wallpaper:3460
少女の名前は、赤根 茜(アカネ アカネ)
高校一年生。
元は村井 茜だったが両親が離婚し、母が再婚した相手が赤根という姓だったため、このような名前になった。
nextpage
「苗字で呼んでも名前で呼んでもアカネね」
穏やかに微笑む母につられて、そうね、と小さく笑った。
そんな少女のお話。
separator
母が再婚してから2年。
冬休みに入って少し経った日の夕方、赤根家に電話の音が鳴り響いた。
電話に出た母は最初は「あら!お久しぶりですね~」などと話していたが、会話が進むにつれ表情が青ざめていった。
「そんな…!…はい…はい…わかりました、すぐに…はい、では…」
nextpage
受話器を置いた母は口元を押さえ、青ざめた表情のまま固まっていた。
「お母さん…?どうしたの…?」
普段と違う母の様子に、不安になった茜は母に声をかけた。
「茜…今朝お祖母さんが…お祖母さんが亡くなったの…」
nextpage
お祖母さんとは北海道に住んでいる母方の祖母のことだ。
父方の祖母も、再婚相手の祖母もすでに亡くなっている。
母方の祖母は足が悪く、高齢ということもあってか、あまり体調が良くないとは聞いていたが、
急な訃報だった。
お母さん…と震える声で涙を流す母を、茜は呆然と見つめていた。
nextpage
「茜…すぐに準備してちょうだい。準備が出来次第行くから…向こうは寒いから、なるべく暖かい服を用意してね、数珠と制服も忘れずにね」
母は涙を拭うと、荷物をまとめるため寝室へ向かった。
茜も自室へ戻ると、数珠と制服と数日過ごせるだけの衣服、携帯電話の充電器、スキンケア用品などをキャリーバックにつめた。
separator
その日の夜。
急ではあったがなんとか飛行機の席が取れた茜と母は、母の実家のある北海道に着いた。
父は仕事が終わる時間が遅いので、翌日の一番早い便で来るらしい。
nextpage
空港を出ると驚くほどの冷たい風と雪が茜の頬を冷やす。
冬の北海道はとても寒い。
nextpage
茜とは母は、空港からタクシーで母の実家へと向かった。
母の実家はかなりの田舎で、コンビニに行くにも車で行かなければならないほどの山の麓にある。
車内は会話も無く、茜は実家に近付くにつれ少なくなっていく街灯をぼんやりと眺めていた。
separator
母の実家に着いたのは夜の21時を回った頃だった。
すでに親戚の人達が集まっていた。
急なことでねぇ、寒かったでしょう、ストーブたいてるから暖まりなさい、と迎え入れてくれた。
nextpage
ありがとうとございます、と家に上がって居間の隅に荷物を置くと、そのまま居間の奥にある和室へ向かう。
そこには柩が置かれており、その中にはまるで眠っているかのように穏やかな顔をした祖母が横たわっていた。
nextpage
「眠ってるみたいだね…」
そう茜が呟くと、母は声を押し殺して涙を流した。
そんな母を見て、ようやく祖母が死んでしまったという実感が湧き、茜も静かに涙を流した。
separator
温かいお茶を入れてもらい、少しばかり落ち着いた頃。
茜は周りを見渡した。
(知らない人もたくさんいる…近所の人?…今日亡くなったばかりなのに…)
nextpage
集まった面々を茜が不思議そうに眺めていると、その様子に気づいた母が
「こっちでは仮通夜というのをするのよ。一般的には次の日の晩に通夜をするんだけどね。
仮通夜はこうして亡くなった方と最後の時を過ごすの。
nextpage
本当は親族だけでやるんだけど…お祖父さんが昔この村の議員をやっていてね、お祖母さんも村のためにいろいろ尽力していたから、仮通夜でも近所の方々が集まってくださったのね」
と教えてくれた。
nextpage
仮通夜なんてあるんだ…そう思いながら祖父を見ると、集まってくれた親族や近所の方々に挨拶をして回っている。
nextpage
しばらくしてお坊さんがやってきた。
祖父や親戚、近所の方々に深く頭を下げ、柩の前に座る。
