「人工知能AI10搭載、一日一食で12時間稼働可能になりました。
当社比、30%燃費がよくなり、ますます快適な使い心地。
ヤマモトヒロシVer Ⅳ。貴女に絶対服従、時間に忠実な僕。
肉体労働、事務労働、あらゆる職種をこなせます。
夜の生活も、成人男性の標準タイムで終了。貴女の疲れも察知して、そんな夜には求めてきません。
可もなく不可もなく。平凡な生活をお望みの貴女にぴったり。
ヤマモトヒロシ Ver Ⅳは、貴女の理想、平和な結婚生活を守ります。」
ダイニングの壁に張られた、50型フィルムテレビでは、日本人の平均的成人男性の姿が映し出されており、美代子はぼんやりと、となりでご飯を食べている、「ヤマモトヒロシ」を眺めていた。
この前のリコールで、美代子はヤマモトヒロシの不具合にあい、やむを得ずディーラーに引き渡したのだが、若干後悔していた。あのまま、ヤマモトヒロシが感情を持ったままだったら面白かったのかもしれないという思いにかられていたのだ。しかし、それはとても危険なことだとは心得ている。
何年か前に、感情を持ってしまった「ヤマモトヒロシ」が、主婦を殺してしまった事件が思い出される。感情を持たないヤマモトヒロシと暮らす。ヤマモトヒロシを定時に送り出し、ヤマモトヒロシが定時に帰ってくる。話しかければ、人工知能AI搭載の脳がクラウドから、より良い返答を用意。当たり障りのない言葉を選ぶので、家庭に波風は立たない。
そろそろ子供も欲しいところだ。ヤマモトヒロシがごちそうさまと、食器を流しに持って行き、自ら食洗器に入れ、スイッチを押す。なんと世話のないことだろう。ヤマモトヒロシは、こちらをじっと見つめる。
「今日は、いいわ。」
美代子がそう言うと、ヤマモトヒロシはオヤスミと言って自室にこもった。
はあ。美代子はため息が出た。これは私が望んだ生活だもの。一度だけ、生身の人間と結婚したことがあるが、あれでもう美代子は生身の人間との結婚生活に懲りてしまったのだ。元夫は、結婚する前は、誠実な良い男だったが、結婚したとたんに豹変した。働かないし、酒は飲むし、おまけにDVもあった。美代子は疲れ果ててしまったのだ。
この前の夜の生活のことを思い出していた。ヤマモトヒロシとの営みに、久しぶりにイキそうだったのに、ヤマモトヒロシは、行為をやめてしまった。美代子は、舌打ちをした。制限時間か。
「ねえ、私、まだいってないんだけど。」
無駄とは思いながらも、ヤマモトヒロシにおねだりをしてみた。
「これ以上、君の体に負担をかけるわけにはいかないよ。」
そう言うとさっさと下着を身に着け、パジャマを着てしまったのだ。
恥ずかしさは無いが、虚しさはある。まあ、元夫みたいに、したくもない時に強引にされたり、ぶたれたりすることは無いから安心なんだけど。私が望んだ、最良の生活だというのに私は何の不満があるのだろうと美代子は思った。
美代子は一人残されたダイニングでノートパソコンを開くと、デジタルカタログを開く。子供は女の子にしようかしら、それとも男の子。
「ケンタ (ちょっとやんちゃな男の子。人を傷つけたり、危険なことをしないようにプログラムされている安全設計です。)」
でも、最初はやっぱ女の子がいいかしら。美代子は目次の女の子、5歳のページをクリックする。
「あおい 平均的な日本人顔の女の子。性格はおとなしく人見知り気味にプログラムされています。」
プログラムね。あれって、何となく、違和感あるのよねえ。人間のそれとは明らかに違うし、たまに頓珍漢な問答があったりして、イライラしちゃうけど仕方ないよね。
子供も好みの子をカタログで買える。これを、いかがわしいことに利用しているクズもたくさんいるみたいだけどね。美代子は、子供を物色するのに飽きて、ふと「夫」のページをクリックした。
「新製品、「カイジ」」
へえ、どこの会社だろう。聞いたことないわ。
「某社のヤ○○トヒロシをご利用の貴女、本当に満足していますか?」
伏字意味ないし。随分挑発的な宣伝文句ねえ。
なおも美代子は読み進める。
「当社の「カイジ」は、そんな平凡な夫に飽きてしまった、貴女にぴったりな商品です!
カイジは、適度な遊び心を持った、ちょっぴりクズなワイルド系!
時々、ギャンブルに手を出したりしますが、ノープロブレム!
カイジは、当社が経営するカジノでしか遊びませんので、カイジが遊んだお金は、次の日までには口座に戻っています。
カイジはクズ属性なので、貴女に、小遣いの前借などを要求してきたりしますが、それもご心配いりません。
次の日までには、口座に戻っています。
クズですが、貴女に危害を加えることは決してありません。
ダメンズウォーカーの貴女もきっと満足していただける仕様になっております。
夜の生活の方も、あなたが望むだけ思う存分楽しめます!
買い替えをお考えの貴女、ぜひ、当社の「カイジ」をお試しください。
ただいま10日間、無料お試しキャンペーン中!」
ふーん、最近は斬新な商品があるのねえ。
美代子は、「夜の生活、望むだけ思う存分」の文字に少しだけ心を奪われていた。
「ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ」
ダイニングにアラーム音が響いた。
「あらやだ、うっかりしてたわ。もうそんな時間。」
美代子は冷蔵庫から、ある液体バッグを取り出した。
「エバーミングの時間だったわ。危ない危ない。」
液体バッグを点滴棒に引っ掛けると、慣れた様子で足の付け根の静脈に針を刺す。
裸になった美代子は、冷蔵カプセルに体を横たえて、体中に残る、無数の傷に指をはわせた。
まったく、難儀な体だわ。元夫にメッタ刺しにされて、死んじゃってから、この液体を毎日補充しないと肉体が保てなくなっちゃったからね。親がお金持ちでよかったわ。こうして生き返って、普通の生活ができるようになったのも親がエバーミング処理してくれたおかげだものね。
やっぱり、刺激より、平凡な生活が一番ね。
美代子は、ヤマモトヒロシの買い替えを保留した。
作者よもつひらさか
「ヤマモトヒロシ」http://kowabana.jp/stories/26046
こちらの続きのお話しになります。