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長編14
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Destinya @ in.Fortuna.ne.jp(再掲)

五階建てのビルの屋上。

そのフェンスにもたれかけながら、俺は一人立ち尽くしていた。

すぐ下を見下ろせば、忙しそうに歩を進める人々が目に映る。

俺は後ろを向いて周囲を見渡す。

だが屋上には、俺の他には誰もいない。

当然だ。

このビルにあった会社は、ほんの数ヶ月前に倒産したのだから。

…俺の勤めていた会社だった。

それほど愛着があったわけでもないが、決して短くない期間勤めていた場所だ。感慨深くもなる。

だが、今日この場所に来たのは、感傷に浸るわけでも思い出に縋りに来たわけもない。

俺は今、フェンスの『向こう側』にいる。

一歩でも足を前に踏み出せば、地面に向かって一直線である。

そう、一歩踏み出せば、この場所に来た俺の目的が達成される。

下にいる何人かが足を止めて、俺を指差している。

俺は身を乗り出すと、勢い良く空に向かって足を踏み出した。

俺は、間違っていない。

〈FortunaMail〉が示す未来に、間違いなんて有る筈無いのだから。

話は半年前に戻る。

つまらない日々だった。

仕事先と自宅を往復するだけの毎日だった。

朝起きて、会社に向かう。

いつもと変わらない仕事。

帰宅しても迎えるものは誰もいない。

一人飯を食べ、万年床に横になる。

そして、また朝が来る。

その繰り返し。

代わり映えのしない毎日を、ただダラダラと過ごす日々。

昔は夢があった。

社会で活躍してやる。

そんな幼い夢を抱えていた時期もあった。

だが、いざ社会に出れば、そんな夢も露と消えた。

学生の頃は、慎重で思慮深いと思っていた俺の性格も、社会に出れば、ただの優柔不断な臆病者だった事を自覚させられた。

判断を迷っているうちに、事態はどんどんと悪化し、気付けば上司からお説教。

今日も「決断が遅い!」「そんなんじゃやっていけない」と怒られた。

俺は溜息をつきながら家路につく。

自宅の近くを通る時、苛ついていた俺は、近くの壁を蹴飛ばした。

運が悪いことに、その壁の家の人に見られ、ここぞとばかりに文句を言われる。

うるさい、クソジジイ!

俺は家に帰り、冷めた弁当を食べながら、ふと考え込む。

仕事も私事も、上手く行かない。

自分でも、燻っているのは解ってる。

だが、きっかけがない。

自分を変えるきっかけがない。

このまま漫然と、目的も無く、ダラダラと過ごすのが、俺の運命なのか…。

そんな思いが心に過る。

その時。

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♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫

傍にあった携帯電話が鳴り始めた。

なんだよ。

俺は携帯電話を手に取り、画面に目をやる。

ーーーーーーーーーーーーーー

『〈FortunaMail〉

あなたは、運命を変えられると思いますか。あなたは自分の運命に満足してますか。あなたは、幸せですか。あなたの運命、変えたいですか。』

『Yes』『No』

ーーーーーーーーーーーーーー

メールが着信した。

発信者は…知らないアドレスだった。

…なんだ、この文章?

その妙な文章の下には、『Yes』『No』の選択肢が表示されていた。

FortunaMail?

なんて読むんだ? 

フォル…トナ? かな?

迷惑メールか?

俺は反射的にメールを削除しようと指を動かす。

だが、ふと、考え直す。

俺は、もう一度、メールの文章を読み返す。

『運命を』『変える』

そのフレーズが、俺の視界に止まる。

少し考えたあと、俺は、画面の『Yes』の表示を選んでいた。

♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫

再びメールが着信する。

内容は、

ーーーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

明日、あなたの会社の同僚が困っています。

◻︎助ける→幸せがあなたに舞い降ります

◻︎助けない→不幸があなたを襲います

ーーーーーーーーーーーーー

なんだこりゃ?

再び届いたメールを見て、俺は唖然とする。

この指示通りにすれば、幸せになったり不幸になったりするのか?