茜も正座し、あらかじめ荷物から出しておいた数珠を持ち、手を合わせる。
田舎の静かな夜に、お経を読む落ち着いた声が響いていた。
separator
翌日。
茜が蝋燭を取り替えていると父がやってきた。
祖父に挨拶し、祖母の棺に手を合わせると、母と私に慰めの言葉をかけてくれた。
nextpage
その日の晩は本通夜。
昨晩の仮通夜とほぼ同じだった。
(本来なら今日来るはずの近所の人も昨日来ていたからか…お祖母ちゃんは本当に慕われていたんだな…)
茜は亡くなった祖母を想い、また静かに涙を流した。
separator
それから慌しく事が過ぎ、火葬も無事に終えて母の実家へと戻ってきた。
父は仕事のため一足先に帰ったが、母と私はもう数日残り、祖母の遺品の整理手伝うことになった。
nextpage
「茜や」
遺品の整理をしていると祖父がやってきて、グレーの長細い箱を茜に差し出した。
茜が受け取って箱を開けると、ネックレスが入っていた。
少し曇った金の鎖に、華奢な爪に飾られた鮮やかで真っ赤な宝石。
nextpage
「綺麗…」
「昔ばあさんが着けてたんだ、ルビー…つったべか。茜が高校さ上がったから、今度来た時にお祝いにあげるんだって言っててなぁ…。
茜は孫ん中で唯一の女の子だからなぁ、特にめんこかったんだべなぁ」
nextpage
祖父の言葉に、茜は涙がこみ上げる。
編み物やフキの煮着け方を教えてもらったり、山葡萄やキノコを採りに山に連れて行ってもらったり…
祖母とのいろんな思い出が巡り、茜は悲しみに肩を震わせながらネックレスの入った箱を抱きしめた。
separator
遺品整理もあらかた終わり、家に帰ってきた頃にはもう年が明けていた。
茜は数日振りに自分の部屋へ戻ると、ベッドに倒れこんだ。
nextpage
その衝撃でコートのポケットからケータイが飛び出す。
ケータイの画面を見ると、友達からのLINEやメールの通知が何件も来ていたが、今は返す気にはなれなかった。
nextpage
茜はベッドに突っ伏したまましばらくボーっとしていたが、ふと思い出したように体を起こすと、
帰ってきてそのままにしていたキャリーバッグから、祖母から貰ったネックレスを取り出した。
nextpage
再びベッドに戻り、枕元の棚に置いてある卓上ミラーを立て、ネックレスを着ける。
まだ高校生の茜にはデザイン的に少し似合わない。
そっと指でネックレスを撫でながら、鏡に向かって苦笑をもらす。
nextpage
「いつかこのネックレスが似合うような素敵な女性になるね、お祖母ちゃん…」
nextpage
『なれっこないわよ』
nextpage
突如聞こえてきた声に驚いた茜は辺りを見回した。
当然、部屋には茜以外誰も居ない。
nextpage
「気のせい…?でも今確か…に…」
そう呟いた時、茜は首元に違和感を覚えた。
慌てて鏡を見る。しかし変わった様子はない。
左右を向き両肩も見るが何もない。
ほっと胸を撫で下ろし、改めて鏡に目を向けた茜はびくりと肩を震わせ固まった。
nextpage
鏡の中の自分の右肩に、小さなもやのような黒い影があった。
その影は茜の首にかかっているネックレスの鎖を巻き込むようにみるみる大きくなっていく。
影が手のひらほどの大きさになると、影が濃くなり、次第に俯いた小さな人の形になった。
自分の茜の首にかかっている鎖は、そのままソレの首にもかかっている。
nextpage
『ようやく表に出れたよ』
耳元で聞こえる子供の声。
子供の声なのに底知れぬおぞましさを感じ、全身に鳥肌か立つ。
nextpage
「いやぁっ!な…っ、なんなの!?」
反射的に肩の上にいるソレを手で払いのける。
しかし手には何の感触も無い。
nextpage
「え…」
鏡にはゆらりと歪んだソレが肩の上で揺れていた。
さざ波立つ水面が徐々に静かになるように、少しずつ元の姿に戻る。
nextpage
『ちょっと、いきなり悲鳴上げて払い落とそうとするなんて、失礼すぎない?』
