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中編7
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『私、綺麗?』

「私、綺麗?」

この言葉を聞けば日本中の誰もがわかる筈だ。

都市伝説で有名な「口裂け女」である。

彼女は、実際に存在しないのにも関わらず、何処かの誰かが噂として話し始めると、まるで伝染するかのように人づて広まっていき、いつの間にか全国までに拡大していた。

これから皆が知らないであろう「口裂け女」の正体である哀れで不運な女性の話をしたいと思う。

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     1

昭和初頭。とある寂れた村に「光子」と言う少女がいた。母と二人で、今にも崩れそうなおんぼろの小屋に住み、とても幸せには程遠い貧乏な生活を送っていた。

光子がまだ幼い頃、結核の為に父を亡くす。

光子の母は稼ぎ頭を失ったので、死に物狂いで働いたが、当時いくら女性が働こうと高が知れており、日々の生活だけでギリギリであった。必然に、貧乏な生活を強いられる。

光子が16歳になる頃、彼女の母は心身ともにくたびれ果て、ついには過労の為に倒れる。光子も必死に働き、合間を縫って看病したが、医者にかかる金なんてある訳がなく、成す術がない。みるみるうちに母は衰弱していった。そして、母は夕食のコッペパンを片手に、食べる気力もなくそのまま静かに息を引き取った。

光子は、若くして早くも生きることに絶望した。

もう一人では生きていけない、そう思った光子は、自分のこの身体ごと誰かに買ってもらおう、とそう決意した。このまま易々とのたれ死ぬわけにはいかない。奴隷でも何でもいい、とにかく生きる手段があれば何でも受け入れる、という覚悟が光子にはあった。

それは、ここで死んでしまえば、ここまで身を粉にして働いて育ててくれた母に申し訳が立たないからだった。

光子は大きな屋敷に一件一件直接訪問し、「何でもします。ここに住まわせてください」と懇願していった。だが、彼女のみすぼらしい身なりに、殆どの者は彼女を追い払う。断られ続け、屋敷を求めて歩いているうちに、光子は来たことのない村までやってきていた。すると、一件ひと際目立つ屋敷を見つける。光子にはもう失うものなどなにもなかった。すぐさま、訪問し出てきた者に対し心から懇願した。

 玄関に来た者はこの屋敷の下男、修。光子の申し出を聞くと、家の主である皆賀敬一郎に事の報告をする。これまでの流れとは違い、あっさりと敬一郎は彼女を受け入れた。しかも敬一郎は、かなり喜んでいる様子だった。

修は、光子を案内し、先ずは、風呂に入るように促す。汚れた身体を洗い落としてから今後のことについて決めるようだ。

浴室に入るや否や、光子は唖然とした。広々とした空間と均一に敷き詰められた色鮮やかなタイルと大きな浴槽。初めて見る洋風の作りに、光子は異空間にいるように思えた。使い勝手がわからないながらも、何とか蓄積した垢を洗い流す。温かい湯船に浸かると、この上ない幸福感に包まれた光子は、堪らず泣いてしまったのだった。

夢のような時間はまだ続いた。風呂から上がると夕食になり、これもまた見たことのない料理が次々と運ばれ、光子はそのどれも全てを完食し、味覚を極上な美味で占領した。ここでもまた嬉しさのあまりに涙を流した。

