中編3
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見てる

 どんな幽霊が一番怖いかってよ、やっぱりじっとしている幽霊が一番怖いだろうな。じっとしているというよりかはじっとこっちを見ている幽霊が一番怖えよ。

 え? 分からない? お前もまだガキンチョだな。

 俺の子供のころの話なんだけども、家の裏にちょっとした畑があってよ、俺はなぜか家のトイレを使わずに、そこでた立ちションするのが習慣だった。習慣というのは――ほらあるだろ、なんか決まった時間に小便が出る時が。それが俺は決まって夜だったかな。確か――九時くらい?

 やっぱ夜中ということもあって、外でする小便が開放的で気持ちよかったんだろうな。

 おい、俺は露出狂じゃねえぞ。ふざけんな。日中や大の時はそりゃあ、家のトイレでしてたよ。

 で、冬の夜なんてもう辺りは真っ暗だ。仄かに見える木の輪郭とかが不気味だったのを今でも覚えてる。

 それでよ、畑を奥に進むと砂利道に出る。いや、そんなところで小便はしてないよ。ちゃんと畑でしてたよ。

 俺が小便していたところから――まあ、十メートルぐらい離れたところだな――その砂利道の上に女が立ってるんだよ。

 本当に仄かに見えるんだ。

 あの時の顔は今でも忘れないね。

 月のない夜だった。

 顔は真っ白だったな――いや、血の気がねえとかじゃなく、なんか白く塗ってあった。顔全体がだよ。顔全体がハロウィンのコスプレみたいに白く塗ってあった。

 よく見えたのが何重にも口紅が塗られているだろう唇だな。顔が白いから猶更際立ってたよ。

 真っ赤なのよ。一瞬血かと思ったが、厚く塗られた口紅なんだよ。

 女のかっと開いた目が俺を睨むわけでもなく、じっと見てる。俺は思わず声を出しちまった。でも、足が固まってその場から逃げることもできない。

 俺は死ぬんだなと子供ながらにして思ったよ。

 でもな、女は微動だにしなかった。じっと俺を見ている。

 服装までは覚えていないな。というか、顔が異常なまでに白くて口も異常なまでに赤かったから、顔だけが浮かんでいるようにも見えたな。いや、よく見ると体はあるんだが。

 目が大きくて、吸い込まれそうだったなあ。本当に不気味な面してたよ、あの女。

 笑うわけでも、泣くわけでも、剣幕を変えて襲ってくるわけでもない。

 赤く染めた唇を一の字にして、無表情のままこっちを見てるんだ。

 歳? 女の歳か? あれは見た限り――二十代ぐらいだったかなあ。すまん、そこらへんはあんまり覚えていない。

 でもな、冷静になっていく意識の中で段々分かってきたのは――嗚呼、こいつ何も俺にする気がないんだなってことだ。

 それが恐ろしくて恐ろしくて仕方がなかった。

 相手の気持ちが分からないじゃないか。例えば、刃物を持って、襲い掛かってきたら『俺を殺す』という目的があるんだなってことが分かるだろ? まあ、それもそれで怖いが、それは『殺される』という恐怖感のほうが働くんじゃないか? 女の気持ちの悪い顔よりも『女が刃物を持って俺を殺そうとする』という状況が怖いのであって、女自身の怖さはあまり含まれない気がするけどな。

 だけども、じっと見てくるっていう行為は本当に何がしたいのか分からない。

 だってじっと見てるんだぜ。こうやって、じっと。

 遠くから。

 微動だにせず。

 時々、この女の顔が夢に出てくる。その顔まで俺をじっと見ている。

 だからさあ、お前の幽霊なんて大したことないって。すぐに慣れるよ。

 じっと見てくる幽霊はいないんだろ? 何かしら目的があってお前にちょっかいを加えるんだろ? それはそれでいいんじゃねえの。人生のいい経験になるかもしれねえし。

 扉が勝手に開くなんて可愛いもんじゃねえの? 

 じっと見てくる幽霊よりはマシだよ。本当。

 その女は幽霊かって? それは分からねえが、見た目は今も変わってねえな。

 どうした急に後ろ向いて。

 大丈夫だよ、おめえのことは見てねえよ。

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