ソレは顔を上げ、鏡越しに茜を睨みつけ頬を膨らませた。
『こんな可愛い妖精にさっ』
「…っ」
鏡越しに目が合い、茜は息を呑んだ。
nextpage
妖精だと言っていたが、風貌は一般的に童話や絵本などで見る妖精とはかけ離れていた。
髪は黒く膝近くまで長く、全身を黒い布きれのような服をまとい、妖精と言われて想像するような羽など生えていない。
nextpage
そして人間であれば白目であるはずの部分が、血のような赤に染まっていた。
その真っ赤な目はぞっとするほどの不気味さを漂わせていた。
nextpage
目を逸らしたいのに逸らせない。
体が動いてくれない。
nextpage
茜が動けないでいると、ソレは鎖を掴みペンダントトップを引き寄せると、
大事そうに抱えて、腕よりも長いだらりとした袖口でルビーを拭う。
nextpage
『もー、たまには磨いてよねー?』
耳元でキュッ、キュッ、と音がする。
その音ですら茜の恐怖心を煽った。
nextpage
「あ、あ、あなた…なん、なの…?」
茜はなんとか言葉を発する。
ようやく搾り出した声はひどく震えていた。
nextpage
ソレは宝石を磨くのを止め顔を上げた。
真っ赤な目が鏡越しにこちらを向き、にっこりと笑う。
笑っているといっても口元だけで、目はしっかり見開き茜を捉えている。
nextpage
『ねぇ、ネックレスきれいでしょ?』
茜の問いには答えず、ソレは唐突に聞いてきた。
『ねぇ、ネックレスきれいでしょ?』
繰り返し質問をしてくるソレ。
確かにとても綺麗なルビーだ、促されるまま茜は頷く。
nextpage
『でしょ?大事でしょ?』
『これくれたお祖母ちゃん好きでしょ?』
『ね?これすごく大事でしょ?』
『大事よね?きれいだって言ったもんね?』
『ねぇ、大事なんでしょ?』
nextpage
『きれいだって言ったよね?ねぇ?』
『きれいって言うなら大事なのよね?』
『ねぇ?そうでしょ?』
『ねぇ?』
nextpage
頷いた途端、耳元で狂ったように捲くし立てられ、耐え切れず茜は声荒げた。
「…っ、もちろんよ!おばあちゃんが残してくれたんだもん!大事に決まって…」
nextpage
『じゃあ…これあげるよ』
nextpage
ソレは急に冷めた声で言うや否や、鎖を引っ張り茜の首を絞め始めた。
いきなり首を絞められた驚きと苦しさに、茜は空気を求めて天井を仰ぐ。
手で払いのけようにも茜の手は空しくソレをすり抜ける。
nextpage
キャハハハハ!と、耳障りな甲高い声で笑いながら、ソレはさらに力を込め鎖を引っ張った。
それでも締める力はすぐに意識を失うほど強くなく、しかし呼吸がまともにできるほど弱くない。
nextpage
こんな細い鎖なのに千切れることはなく、茜の細い首を締め付ける。
鎖を千切ろうと首に爪を立てて何度も引っかいたせいで、茜の首は血が滲んでいる。
意識が朦朧とし、視界に映る天井が徐々に遠ざかっていく。
nextpage
苦しさに涙で歪んだ茜の目に映ったのは、さっきまで肩に乗っていたソレがいつの間にか自分よりも大きくなり、茜を見下ろし笑い続けている姿だった。
nextpage
「な…んで…」
ソレはぴたりと笑うのを止めた。
nextpage
『大人には見えないんだよね』
nextpage
言葉の意味が理解できないまま、茜の意識は徐々に薄れていった。
意識が途切れる瞬間、茜の視界が赤く染まった…
作者レイ
石の精第2弾、今回はルビーのネックレスです。
途中少しだけ実話を混ぜました。
設定としてはこの子達に性別はありませんが、前回の陰気な子とは打って変わり、キャッキャした女の子みたいな子。
…を、どう話に持って行くか悩み、ほんのり狂気を足してみました。
あと表紙のネックレスの鎖に、軽く地獄を見ました…笑
------------------------------------------
投稿日の不具合のため再投稿させていただきました。
怖ポチ、コメントくださった方々すみません…