大学二年の夏休みの時の話だ。
突然だが、俺を含め夏休みの大学生なんて阿保が多いものだ。
どこに行ってもテンションが高く、うるさく、余計な事をしては怒られたり後悔したりするのだ。
他は知らないが少なくとも俺の周りにはそんな阿保しかいなかった。
「肝試しに行こうよ。」
よく聞くフレーズ。誰が言い出したかまでは覚えてなんかいない。ひょっとしたら俺だったのかもしれない。
ある夜だった。サークルの集まりで飲んだ後、二次会、三次会と何次会まで続くのかわからないループの後、先輩の家で落ち着いた頃にはかなりの小人数しか残ってはいなかった。
一通り飲み尽くし喋り尽くした後。飽き始めたがまだ遊び足りない誰かが言いだしたのだろう。
「ほら、ここから少し歩いた所に心霊スポットがあるんでしょう?」
「ああ。あの林の奥にあるやつ?出るらしいね。」
「それ私も知ってるー。なんか廃屋に幽霊が出るってやつでしょ?」
先輩たちの会話はこんな感じだったと思う。
どうやら住宅街を抜けた場所にある廃屋に幽霊が出るらしい。
実際、この手の話題はよく聞くものだ。
幽霊トンネル、夜の学校、墓地に山奥の峠。
俺も幾度となく遊び半分で訪れては、やたら周りとぎゃあぎゃあ騒ぐだけで何もなく帰ってきた。
きっと今回もそうなるに違いない。
正直眠くて面倒だったが、俺は先輩に引きずられ強制参加となった。あとは眠い人や怖くて行きたくない人なんかを除いて…結局参加することになったのは俺も含め5人だけだった。
俺を強制参加させたシュンさんと、その彼女のハルさん。そのハルさんと仲がいいユナさんと…
「肝試し?…別にいいけど。」
俺の一つ上の先輩のワカさんだった。
正直俺は、同じサークルにいながらこのワカさんとはあまり馴染みがなかった。
彼女はほぼ幽霊部員であまりサークル活動に参加していなかったからだ。そんな俺もサークルよりバイト優先人間で、飲み会にばかり参加していたが。
気まずくならないようになるべくシュンさん達に絡みながら、俺たちが噂の廃屋についた頃にはもう3時を回っていた。
思ったより遠かった。もう入る前から俺は疲れている。正直帰りたい。眠い。
「うわくっら!足元気をつけろよ。」
本当にそれだった。
眠かった俺には、廃屋の第一印象は“暗い”“ぼろい”くらいしか思い浮かばなかった。
夜中だし、外灯もここよりかなり離れた場所にあったのが最後だ。
手入れされているのかもわからないような竹林に囲まれた、古い平屋の一軒家。
引き戸であったであろう扉が片方外れて傾いていて、人が通るには十分なスペースがあった。
最初に中に入ったのはシュンさんだったと思う。そのあとハルさんとユナさんが続いて…
「ワカさん、入らないんですか?」
「…最後でいい。」
最後尾は努めようと思っていたのだが、ワカさんがそういったので次に入ったのは俺だった。
冷静に考えてみれば普通に不法侵入なのだが、阿保な俺たちは土足で奥へ進んだ。
家の中は暗く、ギシギシと音の鳴る廊下は今にも抜けそうで心もとなかった。
全員自分の携帯のライトで思い思いの場所を照らしながら進んだ。
でも
「何にも出ないな。」
「でもこわーい。気味悪いよー。」
まあ、予想はしていたけど何もないよな。
昔は茶の間として使われていたであろう場所は、誇り被ったテーブルと画面の割れたテレビがあるだけで。
台所だった場所は、床が重みに耐えきれなくなった食器棚が傾いているだけで。
浴室だった場所は、タイルがひび割れて所々欠けている。
他にも色々な部屋を見ているうちに、とうとう一番奥の部屋に来た。
「ここが最後か。」
最後の部屋の引き戸は、ガタガタと引っかかりながらなんとか開いた。
初めに目に入ってきたのは
「きゃあ!」
「うわ!びっくりした…人形じゃん。」
「やだー!気持ち悪い!」
棚に並べられた数体の人形だった。
人の形を模したそれは、暗闇で見ると本当に不気味に見える。
他の場所を照らすと、机や本棚…奥には色あせた襖。
「特に何もなしか…ま、人形はきもいな。」
「ねー。写真でも撮っとく?」
「心霊写真とか写るかもよー!」
今までも心霊スポットに来ては、同じようなノリになったものだ。
そんな感じの話をしていた時だった。
…ガタ
ワイワイと騒いでいた自分たちにとっては、些細な物音だった。
それでも、自分たちの動きを止めるには十分だった。
全員の視線が音の方へ向く。
ガタ
ガタ
皆とっくに黙り込み、聞こえるのはこの音だけ
ガタ
ガタ
ガタガタ…
その音は、奥の襖から。
襖が揺れている。
…違う。
開こうと、しているんだ。
「きゃああああ!!」
誰かが悲鳴を上げ、それがスタートの合図のように、全員がこぞって廊下に飛び出して行った。
俺もつられる様に逃げようとしたが
「…!?」
不思議な光景に足を止めた。
最後尾にいたはずのワカさん。
彼女は逃げていかずに…皆に道を譲るように、廊下の端に避けていた。
必死なみんなは、それを普通に避けて逃げていく。
俺も一度は通り過ぎたが、立ち止まってしまった。
俺に残っていた【女の人を残して逃げられない】という僅かなプライドがそうさせた。
正直…“勢いで逃げればよかった。超怖い”という思いが強い。
「ワカさ…」
ず…ず…
ワカさんに声をかけると、何かが引きずられるような音が、聞こえた。
頭の中が、恐怖で真っ白になった。
怖くて、動けないなんて、本当にあるんだなと、そう思った。
ず…ず…
何かが、這ってくる。そんな感じの音。
襖があいたのか。
“何か”が、出てきてしまったのか。
ず…ず…
逃げないと。
早く。
俺の視界に入ったワカさんは、俺に背を向けて部屋の方を見ていた。
ず…ず…
音が近い。
近づいている。
「ワカさん…!」
情けなくもなんとか、ガタガタ震える手をワカさんに伸ばした時だった。
「触んないで。」
しんと冷えるような声色で、ワカさんが言った。
その言葉は、俺に向けられたものでは無いらしい。
ワカさんの視線は、自分の足元に。
俺には何も見えないけど…何か…来ているのか?
