中編6
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駄目なのね

そこは、暗い牢獄のようだった。

実際の牢獄なんか見たことがないからわからないが、冷たい石造りの壁や、鉄格子を見てそう思った。

俺は、牢獄の中で蹲っていた。

“見つかってはいけない”

俺は、そう思っていた。

何に見つかってはいけないのかはわからない。

“早く、移動しないと”

その場にいては、見つかってしまう。

…何に?

…わからない。

不意に、鉄格子が、ぎいっと音を立てた。

見ると、扉が開いている。

ぎぃ

ぎぃ

扉が揺れている。手招きをしているようだ。

誘われるように俺は牢獄を出た。

両側に、同じような牢獄が廊下に沿って続いている。

俺は今いた場所から出て、左に進んでいった。

沢山の牢獄が続いている。廊下の先は見えない。

足音がなるべく響かないように、進んでいた時だった。

『…あ。』

一つの牢獄の前で足を止める。

…だれか、いる。

その牢獄の鉄格子を触ると、難なく開いた。

牢の奥に蹲る、小さな影。

…子供だ。

そこにいたのは、10歳にも満たないかもしれない、小さな少女だった。

どんな容姿をしていたかは…思い出せない。

『(ああ…。)』

この子も、捕まっているのか。

直感でそう思い、女の子に近付く。

その肩に触れると、小さく震えていた。

『大丈夫か?』

女の子が顔を上げる。

ひどく怯えていた。

…きっと、この子も、見つかるのを恐れているんだ。

その時だった

コツ…コツ…コツ…

不意に廊下から、足音が聞こえた。

いけない、見つかってしまう。

とっさに俺は女の子を連れ、その牢獄を離れた。

音から逃げるように走ると、棚の置いてある牢を見つけた。

『ここに…!』

俺は女の子と共に棚の中に隠れる。

両開きの扉、狭い空間に女の子を庇うように抱きしめて入った。

息を殺す。

耳を澄ます。

足音が…

『…!!』

なんともあっさりとしていて、無情なものだった。

ゆっくりと戸が開き…誰かが立っている。

直感で、男だと思った。

『******。』

男が、何か言っている。

『******?』

何を言っているのか理解できない。

でも

『ち…違う。』

なぜか、否定しなければならないと思った。

そしてそこでふと気が付いたのだ。

これは、夢だと。

その瞬間、俺は目が覚めることを確信した。

そしてそれと同時に

『いけない…!』

この子を、ここに置いて行ってしまうことに、不安を覚えた。

駄目だ。

目が覚めたら

目が覚めたら、守ってあげられない。

ふわりと宙に浮く感覚。

最後に見たのは…少女の寂しそうな顔だった。

 

 

 

 

***** 

 

 

 

 

大学二年の秋だった。

もともと俺はよく夢を見る方だった。

それにしても、不思議な感覚の夢。

起きてからも、俺はしばらく考えていた。

置いてきてしまった。

あの子は大丈夫だろうか、と。

変な話だ。ただの夢なのに。

それでもなぜか、本当に心配していた。

 

 

 

*****

 

 

 

昼間の大学。

昼食を友人と取りながら、俺は時折夢の事を考えていた。

どこかすっきりしない。

変な夢をみても…いつもなら、“変な夢みたな”で終わるのに。

「光揮(ミツキ)、どうした?」

名前を呼ばれて顔をあげる。

目の前にいる友人は、不思議そうな顔をしながらコロッケ定食を食べていた。

「なんか、やつれてるぞ。」

「あらやだ痩せたのかしら。」

「…ふざけてないで飯食えよ。」

「へいへい。」

わざと茶化して俺も昼飯のうどんをすすった。

夢のせいでボーっとしてるとかなんか情けなくて言えない。

その時。

「んぶう!?」

急に、強制的に視界が仰いだ。

誰かが俺の頭をつかみ、上を向かせたのだ。

すすりかけのうどんが、汁を飛ばして顔にかかる。

「んが!あっづ!!」

「うわきたねえ。」

友よ。まずは心配してくれ。

顔にかかった汁を服の袖で雑に拭き、後ろを振り向く。

どうせ他の友人のしょうもないいたずらだと思った。

だが、俺の予想は外れる。

「てめえなにす…え?」

「…。」

彼女は無言で後ろに立っていた。

「わ…ワカさん?」

同じサークルの先輩のワカさんだ。

ワカさんはなんというか、俺をにらみつけている。

いや、怒ってる?