「気に入ってくれたかい?」

敬一郎は長いテーブルの端に位置しており、光子との距離は端から端だった。その距離に違和感を覚えながらも、彼の問いに光子は素直に頷いた。

「そうか。ならばよかった」

上品に口元をナプキンで拭く敬一郎。すると、不敵な笑みを漏らした。

「これで君は、十分な報酬を受け取ったとみなす。さあ、これからは僕の言うことは何でも聞いてもらうよ」

目が笑っていなかった。一点を見詰めた眼差しは、薄く濁り生気を感じられない。光子は、彼の目を見て悟る。この人はまともな人間ではない、と。

食後、光子は、敬一郎に腕を握られ、強引に連れていかれた。向かう先は、この屋敷の地下。長い距離を歩き、地下に下ると、厳重に南京錠で閉ざされた鉄扉が目の前に現れた。

それら全てを開錠し重い扉を開けると、辺りは一気に血生臭い臭気に包まれた。反射的に顔を覆う光子。敬一郎は、中にある蝋燭に火を灯すと、室内が露わになった。

拷問器具の数々。血が染みた手術台、大小様々な刃物と器具、そして、床には人間の手足が乱雑に転がり落ちている。

敬一郎は、ゆっくり振り返ると

「さあ、楽しみだねえ」と、とても愉悦した様で光子に言った。

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     2

光子の容姿をやけに気に入った敬一郎は、もったいないと言わんばかりに、焦らしな

がら少しずつ身体を傷つけていった。切れ味の鋭いナイフで身体中の至るところに刃を立てて、痛がり、泣き叫ぶ光子の様子を見て敬一郎は、興奮していた。

その日は、命に別状がない程度で済み、光子は、四肢を鎖に繋がれた状態で放置された。

しばらくすると、下男の修がやってきた。

「僕が来たことは内緒にしてほしい」

そう言って、紙に包まれた粉薬を光子の口に流し込み、水を飲ませた。

「これで幾分か痛みが和らぐでしょう」

しばらく何も言わず、修はじっと光子を見詰めた。光子は痛みに耐え続けた疲労で何も言えない。

「あなたは、美しい。死ぬには惜しい人だ。できることならあなたを助けたい。だけど、今のところ僕にはこれしかできない。もし、逃げる機会があるならその時は迎えに来ます」

複雑に入り混じる心境のまま、修はその場を後にした。光子は、間もなくして半ば意識を失うように眠りに就いた。

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     3

残虐行為。それは毎日続く。狂気に踊る敬一郎は、ちまちまと光子を傷つけては興奮し、満足すると去って行く。完全に光子は敬一郎の嗜虐的に遊ばれる玩具だった。

 もう殺してくれ、と思う程、光子は疲弊していた。それでも、何とか耐え抜こうという気にさせてくれたのが、修である。

毎晩、修は光子の元にやって来た。光子はそれだけで、救われた心地がした。いつの間にか、修と光子はお互いに惹かれ合う関係になっていた。

しかし、刃物で切り付けられ、特に手当てもせずにまた同じことを繰り返すのだから、光子が死んでしまうのも、時間の問題だった。

早く何とかしたい修は、焦った。一日でも早くここから光子と抜け出さなければ、と。だが、特に解決策も見つからないままに、無情にも日が過ぎていく。

「申し訳ない。まだ逃げ出す方法がわからない」

実を言うと、下男である修も、両親の借金を返す為に、敬一郎に自分の身体を捧げ、借金の返済分の金を稼いでいるのだった。そういった人間が屋敷にいるということは、いつ逃げ出すかわからないので、門の近くにはしっかりと門番が見張っている。その状況で逃げ出すには、余程の策がないと無謀だった。

「いいのよ。私、あなたのおかげでこの苦しい毎日を耐え抜いてこれてるの。それだけでも充分だわ」

至るとこにナイフで傷つけられた痕の横線。何も傷がない素肌はどこにもない。体力はもう殆ど残っていないようだった。それでも、そんな酷い顔をした光子を見詰め「綺麗だよ」と修は言った。

「こんな傷だらけなのに、綺麗なの?」

「傷なんて関係ない。あなた綺麗で美しい」

――鉄扉は開かれた。

shake

そこにいるのは怒りの形相を浮かべた敬一郎だった。

「私の大事な作品に何をしている」

 恐れおののく修。有無を言わさぬ速度で、敬一郎は予め握っていた日本刀を修に突き刺した。刃は身体を貫通し、背中から突き出る。修は前のめりに倒れ込み、唸っていた。

「他人の触った作品は汚い。もう処分するしかない」

怒りに狂った敬一郎は、一目散に机上にある鋏を手にした。そして、般若を想起させる表情で、光子の元まで駆け寄り、何の躊躇いもなく刃を広げ、口内に突っ込んだ。左の刃は口内、右は外側の頬。勢いよく刃を閉じた。