これじゃ女子供が見るような、朝番組の占いコーナーじゃないか…。

俺は、悪戯のようなメールに期待した自分に溜息をつきながら、万年床に横になった。

次の日、朝。

会社の同僚から電話がかかってきた。

なんでも体調が悪く会社を休むから、代わりに会議に出て欲しい、という内容だった。

その同僚は頻繁に欠勤しており、そいつの仕事を肩代わりするなど日常茶飯事だった。

やれやれ、またか。

さっさと会社を辞めちまえ。

そんな事を考えながら、俺は会議の代行を了承する。

「助かったよ。親父の調子が悪くてさ…」

同僚は俺に感謝を伝え、電話を切った。

本当かよ…。

その日の夕方。

会議の代行をした事を珍しく上司に褒められた。

普段は嫌味な上司だったが、今日は少し優しく見えた。

帰り道。

俺は偶然、金を拾った。

一万円。なんだか得した気分だ。

…?

まさか…?

俺は今日あった出来事を思い返す。

同僚を助けた。

結果、上司に褒められた。

帰り道で一万円を得た。

運がいい。

運?

俺は、昨夜のメールのメッセージを見返す。

ーーーーーーーーーーーー

『助ける→幸せがあなたに舞い降ります』

『助けない→不幸があなたを襲います』

ーーーーーーーーーーーー

結果、俺は『助ける』を選択した。

まさか。

これは、このメールの効果か?

いやいや。

あり得ない。

俺は頭に浮かんだ荒唐無稽な考えを自分で否定する。

…いやでもまさか…。

その日の夜。

♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫

メールが着信する。

ーーーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

明日、あなたの会社に女性の新入社員が来ます。

◻︎優しくする→あなたに良い事があります

◻︎厳しくする→不幸があなたを襲います

ーーーーーーーーーーーーー

…また来た。〈FortunaMail〉

昨夜と文面が変わっている。

俺はそのメッセージを眺めながら、ほんの少しの期待を胸に、眠りについた。

次の日。

メールのメッセージ通りに、新入社員が来た。

若い女の子だった。

…ここまではメールの通りだ。

上司から、その新入社員の指導するように俺に指示が来た。

面倒臭いな。

それに、俺は人にものを教えるのが不得手だ。

しかも若い女性なんて、なおさら苦手だ。

…だけど。

俺は昨夜のメールを思い返す。

優しくするか、厳しくするかの、選択肢。

それに。

俺も新入社員の頃は苦労した。

後輩には同じ思いをさせたくない。

…頑張ってみるかな。

俺は、久し振りにやる気になると、今日一日、自分の仕事の傍ら、後輩の指導に取り組んだ。

夕方。

「あ、あの…、ありがとうございました!」

新入社員が俺に礼を言った。

「す、すごく緊張していたんですが、親切に指導して頂いて、嬉しかったです。」

ぴょこんと頭を下げる。

指導に一所懸命だったから気付かなかったが、よく見れば、なかなか可愛らしい子だった。

可愛い子にお礼を言われるのも、悪くないな。

俺は気分良く退社の準備を始める。

…そう言えば。

昨日俺に仕事を押し付けた同僚が来ていない。

俺はそれとなく上司に聞いてみた。

「ああ、あいつは欠勤ばかりしてたからな。新入社員も来たし、あいつはクビだ。」

…世知辛い世の中である。

だけど、これで仕事も楽になるかもしれないな。

メッセージの通りにしたから、後輩に好感を持たれたり、嫌な同僚がいなくなたんだから、良い結果になったと言える。

…〈FortunaMail〉。

これは、本物かもしれない。

数日後。

例の後輩社員から、食事に誘われた。

女性と食事なんて、久しぶりだ。

俺は、期待に胸を膨らませ、待ち合わせの場所に向かう。

目的地は電車で数分の公園だ。

俺は急ぎ駅に向かって足を進める。

次の時間の電車に乗りそびれると、遅刻確定だ。

駅の改札を抜け、一時停車している電車に乗る寸前。

♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫

メールが着信する。

ーーーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

今、あなたは電車に乗ろうとしています。

◻︎乗らない→生きる

◻︎乗る→死ぬ

ーーーーーーーーーーーーー

は?

