中編4
  • 表示切替
  • 使い方

インベーダー

会社の山下先輩は、2児の母でありながら、仕事もばりばりこなすスゴイ人だ。

竹を割ったような性格で、どんな悪いことも笑い飛ばし、みんなからの人望も篤い。

東に凹んでいる女性社員がいれば、「だーはは!」と笑いながら背中をばんばん叩き、

西にやらかした男性社員がいれば、尻をむんずとつかんで、「だっはっは!」と笑う。

そんな彼女が、まだ入社一年目の、うら若き乙女(本人談ママ)だった頃のお話である。

separator

シャッターの下りた、人けのない商店街を、山下さんはひとり泣きながら歩いていた。

頭の中でリフレインする、昼間の出来事。

***

nextpage

「山ちゃん、まだ終わらないの?きみは本当にのんびり屋さんだね」

ニタニタいやらしい笑みを浮かべる上司と、周りでどっと笑う社員。

山下さんはこぶしをぎゅっとにぎりしめ、いまにも泣きそうなのを必死に堪えていた。

nextpage

入社後まもなくして、

上司は、山下さんともう一人の同期を「空気が読めない」という理由で、いじめのターゲットにした。

二人とも身体が小さく、おどおどしていたのも災いしたのだろう。

みんなの前に立たされ、嫌味を言われる。

二人だけ業務メールが回ってこない。

いたるところで陰口を囁かれる。

くる日も来る日も陰湿ないじめが繰り返され、山下さんは心身ともすっかりぼろぼろになり、もう一人のほうは、ある日を境に会社に来なくなった。

会社で心許せるのは、警備室の横にいる番犬くらい。

「ペロ」

休憩時間、遊びにいくと、

ペロは、きゅうんきゅうんと鼻をならして、よってきた。

彼女をぺろぺろなめて慰めてくれ、やさしい目が、彼女のささくれた心をいやした。

***

nextpage

どうして、わたし、がんばってるのに。

昼間はにぎやかな商店街だが、いまは明かりも落ち、静まり返っている。

nextpage

(山ちゃん、〇〇の出身なの? 道理でイモくさい顔だと思ったよ)

(兄弟もみんなその顔なの?)

頭の中でわんわん響く、けたたましい嘲笑。目に焼き付いて消えない、蔑みの表情。

かなしい、かなしい、かなしい。

――あんなやつ、しんじゃえばいい。

泣き疲れてじんじん痺れる頭に、ふとそんな考えが浮かび、目の前が赤くなった。

死んで当たり前。殺しちゃえ殺しちゃえ。

楽に死なせるな、苦しめてやれ。

どうしようかな。まず椅子で頭を殴る。

いいわね。それからどうするの。

それから、逃げられないように、ガムテープで手足をしばって、口をふさいで、両手両足の指の爪を、ペンチで一枚ずつはいでやれ。

それから、それから。

指を一本ずつハンマーで叩きつぶそう。ふふ、痛がるだろうなあ、叫ぶだろうなあ。

うふふ、うふふ、それから?

カッターナイフで、あのビール腹を切り裂いて、内臓をひきずりだして、

うふふ、うふふふ。

眼球をカッターで掻きまわして、あの憎たらしい顔を、思い切り踏みつけてやれ。

アハハ! おもしろーい!

善は急げだ。やろう、やろう……。

***

nextpage

「ワンワンワン!」

我に返ったのは、会社まで来たときだった。

ペロがものすごい剣幕で吠えていて、

じぶんの右手にカッターが握られていることに気づいた山下さんは、身ぶるいした。

わたし、どうして……あれ?

さっき、誰かとしゃべってなかった?

「ワンワンワン!」

空にむかって吠えるペロの視線をたどると、

月が二つ。

夜空に浮かぶ満月のとなりで、同じかたちの、血のように赤い月が、ぼーっと点っている。

それは目の前で、すうっと細くなって消えた。

***

nextpage

次の日会社に行くと、大騒ぎになっていた。

あの上司が死んだ。線路に突き飛ばされ、やってきた電車にはねられて。

犯人は休んでいたあの同期で、心の病気だったらしいと他の人が話しているのを聞いた。

ひょっとして、あの子もあれを見たのかも。もしペロがいなかったら、わたしも今ごろ。

そう思うと、背筋が冷えた。

***

nextpage

以来、山下さんの中で、何かが吹っ切れた。

自分の失敗の責任をなすりつけてきた社員がいた。上司の次に彼女をいじめていた男だ。

山下さんが、そいつの襟首ぐいっとをつかみ、にらみつけると、さきほどの居丈高はどこへやら、真っ青な顔で震えている。

耳元に、ドスを効かせた声でひとこと。

「人のせいにすんな、殺すぞ」

口をパクパクさせている男。

あたりを見回すと、みんな、ぽかーんと口をあけていた。

この日から、いじめはぴたりと止んだ。

separator

「人間、うじうじしてると、悪いモンにつけ込まれちゃうんだから!

だからね、あんたも、図太くなりなさい! だーははは!」

そう言って、山下さんは豪快に笑った。

そんな彼女の家にはいま、

ペロそっくりの、やさしい目をした犬が2匹いる。

Concrete
コメント怖い
5
12
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

まりかさま
怖ぽち、ありがとうございましたー。
感謝のきもちをこめて、敬礼!

返信

ロビンⓂさま、はなさま
怖ぽちありがとうございました。
ハッハー、YEAHAAA-。

修行者さま
怖ぽちとコメント、ありがとうございました。
お褒めにあずかり、恐悦至極ー。

返信

アレ?
知らないうちに随分勉強しました?

面白かったですよ。ホントに

返信

りこさま、sunさま、おでん屋さま
怖ぽち、ありがとうございました。
どうぞ、ごひいきにー。

天狗風さま
怖ぽちアーンド、コメント、ありがとうございました。
もちろん、これは、フィクションでっせー。 うししし。

返信
表示
ネタバレ注意
返信