血が飛び散る。光子の上顎、下顎が露わになる。今度は逆側。血が飛び散る。片方の頬が千切れたことにより支えがなくなり、下顎は引力のまま下に垂れ下がる。一目で、光子の全部の歯、歯茎までが認められる。彼女はもう悲鳴を上げることしかできない。

「こんなもんじゃ私の怒りは収まらないよー」

――敬一郎の喉元から刃が突き出る。 

shake

 次の瞬間に刃が抜かれると、蛇口を捻ったかのように血が流れ出ていく。

 喉元に穴の開いた敬一郎は、喋っても空気が抜けていき、ただ口笛のようにひゅーひゅーと鳴るだけ。膝から崩れ落ち、突っ伏して倒れた。

 日本刀を握って立っている修。纏っているシャツは赤一色に染まっている。

 ふらふらとよろめきながら、敬一郎のズボンを弄ると、たくさんの鍵がついたキーリングを取る。黙ったまま光子の鎖についた鍵を開場した。途端に、修もその場に倒れ込んだ。

 光子は、倒れた修に駆け寄り、抱きかかえ泣いた。修の最後の最後の気力で、光子を助けたのだ。もう既に息絶えている。

「私はどうすればいいのよ。あなたと共に生きていくことだけを望みにしていたのに……」

 薄れゆく意識の中で光子は最後に口を開いた。

「私、綺麗?」

separator

 地元で有名な地主の殺人事件は大いに庶民を賑わせた。

 表沙汰になった敬一郎の快楽殺人の趣味。そして更に注目されたのは、拘束されていた筈の光子が行方不明になっていることだった。

 それからだった。大金を持った屋敷の主だけを狙った連続殺人が起こったのは……。

 その犯人を目撃した者は皆、警察の質問に対して同じように答えた。

「口が耳元まで裂けていて……」

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バンビさん

コメントありがとうございます!

いやあー嬉しいですね(^。^)
今までのコメントもそうですが、バンビさんも含め意識して書いたことを言われると、ほんとに書いてよかったなあ、と思います!

ぜひ、バンビさんの口裂け女を読ませてください!

むしろこちらからお願いしたいくらいですよ!他の作品も読んでくださいw

私はマイペースながらも小説家を目指しているんで、感想、アドバイスなどあればよろしくお願いしますm(__)m

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珍味さん

コメントありがとうございます!

世代の方なんですねー
世代、という考え方がありませんでしたw

そんな噂があったんですか・・・・面白そうですね!

素直に嬉しいです!

また宜しくお願い致します。

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M.Hさん

コメントありがとうございます!

嬉しい限りです(^

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まりかさん

コメントありがとうございます!

痛くてすいません。
何か最近痛い系のネタが思いつくんですよね|д゚)

まりかさんちゃっかり体験しているんですね。
引きが強いんですかね?

百物語もできるだけ早く投稿いたします!
その際も感想宜しくお願い致します。

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悲しみと恐怖が混ざってとても素敵です。

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むぅさん

コメントありがとうございます!

面白い、ありがとうございます!
そう言ってもらえるように頑張ったかいがありたした(^ν^)

次回はどうしましょうかねー。
とりあえず今のところは、メリーさんにしようと思ってます!

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sunさん

コメントありがとうございます!

今回は怖いだけでなく、そこにプラス何かを足そうと思ったので、そう言ってくれて嬉しいですね(^。^)

口裂け女ってどこにいるんですかねw

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かなりアカン内容にうげっと思いつつ入り込んでしまいました⤵︎⤵︎
都市伝説、かなり有名な話なだけに面白い♪
色んな都市伝説をゲゲ殿風な話でもっと読みたいですな。

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