死ぬ?

なんだそりゃ。

俺はメッセージの内容を無視して、電車に乗り込もうとする。

だがその寸前。

先日のメールのメッセージと結果を思い出した俺は、躊躇い足を止める。

躊躇する俺の目の前で、電車の扉が閉まっていっ。

結局俺は電車の乗らなかった。

後輩には、遅刻することを電話で伝える。

数分後。

結果として、俺は、選択肢の通り、生き残った。

俺が乗りかけた電車が脱線事故を起こしたのだ。

電車は横転し、多数の怪我人と、死者を出した。

もしあの電車に乗っていれば、俺は死んでいた。

間違いない。

俺は確信する。

あのメールは、〈FortunaMail〉は…

本物だ。

電車の事故以降。

俺は〈FortunaMail〉の指し示す選択肢の通りにした。

ーーーーーーーーーーー

◻︎子供に優しくする→幸せ

◻︎子供に冷たくする→不幸

ーーーーーーーーーーー

迷子の子供を警察に連れて行った。

結果、親から感謝され、礼金を貰った。

ーーーーーーーーーーー

◻︎病人を助ける→幸せ

◻︎病人を助けない→不幸

ーーーーーーーーーーー

道に蹲っている婆さんを病院まで連れて行った。

帰り道。偶然やったクジが当たり、新型テレビを貰った。

〈FortunaMail〉の選択肢に、間違いはない。

指示通りにしていれば、俺は幸せになれるんだ。

運命を支配したんだ。

俺は、これからの未来に、心を躍らせた。

♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫

出社前。会社の職員用通路で。

メッセージが届いた。

次の選択肢は、なんだ?

俺はワクワクしながら携帯の画面を見る。

ーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

あなたと仲の良い女性社員がいます。

◻︎優しくする→不幸があなたを襲います

◻︎辛くあたる→幸せがあなたに舞い降ります

ーーーーーーーーーーー

…?

俺はこのメッセージに違和感を感じた。

何かが違う。

そこに、例の女性社員が、

「おはようございます!」

と明るく俺に挨拶をしてきた。

俺は、反射的に挨拶を返そうとしたが、思い留まる。

そして、女性社員をプイと無視して、歩き出す。

俺の態度に驚いたのか、女性社員は呆然としているようだ。

危なかった。

うっかりいつも通り、優しくしてしまうところだった。

〈FortunaMail〉の選択肢の通り、優しくしてはいけない。

辛く当たらなければ。

だが、一緒に仕事をしている都合上、無視したままでもいられない。

こうなると、辛く当たるのも面倒臭くなってきた。

…うっとうしいな。

いっそ、いなくなればいいのに。

俺は何と無くそんな事を考えた。

次の日。

彼女は会社に来なかった。

昨日帰り道で、駅の階段から足を踏み外し、怪我で入院したらしい。

〈FortunaMail〉に関係あるのか?

