全速力で駆け抜ける。

しかし、黒い物体はもう目の前まで来ていた。

俺は涙ながら、半ば諦めかけていた。

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「たぶん追いつかれる…」

そう思った瞬間、階段に繋がる曲がり角を発見した。

ギリギリのところで曲がりきり、ヤツをかわす。

今度は全速力で階段を下った。

しかし、階段も厳密には直線の連続だ。

中間の広間に差し掛かる度に、ギリギリで追いつかれそうになる。

だがアイツとの距離はどんどん広がっていき、一瞬 希望が見えたかのように思えた。

しかし、階段の先はなんと行き止まりだった。

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「終わった…」

と、諦めかけたその時、ドアノブがあることに気が付いた。

壁・ドア・ドアノブと、全く同じ色で統一された不思議なドアだった。

気が動転していたのと、暗がりで分からなかったらしい。

ドアノブに手を伸ばす。

ガチャガチャ!ガチャガチャ!

なかなかドアが開いてくれない。

ヤツが角を曲がって来た。

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「ヤバい…!」

その瞬間、手に力が入った。

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「開いたっ!」

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ヤツが猛スピードで向かって来る。

ドアをくぐった俺は、急いでドアを閉める。

ヤツがドアにぶつかった衝撃で、俺は弾き飛ばされた。

が、なんとかヤツがぶつかると同時に、ドアを閉めることができたようだ。

内鍵でロックできるタイプのドアではなかったものの、アイツの形状上「恐らくヤツはドアを開けることはできない」と俺は思った。

常に全力で走っていた俺は疲労困憊していた為、疲れを軽減できる程度の速度で通路の先へ向かった。

「はぁ、はぁ」

息切れと動悸が凄かった。

昔やった鬼ごっこでも、こうはならない。

しかし、これは鬼ごっことは違う。

鬼の交代などない。

捕まったら…。

俺は恐怖のあまり、視線だけは先程 閉めたドアを見ながら通路を走る。

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ガチャ。

 

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ドアが開いた。

「え?」

俺は前に視線を戻し、再び全速力で通路を駆け抜けた。

完全に油断していた。

角を曲がり、直線を駆け抜ける。

振り返る余裕はなかった。

角を曲がり、また直線。

俺は全力で駆け抜けた。

次の角に差し掛かった時、ようやく振り返る。

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来ていた。

 

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黒い塊。

得体の知れない闇の球体。

俺は次の角まで全速力で駆け抜けた。

「何なんだよ…ちくしょー!はぁ、はぁ」

休まる余裕など全くない。

俺はいつの間にか、また泣いていた。

嗚咽と息切れがあいまって、息がしづらい。

それだけで脳に酸素が行き渡ってない感じがして、倒れそうになった。

しかしアイツは、そんなことはお構いなしに追いかけて来る。

見る限り、端っこに到達すれば行き止まりのようだ。

万事休すか…!?

そう思いながら、角まで到着する。

周りを見渡せばハシゴがあった。

ハシゴは階段と違って、速度を発揮できない。

しかもよく見ると、ヤツが十分 通れる広さがあった。

「ちくしょう、こんなの絶対 追いつかれるじゃねーか!」

そう言いつつも、俺は出来るだけの速さでハシゴを駆け上がった。

駆け上がった先は、またしてもドアだった。

登りきった時には真っ黒い闇が、もう下の広場まで来ていた。

「ひぃっ!」

俺は四つん這いになりながら、必死にドアまで駆け寄った。

疲労のせいか、恐怖のせいか、どうしても立つことができず、ドアノブに手を掛けることができない高さだった。

絶体絶命だと思った。

しかし、そのドアは引き戸式のドアだった。

運が良かった。ドアノブ等なくても横にスライドすると開くドアだ。

なんとかドアを開け、四つん這いのままドアをくぐる。

ヤツはもう、すぐそこまで迫って来ていた。

慌ててドアを閉める。

あせっていた為、反動で少し開く。

マズい…

隙間から、黒い物体が顔を覗かせる。

ゾクっとした。次の瞬間、

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ドンッ!!!

 

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と、ヤツがドアにぶつかる激しい轟音が響いた。

俺は少しチビってしまった。

あわやというところでドアに飛び付き、今度はしっかりと引き戸を閉めた。

今度は手動の鍵があった。

鍵を掛ける。

「はぁ、はぁ。危なかった!」

息切れと胸の鼓動が止まらなかった。

あまりの疲労に、俺は壁に もたれかかった。

だが、その先にある光景に俺は目を疑った。

光が差していたのだ。

「もしかして、出口か!?」

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まさかだった。

この建物の出口があったのだ。

その目映い光のおかげか、不思議と俺は立ち上がることができた。

俺はまるで戦場から帰ってきた戦士のような、あるいはゾンビのような足取りでフラフラになりながらも、出口へと足を引きずり歩くことができた。

「助かる…!助かる…!」

そう呟きながら、一歩ず歩を進める。

一歩ずつ、一歩ずつ。

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ガチャ。

 

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思わず後ろを振り返った。

掛けたはずの鍵が、閉めたはずのドアが開かれていた。

「嘘だろ…」

そこに佇むのは、目映い太陽とは真逆の存在。漆黒の太陽だった。

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長い直線、

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十分な距離とは言えなかった、

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闇が迫って来る、

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俺は足を引きずりながら、

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全速力で走る、

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持てる全ての力を使って、

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足が千切れようが、

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骨が砕けようが、

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構わないと思った、

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闇が迫ってくる、

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もうそこまでヤツは来ている、

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俺を圧殺しようと、

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押し潰そうと、

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あるいは取り込もうと、

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闇に引きずり込もうと、

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だが俺は振り返らない、

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俺には分かる、

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ヤツはもういる、

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目と鼻の先に、

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出口まであと数m、

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逃げ切れるか、

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追いつかれるか、

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俺は目を瞑った、

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そして祈った、

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願った、

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俺は…、

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気が付けば、そこは建物の外だった。

「はぁ、はぁ」

辺りを見回す。

穏やかな世界。

変わらない世界。

いや、いつもより賑やかに感じる程だ。

俺は後ろを振り返る。

そこにもうアイツの姿はなかった。

安堵した俺は その瞬間、膝から崩れ落ちた。

「よ、良かった…!」

俺はこの平和な世界に感謝すると共に、思う存分 太陽の暖かさを感じながら近くのベンチで体を休めることにした。

 

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「あー、怖かった…」

おばけ屋敷を後にした俺は、次のアトラクションに向かった。

Concrete
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