怒りたいのはこっちなんだが。

「え、なん、なんスか?」

この人は…正直怖い。

以前サークル仲間と心霊スポットに行った際にそう思ってから、少し距離を置いていた。

まあ俺が置かなくても、彼女も用がなければわざわざ寄ってこなかったが。

でも、なんで急にいたずらなんか…。

「え…えと…」

人は混乱すると的外れなことを考えるものだ。

俺はなぜか

“ワカさんが茶目っ気のあることを!?”

“俺と仲良くしようとしているのか!?”

などとありもしないことを考えていた。

「わ…わーびっくりしたなあ。勘弁してくだs」

「古賀。お人よしは人間だけにしなさいって言ったでしょう。」

おいスル―やめろ。

こちとらやけどしてんだぞ。

…いや、それよりも。

「へ?」

「前に言ったでしょ。お人よしはやめなさい。」

お人よし…?

「受け入れてはいけない。」

ワカさんはそれだけ言うと、学食から出て行った。

「…今の誰。彼女?」

「いや、違う、断じて。」

俺は彼女がいないが、出来るなら笑顔の可愛いおっとりした子を彼女にしたい。

 

 

 

 

*****

 

 

 

そこは、暗い牢獄のようだった。

実際の牢獄なんか見たことがないからわからないが、冷たい石造りの壁や、鉄格子を見てそう思った。

俺は、牢獄の中で蹲っていた。

“見つかってはいけない”

俺は、そう思っていた。

何に見つかってはいけないのかはわからない。

“早く、移動しないと”

その場にいては、見つかってしまう。

…何に?

…わからない。

不意に、鉄格子が、ぎいっと音を立てた。

見ると、扉が開いている。

ぎぃ

ぎぃ

扉が揺れている。手招きをしているようだ。

…ああ。

なぜだろう、どこかで見たような光景だ。

俺はこの先を知っている。

扉をくぐって廊下に出て

左の道を進んだ場所に

『(…いた。)』

少女が、蹲っている。

足音が聞こえてくる。

俺は少女を連れて逃げる。

逃げなきゃ。

逃げなきゃ。

“今度こそ”。

 

 

 

逃げた先の牢獄の中。

置いてある両開きの棚。

俺はそこに少女を連れて隠れる。

ああ、駄目だ。

ここでは見つかってしまう。

わかっているのに。

しばらくして、扉が開かれる。

男が立っている。

『******。』

何かを、言っている。

何かを…

聞こえている筈なのに、頭に残らない。

『お*が***か?』

何だ

なんて言ってるんだ。

少し男の言葉が聞こえたところで思い出す。

ああ、そうだ、夢だ。

これは夢だった。

『ち…違う。』

俺はやはり否定しなければならない気がして、そう答えた。

目が覚める感覚。

腕の中の少女を見る。

少女は寂しそうな顔をしている。

ごめん。

また、夢が覚めてしまうんだ。

俺…

 

“受け入れてはいけない。”

 

 

ふと、誰かの声がよぎった。

その瞬間急激に夢から離れていく感覚。

『残念…駄目なのね。』

目の前の少女は、最後にそう言っていた。

 

 

 

 

*****

目を覚ました時、まだ目覚ましよりも遥かに早い時間だった。

また、同じ夢。

また、置いてきてしまったのか。

夢の中の出来事を整理する。

少女は言っていた。

『残念…駄目なのね。』

男は…なんて言っていたんだろう。

目を閉じてしばらく考える。

確かに聞こえていたはずだ。

頭にしっかり残らなかっただけで。

断片的な男の声を、脳内で繰り返す。

繰り返す。

「…あ。」

…そうだ

思い出した。

あの男は、こう言ったのだ。

 

 

 

 

『お前が、代わりか?』

Concrete
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バンビさん
コメントありがとうございます。
シリーズ化喜んで頂けて光栄です!
夢って何が起こるかわからないので、そこが面白いですよね。

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むぅさん
コメントありがとうございます。
お待ちいただき光栄です!
あれ以来夢の続きは見ておりませんが…そうですね。
夢はコントロールが出来ないので…次見た時、俺はどうなるかわかりません。
そう思うと怖いものです。

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シリーズ化ありがとうございます!
寝苦しい夏の夜ピッタリな話ですね
まとわりつくように逃げられない怖さ
怖くて面白かったです!

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