まあいいか。

煩わしさが減った。

結果オーライだ。

〈FortunaMail〉に間違いはないのだから。

俺は鼻歌混じりで仕事に戻る。

ーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

あなたの目の前に仔犬がいます。

◻︎蹴飛ばす→幸せがあなたに舞い降ります

◻︎餌を与える→不幸があなたを襲います

ーーーーーーーーーーー

近所をぶらぶらしていると、可愛らしい仔犬がいた。

潤んだ瞳で、俺を見上げている。

ちょうどいい。

俺は躊躇うことなく、仔犬を蹴飛ばす。

何かが潰れる感覚が、俺の足先に響く。

数メートル先まで飛んで、地面に落ちる仔犬。

口からは涎とも泡とも言えないような血の塊が流れ出てきている。

俺は汚らしいものでも見るような視線を仔犬に向けた後、その場を去る。

…始めて動物を蹴飛ばしたが、以外とスッキリする。

さすが〈FortunaMail〉だ。

いいストレス発散ができた。ついている。

さて、この後、どんな幸福が俺に舞い降りるか。

楽しみだ。

Fortuna。フォルトナ。フォーチュン。

ローマ神話に伝えられる、運命の女神の名前。

タロットカードの「運命の輪」のモデルでもある。

その姿は、人の運命を容易に操れる舵を携え、

定まらない運命を象徴する不安定な球体に乗り、

幸福と不幸の均衡の危うさをを現す羽根の生えた靴を履き、

幸福が満ちることのないことを示す底の抜けた壺を持っているとされている。

そう。運命の女神とは、幸福を司るものではなく、同じだけの不幸を天秤にかけながら人の運命の行く末を眺めている存在なのかもしれない…。

休日。

真夜中三時。

♫♫♫♫…

携帯電話が鳴ったような気がした。

…うるさいなぁ。

俺はその音に目を覚ますことなく、布団を被る。

それから数時間後。朝七時。

目を覚ました俺は、携帯電話を見て驚く。

夜中の三時に、〈FortunaMail〉の着信があったのだ。

内容は…

ーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

あなたは今眠っています。

◻︎朝の四時に起きる→幸せがあなたに舞い降ります

◻︎朝の四時に起きない→不幸があなたを襲います

ーーーーーーーーーーー

…おいおい、マジかよ。

結果として、俺は〈FortunaMail〉の選択肢で、『不幸』を選んだことになる。

…やばいんじゃないか。

俺の胸に不安が過る。

その日。

買い物の為に街中を歩いている時だ。

交差点で、歩行者専用の信号が青になったので、俺は横断歩道を歩き始めた。

「危ない!」

通行人が俺に向かって声を張り上げる。

その声に驚き俺の動きが止まる。

その瞬間だ。

俺の鼻先数センチを、トラックが掠めた。

俺は風圧に飛ばされ、尻餅をつく。

危なかった。

死ぬところだった。

よく見れば、信号はまだ赤だった。

声をかけてくれた人によれば、俺は赤信号だったにも拘らず、横断歩道を渡ろうとしたらしい。

なんだこれは?

俺は混乱する。

これは、〈FortunaMail〉に関係あるのか?

その後にも、俺はもう一度、死にかけた。

街中を歩いている時、俺は偶然、段差に躓き、体を支える為に前方に数歩踏み出した。

その瞬間。

真後ろにグワン!と衝撃音が奔る!。

鉄骨が、俺の後ろに落ちたのだ。

偶然躓いていなければ…、死んでいた。

俺は恐怖する。

そして確信する。

これは〈FortunaMail〉が起こしたものだ。

まさか。

〈FortunaMail〉の選択肢の通りにしなければ…

俺を不幸が襲う…。

それは、『死ぬ』ということか?

俺の背筋に冷たい汗が流れる。

あれ以降。

俺は携帯電話から片時も目を離さず、常に身につけていた。

メッセージ通りにしなければ、俺は死ぬかもしれない。

その恐怖もあって、俺は〈FortunaMail〉の内容を遵守した。

〈FortunaMail〉の内容も、変化していた。

『◻︎目の前にいる人間を押せ』

や、

『◻︎道を歩く人を呼び止めろ』

などになったのだ。

今までは選択肢を示していた〈FortunaMail〉だったが、今では、このような指示…というより命令のような文面になっているのだ。

『目の前にいる人間を押せ』

駅のホームでそのメッセージを見た俺は、指示に従い、人混みに紛れながら目の前の男性を軽く押す。

男性はバランスを崩してホームから落下した。

その直後。男性は、電車に轢かれた。

俺の目の前で、紅い血潮が飛び散り、切断された腕の破片が舞った。

『道を歩く人を呼び止めろ』

メッセージを確認した俺は、瞬間的に近くを歩く人に声をかけて呼び止める。

その人が歩みを止めた瞬間。

看板が落下してきた。

鋭利な刃物と化したそも看板は、俺が呼び止めた人の首を切断する。

首のない人間が首から血を吹き出しながら俺の目の前に倒れる。

血の花が咲いたかのようなシルエットが印象的だった。

俺の目の前で不幸な事故が続いた。

だか、運がいい事に、俺は、死んでいない。

運が…いい?

