寒い日のことだった。
たまには家族サービスでもするか、と思い立った深山は、一日の休暇をとった。
深山一家が訪れたのは、町でも長い歴史を誇る相馬デパートだ。
冬物の服を漁りながら、律子は言った。
「お休みの日にデパートだなんて、お父さん古くない?」
「律子、そんな事言わないの。お父さんだって忙しいのよ?」
「いや、いいんだ智津子。」
妻に微笑みかけ、深山は律子に尋ねた。
「何だ、ここじゃ嫌だったか?」
「ううん。お父さんと遊園地ーって年でもないし、これくらいが丁度いいわ…あ!」
彼女は白いロングコートを手に取り、深山に見せた。
「見てこれ、可愛くない?ね、買ってよ。」
「は?お前、こういうの趣味だったか?」
どちらかというと大人っぽいデザインのそれを見て、深山は首を捻った。律子の普段の服装といえば、パーカーやオーバーオールのようなカジュアルなものだった気がするのだが。
「ハルマキってば、大人っぽいのが好みなんだって。だから今度一緒に映画行くときにこれ着て行ったら、アイツきっとあたしにメロメロだよ!あたしがモーションかけて落ちなかった男子なんて、今までいなかったんだから。」
深山は苦笑した。この性格、誰に似たのだろうか。妻は淑やかないい女、俺は渋カッコイイ大人の男…。おかしいな、ナルシスト要素なんかどこにもない。
「ねぇ、お父さん?」
考え込んでいた彼の袖口を、律子が引いた。
「なんか…。焦げ臭くない?」
「え?」
咄嗟にライターを確認したが、特に異変はない。しかし、確かに律子の言う通り焦げ臭い匂いが漂っている。
館内放送のチャイムが鳴る。
『館内にいらっしゃるお客様、只今6階フードコートにて火災が発生致しました。係員の指示に従って、速やかに避難してください。』
パニックに陥った客が、非常階段に押し寄せる。
エスカレーターから上を覗くと、既に炎に行く手を阻まれて逃げられなくなっている客の姿が見えた。
「リッコ、智津子。」
深山は妻と娘の顔を見た。
「お前達は取り敢えずここから脱出しろ。いいか、絶対にパニックになるな。余計に煙を吸ったりして危険だからな。」
「え、ちょっとお父さ…。」
返事も聞かず、深山は目をぐっと瞑って炎の中へ突っ込んだ。
ー
どれくらい炎の中を進んだだろう。
頬に感じていたはずのちりちりとした感触がいつの間にかなくなっていることに気付き、深山はゆっくり目を開いた。
「…んっ?」
彼が目にしたものは、普段と何ら変わらない賑わいを見せるレストラン街だった。
「馬鹿な、さっきまであんなに…。」
後ろを振り返っても同じだった。階下の客達は楽しげに買い物をしている。
「どういうことだ…?」
不思議に思いながらも、深山は火元であるはずのレストラン街を回ってみた。
しかし、やはり火の気などどこにも見当たらず、休日を楽しむ人々の姿があるばかり。彼は混乱した。
そのさなか、彼は一件の蕎麦屋を見つけた。
「この店…。懐かしいな、まだあったのか!」
手打ち蕎麦屋の「鼬庵」。幼い深山が母に連れられてよく行った店である。
彼のお気に入りであった天麩羅蕎麦のスタイルまでもが当時と同じで、胸に何かが込み上げるのを禁じ得なかった。
ふと、店の傍にいた一組の親子を見つけて彼は目を疑った。
「でも、今日は休暇をとるって…。」
公衆電話に十円玉を落としながら、話し相手に必死に訴えかける婦人。
「ねー母ちゃん、早くゴジラ見に行こうぜー?」
そしてその服の裾を掴んで能天気にせがむ少年に、深山は見覚えがあった。
「あれは…。ガキの頃の俺だ…!」
戸惑い、その光景に釘付けになった彼の目の前で、婦人は受話器を置いて少年の深山に微笑みかけた。
「ごめんね辰二郎、お父さん今日も急にお仕事が入っちゃったんだって。だから、ゴジラはもう少し先にしよう?」
