異世界なんて、あると思うかい?
例えば、剣と魔法で魔物を倒すファンタジー世界。
例えば、銃撃飛び交う大戦中にある戦禍の世界。
例えば、異能の能力者が跋扈するサイキックSFの世界。
例えば、邪悪な野望を抱く悪魔達が犇めく、絶望支配する最悪の世界。
そんな、理解の不可能な世界が現実に存在していると思うかい?
自分で言うのもなんだが、俺は極めて現実的な人間だ。
でなきゃ、警察で捜査官なんてしていない。
ところが、だ。
最近、奇妙な噂を耳にした。
『漂着者』
この世界ならざる異世界から、この世界に流れ着く者。
そのような人間がいると言うのだ。
まさか、そんな者達がいる筈が無い。
…この国では毎年、生死に限らず500人程の身元不明な人間が発見される。
その中に、異世界から流れ着いた『漂着者』がいるとでも言うのか?
まさか! 馬鹿らしい!
そう思っていた、そんな時である。
街中で、一人の少女が保護された。
しかし、その少女は、
まるで西洋の貴族が身につけるような豪奢なドレスを纏い、
煌びやかな装飾の施された銀杖を手にして、
聞いた事も無い言葉を織り交ぜながら、
「ここはどこじゃ?」「そなたらは何者じゃ?」「早く城に帰りたいのじゃ」などと訴えているらしい。
ただのコスプレした家出少女だろう。最初はそう思っていた。
彼女は今、警察所内の特殊保護室にいる。
俺と相棒は、これからその彼女に事情聴取を行う。
そこで俺は、
件の『漂着者』の存在を…、異世界の影を、垣間見る事になるのだった。
…
~事情聴取①開始~
「もう一度、確認するけれど…、君の名前は?」
「またその質問か! しつこいぞ! 何度も申しているであろう。わらわの名はアルテミシアン。魔法王国カインハートの王女にして建国の魔術師ローリエンスの末裔であるぞ!」
「えっと…、君は、そのカインハートという場所に住んでいたのかい? 日本にあるのかな?」
「ニホン? ニホンとはなんじゃ? わらわに教えよ。」
「日本は、今、君がいるこの国だよ。見たところ、君の顔立ちは日本人みたいだし、日本語を喋っている。でも、君が住んでいた場所は日本じゃないのかい?」
「国? 国とは我が王国の事ではないのか? 我が王国の他にも国があるのか?」
「うーん…。質問を変えよう。君はその王国の、王女様だったんだね? 君の両親は?」
「そうじゃ! わらわは王女じゃ。父も母も城に住んでおる。二人とも、わらわにとても優しいのじゃ。早く帰りたいのう…。」
「どうして君は、えっと、日本に来たんだい?」
「うむ。それが覚えておらんのじゃ。気がついたら、見た事もない奇妙な場所で、奇異な格好をした群衆に囲まれておった…。そう言えば皆、何か小さな箱を手にしてわらわに向けていたのう。一体わらわの身に、何が起きたのか…、わらわに教えよ!」
「うん。僕らもそれを調べているんだ。」
「ならば早くせよ! わらわは一刻も早く城に戻らねばならぬのじゃ!」
「何故、早く帰らなければならないんだい?」
「今、我が王国は魔族に攻められておるのじゃ。魔族は王国に強大な魔物を送り込み、我が国に民を根絶やしにしようと企んでおるのじゃ!」
「そ、それは大変だね。」
「うむ。大変なのじゃ。わらわが王国を守らねばならぬのじゃ!」
「君が、守る? どうやって?」
「わららは偉大な魔術師ローリエンスの末裔である。わらわが戦わねば、王国は魔物に蹂躙されるのじゃ。その為にわらわは幼き頃から魔法の修行をしてきた。今や、我が王国の運命はわらわの魔法にかかっているのじゃ!」
「君が魔物と戦うのかい?」
