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中編3
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 紫だか茜だかよく分からない、様々な色が混ざったような――そんな不思議な空が広がっている。その空の下には無数の糸が張っており、空一面を縦横に横断していた。

 ここが地獄かい、と横に居る男に問うた。

 そうだ、と素っ気のない返事が来た。この糸はどこに繋がっているんだい、と訊く。手を伸ばせど、届かない。随分遠くにあるようだった。

 何処にも繋がってなんかないさ、ただ空のある限りまで続ていると男は言った。そうか、地獄の糸というのはそういうものなのか。少しばかり得意げになったが、よくよく考えてみれば私は死んでいる。誰にも自慢することができない。

 何故、私は死んだのだっけ。

 糸には何かしらぶら下がっていた。そのことを男に尋ねると、この糸は人間の命を表しているのだと教えてくれた。そして、このぶら下がっているものはその人生の中の大切なものなのだと男は言った。私は無意識のうちに自分の糸を探していた。

 無数のある糸の中で自分の糸だけは何故か見つからなかった。

 妻の糸が見つかった。妻の声が聞こえた気がした。妻の糸には息子がぶら下がっている。苦しそうにもがいている。私は助けてあげたい、と思ったが男はそれをよしとしなかった。無理矢理に目を離して、私は別の糸を探すことにした。

 祖母の糸が見つかった。そこには幼い頃の私がぶら下がっていた。

 とても楽しそうに笑っている。若き頃の僕の顔は腫れていて、爛れていた。

「おうい」

 若き頃の私が話しかけてくる。男は何も言わなかった。私はなんだ、と応えた。

「君はただの木偶の坊だろう。だからおばあちゃんは悲しんだ。そして、死んでしまったんだ。お母さんの為すがままにされ、僕の顔はこうなったんだ。それでおばあちゃんは死んだんだ」

 だから私がおばあちゃんの命に垂れさがっているのか。若き頃の私の顔は本当に爛れている。それでも笑っていた。

 そのすぐ近くに雅彦の糸があった。雅彦は小学校の頃の同級生で、よく遊んでいた。雅彦の糸にはやはり若き頃の僕が垂れさがっている。

「おうい。おうい」

 なんだい、と返した。

「雅彦くんはいいお友達だぞう。いっしょにいれば楽しいぞ」

 そんなことは知っているさ、と言ってやった。そんな上から言うことではない。もっとマシなことが言えないのか。

「雅彦くんは殴ると、いい音が出る。そしたら雅彦くんのお母さんもいい音が出る。雅彦くんの犬は鳴かなくなったんだ。僕のせいで」

 そしたら、雅彦くんもなかなくなっちゃった。

 私の考えとその声が重なった。重なった音は膨張し、頭の中に響いていく。

 私はいよいよ自分の糸が見たくなった。私の糸には何が垂れさがっているのか。私の人生とは何なのか。

 私の糸には私がぶら下がっていた。今の私。姿形の変わらない私。

「おうい。私は今何処に居るのだ」

 糸に垂れさがってる。無様な恰好だ、と言った。

「何故、それなのにお前はそこに居る」

 その質問に答えることができなかった。気づけば地獄に居た。

 何故、私は死んだのだっけ。男に問うと、知らんとやはり素っ気のない返事が来た。

「私の人生には私がぶら下がっているのか。それを私が見ているのか」

 そうなのだろう、と思う。私は遂に自分の糸からも目を離した。

 もういいのか、男は言った。よくはないが考えるのが面倒だ、私は言った。

 そして、最果てまで続く空を見上げて、一歩歩き出した。

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