「えー、またかよ!」
駄々をこねはじめた少年時代の自身を見ながら、深山は溜め息をつく。
「んっとにガキだったなぁ、俺って奴は…。」
不思議と、すんなりと状況を理解することができた。
暫く見ていると、婦人が何か思い付いたように笑った。
「そうだ辰二郎、今日はお母さんと一緒に屋上遊園地行こうか。」
「え、本当?やったぜ、だったらゴジラも我慢してやらぁ!」
屋上へ向かう二人の後を、深山は引き寄せられるようについていった。
ー
当時は巨大に見えたであろう観覧車は、現在立派な男に成長した彼からすればもはやちゃちなものであった。
それでも、彼の胸には何か甘い気持ちが込み上げてきて堪らなかった。ずっとここにいてもいいかと思った。
「なあ、屋上はこんなに広いのに、どうして半分くらいしか遊ぶところないんだよ?」
辰二郎少年がソフトクリームを舐めながら、婦人に尋ねているのが見える。
「確か、10年くらい前にどこかのデパートで大きい火事があって、屋上を避難場所に使わなきゃいけなくなったのよ。そのためにスペースを空けてあるんだと思ったわ。」
「ふん…。火事なんて滅多なことじゃ起きねーっての!」
そこで、深山は我に返った。
「そうだ…。俺は火事で残された客の救助に。」
しかし、やはりどこを見ても火事などなく、周囲が懐かしい空気で満ちている以外に別段変わったところはない。
「くそっ、俺はどうしたんだ…。おかしくなっちまったのか?」
スマートフォンをいじってみるが、圏外の標示が出たまま繋がらない。木菟に相談することはできない。
困り果てて、彼はベンチに腰掛けた。
いや、腰掛けようとした。
「‼」
盛大な音を立てて、深山はその場に尻餅をついた。
踏み外した訳ではなさそうだ。彼はベンチに手を触れてみた。
何の抵抗もなく、彼の手はベンチをすり抜けた。
彼は立ち上がり、周囲を見回した。
目の前には、楽しげに園内を歩き回る人々。
あれだけの音を立てたのに、こちらを気にする者は一人もなかった。
よく見ると、回転木馬や屋台などの施設の輪郭が微妙にぶれている。やはり何かがおかしい。
「こいつは俺の管轄じゃねえ…。あいつがこの場にいればな。」
「お呼びですか?深山刑事。」
「⁉」
空を見ると、大きな白い鳥、経凛々の背に乗った木菟の姿があった。
深山の目の前に降り立ち、彼は微笑んだ。
「律子さんから事情は聞きました。早くこちらへ、さもないと死んでしまいますよ。」
「はぁ?死ぬって、どうして?」
話についていけない様子の深山に、木菟は諭すように言った。
「いいですか、今あなたが見ているのは走馬燈…。死の直前に見る思い出の幻覚です。正確に言えば、火災現場に取り残された全ての人が見ている走馬燈が合わさり、楽しい思い出の象徴である屋上遊園地の形をとって実体化したものでしょう。もしそのままそこにいれば、あなたは炎に巻かれて死んでしまう。人生を終わらせたくなければ、こちらに来るんです。」
いつの間にか辺りは一面火の海で、逃げ場はなかった。抜け出すには、経凛々に乗るしかないだろう。
にもかかわらず、差し伸べられた彼の手を深山は振り払った。
「あんたについていけば、確かに俺の人生は続くかもしれん。しかし、死にかけてる奴等を見捨てて逃げ出した俺の刑事人生は終わる。どちらにせよ同じなら、やれるだけのことはやってやるさ。」
それを聞いた木菟は、さも可笑しそうに笑った。
「愚かですね。綺麗事ばかりで人生やっていけると思っている。自己犠牲が美しいのはドラマや映画だけ。残された律子さんや奥さんはどうなるんです?」
深山は唇を噛み、経凛々に目をやった。
「言の葉、お前になら分かるだろう?」
