そこは、暗い牢獄のようだった。
実際の牢獄なんか見たことがないからわからないが、冷たい石造りの壁や、鉄格子を見てそう思った。
俺は、牢獄の中で蹲っていた。
“見つかってはいけない”
俺は、そう思っていた。
何に見つかってはいけないのかはわからない。
“早く、移動しないと”
その場にいては、見つかってしまう。
…何に?
…わからない。
不意に、鉄格子が、ぎいっと音を立てた。
見ると、扉が開いている。
ぎぃ
ぎぃ
扉が揺れている。手招きをしているようだ。
誘われるように俺は牢獄を出た。
両側に、同じような牢獄が廊下に沿って続いている。
俺は今いた場所から出て、左に進んでいった。
沢山の牢獄が続いている。廊下の先は見えない。
足音がなるべく響かないように、進んでいた時だった。
『…あ。』
一つの牢獄の前で足を止める。
…だれか、いる。
その牢獄の鉄格子を触ると、難なく開いた。
牢の奥に蹲る、小さな影。
…子供だ。
そこにいたのは、10歳にも満たないかもしれない、小さな少女だった。
どんな容姿をしていたかは…思い出せない。
『(ああ…。)』
この子も、捕まっているのか。
直感でそう思い、女の子に近付く。
その肩に触れると、小さく震えていた。
『大丈夫か?』
女の子が顔を上げる。
ひどく怯えていた。
…きっと、この子も、見つかるのを恐れているんだ。
その時だった
コツ…コツ…コツ…
不意に廊下から、足音が聞こえた。
いけない、見つかってしまう。
とっさに俺は女の子を連れ、その牢獄を離れた。
音から逃げるように走ると、棚の置いてある牢を見つけた。
『ここに…!』
俺は女の子と共に棚の中に隠れる。
両開きの扉、狭い空間に女の子を庇うように抱きしめて入った。
息を殺す。
耳を澄ます。
足音が…
『…!!』
なんともあっさりとしていて、無情なものだった。
ゆっくりと戸が開き…誰かが立っている。
直感で、男だと思った。
『******。』
男が、何か言っている。
『******?』
何を言っているのか理解できない。
でも
『ち…違う。』
なぜか、否定しなければならないと思った。
そしてそこでふと気が付いたのだ。
これは、夢だと。
その瞬間、俺は目が覚めることを確信した。
そしてそれと同時に
『いけない…!』
この子を、ここに置いて行ってしまうことに、不安を覚えた。
駄目だ。
目が覚めたら
目が覚めたら、守ってあげられない。
ふわりと宙に浮く感覚。
最後に見たのは…少女の寂しそうな顔だった。
*****
大学二年の秋だった。
もともと俺はよく夢を見る方だった。
それにしても、不思議な感覚の夢。
起きてからも、俺はしばらく考えていた。
置いてきてしまった。
あの子は大丈夫だろうか、と。
変な話だ。ただの夢なのに。
それでもなぜか、本当に心配していた。
*****
昼間の大学。
昼食を友人と取りながら、俺は時折夢の事を考えていた。
どこかすっきりしない。
変な夢をみても…いつもなら、“変な夢みたな”で終わるのに。
「光揮(ミツキ)、どうした?」
名前を呼ばれて顔をあげる。
目の前にいる友人は、不思議そうな顔をしながらコロッケ定食を食べていた。
「なんか、やつれてるぞ。」
「あらやだ痩せたのかしら。」
「…ふざけてないで飯食えよ。」
「へいへい。」
わざと茶化して俺も昼飯のうどんをすすった。
夢のせいでボーっとしてるとかなんか情けなくて言えない。
その時。
「んぶう!?」
急に、強制的に視界が仰いだ。
誰かが俺の頭をつかみ、上を向かせたのだ。
すすりかけのうどんが、汁を飛ばして顔にかかる。
「んが!あっづ!!」
「うわきたねえ。」
友よ。まずは心配してくれ。
顔にかかった汁を服の袖で雑に拭き、後ろを振り向く。
どうせ他の友人のしょうもないいたずらだと思った。
だが、俺の予想は外れる。
「てめえなにす…え?」
「…。」
彼女は無言で後ろに立っていた。
「わ…ワカさん?」
同じサークルの先輩のワカさんだ。
ワカさんはなんというか、俺をにらみつけている。
いや、怒ってる?