俺の選択のせいで、〈FortunaMail〉の指示に従うせいで、人が死んでいる。

思えば、俺が選択肢を選ぶたびに、他人が不幸になっていった。

同僚がクビになった。

女性社員が怪我をした。

仔犬が死んだ。

電車の脱線事故で多くの人が怪我をした。

死者も出た。

全部、俺が悪いのか?

〈FortunaMail〉に従うことが、悪かったのか?

俺はずっと、〈FortunaMail〉に従う事は正しい事だと思っていた。

その事に疑問を抱くことはなかった。

〈FortunaMail〉を知ってから、俺は、物事を自分で決めてきたか?

〈FortunaMail〉に選択を委ねてきていなかったか?

その選択が、指示が、正しいのか間違ってるのか、自分で考えたか?

否。

考えたこともなかった。

だから、全部、俺が悪いのか?

これじゃあ、まるで〈FortunaMail〉の操り人形だ。

運命を支配した?

笑わせる。

支配したんじゃない。

支配されていたんだ。

…俺が悪いのか?

……俺が悪いのか?

………俺が…。

………。

……。

…。

違う!

俺は、選択肢の通りにしてきただけだ。

選択肢の通りにしていれば、何の間違いもないんだ。

現に、俺は、死んでいない。

〈FortunaMail〉に従っていれば、死なないんだ。

そうだ。

そのほうが、楽なんだ。

難しいことは、誰かに決めてもらったほうが、楽だ。安心だ。

そうだ。俺は、正しい!

〈FortunaMail〉は、絶対に、正しいんだ!

俺は、〈FortunaMail〉のメッセージの通りに行動する。

その結果。

俺の目の前で。

俺のいない所で。

人は死んでいく。

近所の煩いジジイの家にトラックが突っ込んだ。『道に小石を置いておく』と、ジジイは五体バラバラで死んだ。

嫌味な上司が、会社で首を吊った。『紐をデスクに置いておいた』だけで、いままでたくさん人のクビを切った奴が、最後は自ら首を吊るとは、まったく笑い話である。

社長が死んだ。社長の車の『タイヤに切れ目を入れた』だけで。会社は潰れ、多くの社員が仕事を失った。

その他にも、俺の知り合いや、無関係な人間が、俺の周囲で次々に死んでいく。不幸になっていく。

だが、朗報もある。

俺は死んでいない。

生きながらえている。

まるで、命がある事が、ただ唯一の幸福であるかのように。

『誰とも話すな』

実行した。

『誰にも会うな』

実行した。

『外に出るな』

実行した。

『食事をするな』

実行した。

実行した。

実行した。

実行した。

実行した。

その結果、誰が不幸になろうが、他人が無残に死のうが、知ったことか。

メールの頻度は、日に日に増して行った。

最初の頃は、数日に一回だった。

しばらくしたら、一日に一回。

その後は、数時間に一回へ。

今では、数分に一回だ。

数秒に一回の時もあった。

『立ち上がれ』

『歩け』

『飯を食え』

『排泄しろ』

『眠れ』

『起きろ』

全て〈FortunaMail〉の指示に従った。

俺は、ある時、ふと考えた。

考えを巡らしながらも、俺の目は携帯電話の画面を凝視し、手は一体化したかの如くそれを手放す事は無い。

俺は一言つぶやく。

「これじゃあ、生きてるって、言えるのかな。」

その瞬間。

♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫

携帯電話にメールが着信する。

ーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

考えるな

ーーーーーーーーーー

俺はメールの指示に従い、考える事をやめた。

♫♫♫♫♫♫♫♫♫♫

着信音が鳴る。

数千回は聞いてきた音。

俺は画面に目を向ける。

ーーーーーーーーーーー

〈FortunaMail〉

死ね

ーーーーーーーーーーー

俺は安堵し

やっと

携帯電話を

…手放した。

Concrete
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