彼は頭部を低くして、羽を震わせ唸り声を上げた。その様子は野性動物そのもので、いつも自分の後をついてくる小鴨のような彼とは似ても似つかないものであった。
「あはは…。愚の骨頂ですね。こんな化け物にすがるとは。溺れる者は藁をも掴む、典型です。」
聞こえる嘲笑に耐え兼ね、深山が木菟に殴りかかろうとしたその時だった。
「深山さんいけません、そんな幻に惑わされては!」
背後から飛んできた声には、確かに聞きおぼえがあった。
振り返った先にいたのは、青年の姿をした経凛々だった。
「そいつらも走馬燈の一部なんです。それもうんと質の悪い。よりによって私の姿を真似るなんて…。肖像権の侵害です!」
彼は片方の手袋を外して腕を翼に戻し、木菟達を凪ぎ払った。
偽の経凛々は掻き消えたが、木菟はその場に腕組みをしたまま立っていた。
「…くだらん、化け物が。」
無表情で冷たく呟く彼は、姿こそ同じだが木菟とは全くの別物であった。
「貴様も私と同類のくせに。救いようのない、偽善の塊だ。」
一息置いて、彼は口角を上げた。
「その男もほんに愚かだ。化け物に情を移すとは。信頼を置くなどもってのほか。何せそいつは…。」
「うるさい、黙りなさい!」
経凛々が羽を振り翳す。白い羽毛が飛び散り、木菟の姿は消えた。
彼は大きく息をつき、深山の元に歩み寄った。
「行きましょう深山さん、もたもたしていると本当に手遅れになります。」
真剣な顔をしてこちらを見上げる経凛々の頭を、深山は小突いた。
「お前…。馬鹿だなぁ、お前は火が苦手だろうが。」
「それを言うなら、あなたも相当な馬鹿だと思いますよ。火の中に頭から突っ込むなんて、奥様から聞いてびっくりしました。」
むすっとして言った経凛々であったが、ふっと表情を和らげて微笑んだ。
「…でも、人の為に馬鹿になれる、そんなあなたを素敵だと尊敬します。」
「いっぱしの口きくようになりやがって、こいつめ。」
深山は経凛々の細い肩を抱き込み、からからと笑った。
「行けるか、言の葉。」
「ええ、勿論ですよ。」
経凛々は両の手袋を深山に預け、本来の姿を現した。
巻き物の付いたその背中に深山が跨がると、経凛々は大きく翼を羽ばたかせて空中に舞い上がった。
「こうしてお前に乗るのは初めてか…。何だか鬼太郎の一旦木綿みたいでワクワクすんな。俺あれ憧れてたんだよ。」
「布と同じにしないでください。」
「馬鹿言え、一旦木綿はかっこいいんだぞ?俺大好きだったもん。」
前方から微かに溜め息が聞こえた。
「…。くだらないこと言ってないで、突入しますよ。窓を破りますので、振り落とされないようしっかりと掴まっていてください。」
「おうよ。」
深山は経凛々の白く柔らかい羽毛を掴み、目をきつく瞑った。
ー
窓ガラスを破ってデパート内に突入した二人は、取り残された客の捜索を始めた。
「親子が一組と男が一人、取り残されているようです。」
「何?どこでそんな情報が。」
「ここに入る時、守衛さんに聞きました。」
「…。そうか。」
暫くデパート内を探索していると、経凛々がはたと立ち止まった。
「深山さん。女の子の泣き声が聞こえます。」
「へ?嘘だろ、俺は何も聞こえんぞ?」
「年のせいじゃないですか?」
歩調を早めた彼についていくと、程なくして焼け落ちた瓦礫の山が現れた。
「ほら、聞こえませんか?泣き声…。」
耳を澄ますと、なるほど微かに子供の泣き声が聞こえる。
「私の細腕ではあの瓦礫をどかすことはできませんが…。深山さん、あなたなら可能では?」
「…やってみる、どいてな。」
深山は瓦礫の一部に手をかけ、ぐいと力を込めた。
がらっと音を立てて、瓦礫が動いた。
その下から、泣きじゃくる少女とその母親らしい女が現れた。
「大丈夫ですか、早くこちらへ。」
経凛々はその二人を引き上げ、深山に目配せした。瓦礫を下ろせ、ということらしい。