「こっちに来ないで。あんたなんか助けられるわけないでしょう。」
ワカさんは足元に言い続ける。
その声は、どこかひどく冷たく聞こえて。
俺に向けられた言葉ではないのに、自分の心臓を捕まれたような感覚があった。
「あっちに行って。二度と私の前に現れないで。」
突き放すような言葉。
言い終わりワカさんはくるりとこちらに振り向くと、初めて俺がいたことに気が付いたようだった。
「…あんたまだいたの?…行くよ。」
「え…あ、ハイ。」
助けに残ったつもりだったが、俺の方がワカさんに腕をつかまれて廊下を歩き出した。
何かを引きずる音は…もう聞こえなかった。
*****
「あれ、なんだったんですか。」
廃屋を出ると、他の三人はとっくにいなくなっていた。
俺はワカさんと歩きながら話をする。
「あんた声、聞こえた?」
「え、全然。」
「ずっと、“助けて”って言ってた。」
背中がぞくりと震えた。
「ワカさん、霊感あるんですか?」
「さあ。」
いや、あるだろ。
俺は声なんか聞こえなかったぞ。
「あの家入ってから、ずっと“助けて”って言ってた。奥に行くにつれて声が大きくなってった。」
教えろよ!怖いよ!
とは、何となく突っ込めなかった。
「…奥の部屋からなんか来てましたよね。…追いかけてきたり、とか…」
俺は自分の歩いてきた道を振り返る。
何か引きずるような音は聞こえたけど、俺には姿も見えないし声も聞こえなかった。
ひょっとしてついてきてるんじゃ…
「来てない。突き放したし。」
「じょ…除霊とかできるんですか?」
「…はあ?」
ワカさんが俺を見上げる。
心底馬鹿にしたような顔だった。
「男のくせにだいぶメルヘンだね。頭大丈夫?」
「…。」
くそ。なんか腹立つ。
そしてメルヘンにしてはさっきの出来事はあまりにも恐ろしい。
「…溺れる者は藁をもつかむ、ってわかる?」
…なんか馬鹿にされてる。
「…そのぐらいわかりますよ。」
「さっきのは、まさにそれだったの。」
「…?」
俺が理解できていない事を表情で悟ったワカさんは、また馬鹿にしたような顔で続けた。
「あれは“助けて”って言ってたの。助けを求めていたら、誰かきたんだよ。あんたならどう思う?どうする?」
助けを求めていたら…誰かきた。
ふと、イメージが浮かんだ。
溺れる者は藁をもつかむ。
溺れていたら、何かつかめるものが来た。
そうしたら…
「手を…伸ばす?」
「そ。…あれは、私たちが助けに来てくれたと思ったんでしょうね。だからあそこから出てきて、手を伸ばしてきたの。だから…」
だから、突き放した。
ワカさんは、冷たくそう言った。
「突き放した…」
「うん。あんたなんか助ける気はない。近付くなってね。」
「き…きついっスね。」
「…あんた、見ず知らずの人間のために死ねるの?お人よしだね。」
いや、それは無理だけど。
「…ワカさんはなんで、なんかいるのわかってて一緒に来たんですか?」
「一応ハルとユナは友達だからね。置いて行かれたけど。何かあったら夢見悪いし、口で言って信じるかもわかんなかったし。」
一応って…
まあ、置いて逃げてるし、しょうがないかな。
「ま、頑張って助けようとした割りにビビって何もできなかったあんたの勇気は買ってあげる。」
助けようとしていたのには気づいてくれたのか。
それにしてはなんて可愛げがないんだろう。
俺も置いて逃げりゃよかった。
「…そりゃどーも。」
「でも、お人よしは人間相手だけにしなさいね。」
ワカさんはそう言って笑った。
「付け込まれるよ。」
そう言って、また帰路を歩き出した。
これが俺の最初の恐怖体験であり、ワカさんとの出会いのきっかけだった。
その後、俺はいろいろあってワカさんに馬鹿にされる日々が増え、いろいろな体験が増えるのだが。
それはまた、別の機会に話をしよう。
作者みっきー-3
前回の話を読んでくださった方は二度目まして。みっきーです。あだ名です。
パソコンで話を書いてたらなんか頬っぺたを引っ張られた感覚がした超怖い。
ただの謎の痙攣だ。大丈夫。きっとただの痙攣だ。