怒りたいのはこっちなんだが。
「え、なん、なんスか?」
この人は…正直怖い。
以前サークル仲間と心霊スポットに行った際にそう思ってから、少し距離を置いていた。
まあ俺が置かなくても、彼女も用がなければわざわざ寄ってこなかったが。
でも、なんで急にいたずらなんか…。
「え…えと…」
人は混乱すると的外れなことを考えるものだ。
俺はなぜか
“ワカさんが茶目っ気のあることを!?”
“俺と仲良くしようとしているのか!?”
などとありもしないことを考えていた。
「わ…わーびっくりしたなあ。勘弁してくだs」
「古賀。お人よしは人間だけにしなさいって言ったでしょう。」
おいスル―やめろ。
こちとらやけどしてんだぞ。
…いや、それよりも。
「へ?」
「前に言ったでしょ。お人よしはやめなさい。」
お人よし…?
「受け入れてはいけない。」
ワカさんはそれだけ言うと、学食から出て行った。
「…今の誰。彼女?」
「いや、違う、断じて。」
俺は彼女がいないが、出来るなら笑顔の可愛いおっとりした子を彼女にしたい。
*****
そこは、暗い牢獄のようだった。
実際の牢獄なんか見たことがないからわからないが、冷たい石造りの壁や、鉄格子を見てそう思った。
俺は、牢獄の中で蹲っていた。
“見つかってはいけない”
俺は、そう思っていた。
何に見つかってはいけないのかはわからない。
“早く、移動しないと”
その場にいては、見つかってしまう。
…何に?
…わからない。
不意に、鉄格子が、ぎいっと音を立てた。
見ると、扉が開いている。
ぎぃ
ぎぃ
扉が揺れている。手招きをしているようだ。
…ああ。
なぜだろう、どこかで見たような光景だ。
俺はこの先を知っている。
扉をくぐって廊下に出て
左の道を進んだ場所に
『(…いた。)』
少女が、蹲っている。
足音が聞こえてくる。
俺は少女を連れて逃げる。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
“今度こそ”。
逃げた先の牢獄の中。
置いてある両開きの棚。
俺はそこに少女を連れて隠れる。
ああ、駄目だ。
ここでは見つかってしまう。
わかっているのに。
しばらくして、扉が開かれる。
男が立っている。
『******。』
何かを、言っている。
何かを…
聞こえている筈なのに、頭に残らない。
『お*が***か?』
何だ
なんて言ってるんだ。
少し男の言葉が聞こえたところで思い出す。
ああ、そうだ、夢だ。
これは夢だった。
『ち…違う。』
俺はやはり否定しなければならない気がして、そう答えた。
目が覚める感覚。
腕の中の少女を見る。
少女は寂しそうな顔をしている。
ごめん。
また、夢が覚めてしまうんだ。
俺…
“受け入れてはいけない。”
ふと、誰かの声がよぎった。
その瞬間急激に夢から離れていく感覚。
『残念…駄目なのね。』
目の前の少女は、最後にそう言っていた。
*****
目を覚ました時、まだ目覚ましよりも遥かに早い時間だった。
また、同じ夢。
また、置いてきてしまったのか。
夢の中の出来事を整理する。
少女は言っていた。
『残念…駄目なのね。』
男は…なんて言っていたんだろう。
目を閉じてしばらく考える。
確かに聞こえていたはずだ。
頭にしっかり残らなかっただけで。
断片的な男の声を、脳内で繰り返す。
繰り返す。
「…あ。」
…そうだ
思い出した。
あの男は、こう言ったのだ。
『お前が、代わりか?』
作者みっきー-3
三度目まして。みっきーです。
初めましての方は初めまして。
他の投稿を見てくださった方はありがとうございます。
わかりにくい話で申し訳ない。夢の話です。
自分はよく不思議な夢を見るのですが、これはその夢の一つです。
そして数年たった今でも、あの子を置いてきてしまって、大丈夫だったのかと思う時があるのです。