彼はぐったりしている母親の胸に手を当て、頷いた。
「まだ息があります。お母さんは助かりますよ。」
「ほんと…。お兄ちゃん。」
少女は泣くのをやめ、母親にくっついた。
「言の葉、とりあえずその二人を下へ運べ。もう一人の捜索に加わるのはそれからにしろ。できるな?」
「ええ。」
経凛々は深山の指示に従い、飛行の体勢をとった。
驚きを隠せない様子の少女に向かって、深山は微笑みかけた。
「怖がらなくていい、こいつは優しい良い鳥さんだ。よく見てみろ、真っ白でふわふわだろ?」
少女は戸惑ったような経凛々の羽を恐る恐る撫で、そしてにっこりと笑った。
「…うん、あったかい。絵本で見た天使さんみたい。」
「だろ?」
深山は少女と母親を経凛々の背中に乗せ、囁いた。
「頼んだぜ、『天使さん』よ!」
走り出した深山の後ろで、大きな羽音がした。
ー
「ちっ、少々カッコつけすぎたかねぇ…。」
経凛々の聴力が頼れない今、深山は己の勘を信じて進むしかなかった。
「んっ、分かれ道か…。」
燃え残っていた傘を地面に立て、手を離す。右に倒れた。
「よし、右!」
棒占いの要領で進んでいくと、なにやら動く人影が見えてきた。
「ビンゴ、か。」
彼は一人笑い、人影に近づいた。
人影の正体は中年の男で、焦点の定まらない目を虚空に向けてふらふらと歩いている。
「おい、助けに来たぞ。」
深山が声をかけるが、反応がない。
煙でも吸って朦朧としているのか?それともこいつも走馬燈…?
様子を伺っていると、男はなにやら呟き始めた。
「貴子、美奈…。戻ってきてくれたのか。」
そう言いながら向かう先には、赤々と燃える炎。深山は慌てた。
「おいっ、危ねえぞ!そっちはもう火が回ってる、それに今ここにいるのはあんたと俺だけだ!」
そこで初めて、男がこちらを向いた。
「何を言ってるんだ…。ちゃんとここにいるじゃないか、ほら。」
男は目の前で燃え盛る炎を指差して笑う。
「私はね、先月会社をリストラされたんだ。それが原因で妻にも娘にも逃げられてしまって…。実を言うとね、今日はここに身投げに来たんだよ。この歳になって、全てを失ってはね。」
「馬鹿野郎、まだ命が残ってんだろうが!それをわざわざ捨ててどうする?そんな幻なんかのために!」
男は深山の左手をちらと見た。
「あなたには分からないでしょうね。私と違って、幸せな人生送ってそうだし。」
彼は深山の呼び掛けに一切声を貸さず、炎に手を伸ばした。
「幻の方がね、幸せな事だってあるんですよ。」
「おまっ、待てよコラァ!」
深山は男の肩を掴もうとしたが、その手は虚しく宙を掻いた。
「…幻?」
バランスを崩し、その場に倒れこんだ彼は確かに見た。
炎の中にうっすらと浮かぶ二つの顔と、幸せそうなあの男の姿を。
炎の中の顔は深山の姿を視界に捉えると、意地の悪い笑みを浮かべて消えた。
「や、野郎~!」
切れた深山が闇雲に炎へ突っ込もうとすると、背後から腕を掴まれた。
「落ち着いてください、深山さん。」
振り返ると、経凛々がいつの間にか帰ってきていた。
「ムキになると周囲が見えなくなってしまうのがあなたの悪い癖です。まあ、そんなところも好きですがね。」
「…。」
唇を噛み締める深山を見て事情を察したのか、経凛々は悲しそうな顔をした。
「あれは幻です。深山さんは単純ですから、また幻に化かされたんですよ…。」
「いいよ、言の葉。ありがとな。」
深山は、寂しげに微笑した。
ー
二人は火の中を掻い潜り、何とか建物の一階に着いた。
赤々と燃える炎の中に、非常灯の消え入りそうな緑の光。
皮肉めいたクリスマスカラーだ。今年の律子へのクリスマスプレゼントは、白のロングコートだな。深山はにやりと笑った。
