ベットの軋む音。僕は喘ぐ彼女の口を塞ぐように、キスをした。
静かに淡い。涎が糸を引き、彼女と目が合う。
僕は彼女の上に乗って、またキスをした。彼女と手を合わせて、指を絡ませる。彼女の口の中は暖かい。蕩けそうな程に。
ゆっくりと口を離す。そして濡れた彼女の膣にペニスを挿入していく。膣の肉は快く僕のペニスを迎え入れてくれた。重ね合わせていた手を離し、僕は彼女の首を触った。
美しい。この首の曲線。
「もっと早く、ねえ。お願い」
彼女は目を潤わせて、僕に懇願した。そんな惨めな姿が興奮に拍車をかける。しかし、僕はそれに応じず、ゆっくり、この時間を堪能した。
まだ駄目だ。静かな序曲を愉しまなくてはいけない。首に沿って指を下げていくと、鎖骨に行き当たる。
僕は腕を拳骨にして、出っ張った第二関節でその鎖骨をぐりぐりと押した。
強く。ただ、強く。
「いっ! 痛い、痛い」
彼女の呻く声。それを聞いた刹那、腹の底に熱いものを感じた。それは僕のペニスの動きを早める。
彼女の声は快感と痛みが入り乱れ、舌を突き出し、涎が口からだらだらと垂れている。それは女というよりは雌だった。
僕も吐きそうなくらい自分に酔っている。第二関節を食いこませていく。鎖骨により強く押し付ける。鎖骨から滑り落ちないように、ぐりぐりと握った手を動かす。
彼女の声が最高潮に達するとともに、僕の気分ももう絶頂であった。
死にそうな程。とろけそうな程。
僕の指はゆっくりと上に上がっていく。彼女の首に手を回し、親指を喉元へ添える。
彼女が少し苦しそうな顔を僕に向ける。だが、こいつは雌だ。自分からものを言うことはできない。もうこいつは僕に服従するペットになり果てている。
快楽だけを求め、人間の感情、モラルなど意味を成さない。
親指に力を込めた。
彼女が人間のようにうっと呻く。しかし、そんな苦しみは快楽にかき消されるのだ。
「お前のお母さんはこれを見たらどう思うだろうな」
「ま、ママは居ません。私は貴方のペットです故」
「じゃあ、君は何処から生まれたんだい」
「私は貴方の快楽のためだけに生まれたのでございます。生まれたというのは単にここに私が存在しているからという理由で言っているに過ぎません」
「いいや。君には家庭がある。忘れたのかい? 正幸という旦那が居るだろう」
「いいえ。私に旦那は居ません。貴方だげです」
「僕? 僕は君のことを知らない。何も知らないさ」
「そんなこと些事なのです。私は幼い頃から貴方を知っておりました」
「幼いころ? 君は今さっき僕に出会ったばっかりじゃないか」
「時という概念は私たちの関係の間に於いては無意味なものです」
「分からないな。君は苦しいんだろ。だからそんなことを言うんだ。僕にこんなことをされることから逃げてるんだ」
「違います、違います。私は苦しくありません。貴方のしてくれることに対して、苦しいだなんて思ったこともありません」
「さっき痛い痛いと喚いていたじゃないか」
「その時の私にはママも正幸さんも居ました。でも、今の私の中には貴方しかいないのです」
「じゃあ、もうこの世には――いや、もう君にとっては『世』なんて言葉は意味ないのか。ただ快楽を求める獣に」
「はい、そうで御座います。私は畜生以下のなりそこないです」
「分かった。君のことはよくわかったよ」
「慕っております」
「誰を?」
――貴方を。
「君は僕の名前を言わないのだな。しかし、僕も君の名前は知らないさ。いや、知らなくていいのかもしれない。世の中という束縛を忘れるのには名前を知らないほうがいいのかもな」
僕は親指に力を入れていく。彼女が蟾蜍のような声を出し、目を大きく見開いた。
彼女の顔が親指を入れ込んでいくのに合わせて、僕の方に突き出てくる。
もうイキそうだ。
僕は名前も知らないはずの彼女の名を呟いた。
呟いた言葉はこの世界では意味を成さないのかもしれない。ただの雑音でしかないのかもしれない。しかし、彼女と僕の世界ではそれは確かに。
彼女の名なのだ。
彼女も僕の名を呼んだ。
蟾蜍のような声で。
腰を動かすと、彼女は喘いだ。
もう数分前に死んだ彼女が何も言うはずがないのは分かっているが。
それは人間の世界の話だ。
作者なりそこない