「言の葉、今回はよくやってくれたな。脱出したら、寿司でも食いに行こうぜ。」
な、と彼が振り返ると、経凛々は何故か後方で立ち止まっていた。
「何やってんだ?寿司じゃ嫌か?」
「深山さん」
顔を上げた経凛々は、少し寂しそうに笑った。
「…すみません、ここでお別れです。」
はぁ、と深山はすっとんきょうな声を上げた。
「何馬鹿なこと言ってんだ、早く出るぞ!」
「いえ、私はここからは出られないんです。」
「何だと?お前、まさか…。マジかよ。」
考えてみれば、確かに違和感はあった。
本来の姿をとることを極端に嫌がる彼にしては、頻繁に変化を使っていた。
救助の時も、まるで自分を先導するかのように動いていた。
苦手な炎の中に、平気で突っ込んでいた。
取り残された客の情報も守衛に聞いたと言っていたが、果たして守衛がそんなことを知っているだろうか。
「しかし何故だ、お前には直接触れるじゃねぇか。他の奴等はみんな透けたぞ。」
尋ねた深山に、走馬燈の経凛々は答えた。
「私、他の走馬燈とは少し違うんです。」
「何?」
「私は、この死に行く建物自体の走馬燈なんです。物にも魂が宿ること、既にご存知だと思います。私は長い間店を支えてくださった皆様、来てくださったお客様を助けたかった…。それで、救助活動を行っていたあなたの手助けをさせていただいたんです。」
「建物の走馬燈…。それじゃ、どうして言の葉にそっくりなんだ?」
深山が更に尋ねると、彼はすまなそうな顔をした。
「早い段階で信頼していただくために、あなたがこの状況で一番信頼するものを探らせていただきました。肖像権の侵害は、私の方ですね。」
そう言ってばつが悪そうに笑う彼の姿は、僅かに透けていた。
「…なるほどねぇ」
深く頷いた深山を、走馬燈の経凛々が急かす。
「さぁ、早く脱出してください。律子ちゃんも奥さんも、言の葉君も心配してますよ。」
「あっ…。」
背中を軽く押され、彼はよろめいた。
その瞬間、燃えて脆くなっていた天井が一気に崩れ落ちる。
「言の葉っ…いや、走馬燈か。…礼を言うぜ。」
崩れ落ちた瓦礫に掻き消された幻影に感謝して、深山はデパートを脱出した。
ー
「お父さん!もうっ、馬鹿ぁ‼」
「あなた…。信じてましたよ。」
煤まみれになって出てきた深山を、律子、智津子が出迎えた。
「わりーわりー、心配かけて。」
自分の胸元にしがみついている娘を宥めながら、彼は頭を掻いた。
「もー、お父さん死んだと思ってみんな呼んじゃったわよ~!」
「え?」
深山が顔を上げると、いつもの面々の姿が見えた。
「べ、別にジジイの心配なんかしてねえよ!くたばり損ないの顔を見に来ただけだぜ、本当…。」
「あらまあ、本当にしぶとい男。ゴキブリ並みね。」
晴明の憎まれ口、美子の毒。
「すごいですね、流石は深山刑事。」
木菟はいつもの調子を崩さず。
「深山さん、良かったです~!格好いいです、憧れます!」
幻影でも自分を励ましてくれた弟分。
「何だお前、こんなにガキだったか?」
「どういう意味ですか⁉」
その頭を撫でながら、助けられなかった一人の客のことを想う。
「俺には感謝される筋合も、憧れられる筋合もない。一人、客を見捨ててしまった…。」
そんな深山の心を見透かしたかのように、木菟が言う。
「世の中には、自ら生への道を絶つ人もいるのです。あなたが負い目を感じることはありません。そういう方は今助かっても、いずれまた命を絶つことになるでしょうから。」
「…。」
深山はデパートを振り返った。
「それでも、俺は…。」
崩れ落ちる建物の屋上に観覧車が見えた気がしたのは、煙による幻か。
作者コノハズク
今回は本編に戻ってのお話となります。私も昔、屋上遊園地へ行った記憶が微かにあります。あの独特な雰囲気が、何となく染み付いて忘れられないんですよね。