「うむ。そうじゃ。魔物は城の中にある大鏡【ビジョン】を通してやってくる。わらわはその【ビジョン】から迫り来る魔物を魔法を使って倒すのじゃ。」
「ビジョン?」
「そうじゃ。【ビジョン】じゃ。【ビジョン】から現れる魔物を倒す事で、【スコア】が得れるのじゃ。」
「スコア?」
「うむ。【スコア】は、魔物の魂のエネルギーと言われている。その【スコア】の力は国に力を与え、民を照らす希望の光となるのじゃ。」
「じゃあ、君は、ビジョンから迫る魔物を倒してスコアを得ている、と?」
「そうじゃ。おぬしは理解が早いのう。わらわは国に迫る魔物を倒し、国を豊かにしているのじゃ。それが天に定められたわらわの使命なのじゃ!」
「…。」
「…早く…」
「え?」
「早く、帰りたいのう…。」
~事情聴取①終了~
…
…
「あの娘、何者なんでしょうねぇ。」
俺と一緒に彼女の身元を捜査している相棒が、俺に向かって呟いた。
俺が知りたいくらいだよ。
取り敢えず、彼女の話を纏めよう。
彼女は、世界に一つしかない国に住む、魔法使いのお姫様。そして今、彼女の国は魔族に攻められていて、彼女はビジョンの中から迫り来る魔物を魔法を用いて撃退している。
だ、そうだ。
…。
信じられるか! 馬鹿らしい。
まるで子供の作り話だ。
彼女はただのコスプレ少女だ。魔法使いのお姫様でなどあるものか!
だが、それを頭から否定できない幾つかの事情があった。
まず、彼女は嘘をついていない。
嘘発見器にかけても全く反応は無く、彼女自身は自分の話を完全に現実のものとして認識しているのだ。
精神鑑定にもかけたが、一部の記憶の損失以外に、異常は見られない(彼女がこちらの世界に来た瞬間の記憶のみ曖昧)。
それだけではない。
彼女の唯一の持ち物だった、身に纏っているドレスや手にした銀杖が、余りにも精巧すぎるのだ。
紫色の生地を用いたドレスにはロココ調の刺繍が繊細に施され、一見して簡単に作成、購入できるものではない。
また、金色の鷲の像が飾り付けられた彼女の持つ銀杖も、見た限りでは頑強かつ精巧なデザインで作られており、これまた容易に手に入るような作りではない。
少なくとも、遊びのコスプレで用いるような代物では無かった。
そして何よりも、信じ難いことは、
彼女は余りに『ものを知らな過ぎる』ことだ。
確かに彼女は俺達と同じ日本語を喋っている。
だが、彼女はニホンという言葉を知らない。ビルも携帯電話もカメラも知らない。
しかも彼女は嘘はついていないのだ。
もし仮に彼女が、本当に外国の王女様だったとしても、だ。
そこまで一般常識を知らないなどということがあるのだろうか?
まさか、
彼女は本当に、『異世界から来た魔法使いのお姫様』だとでも言うのか?
俺はそこで、事情聴取の最中の、「ここはどこじゃ?」「早く帰りたいのぉ。」と、そう呟きながら真っ直ぐに俺を見詰める彼女の無垢な瞳を思い出す。
純真で無垢な瞳だった。
「けど、あの娘、どっかで見たことがあるんすよねぇ。どこだったけ…?」
俺の隣で相棒が頭を掻いている。
相棒の言葉を聞きながら、俺は彼女の話を、ほんの少しだが、信じたくなっている自分を自覚した。
…
…
~事情聴取②開始~
捜査は進められている。だが、進展は全くなかった。
「そこでわらわはビジョンの中を進み、第二魔界幻想門に辿り着いたのじゃ。その道中は大変なものじゃったぞ。刃と松明を手にしたグールや頭が鴉に変貌した野犬の群れをわらわは新たに得た新魔法【彼方への聖光】を駆使しながら、やっと辿り着いた門の前で、待っていたのは、巨大な右手と長い角のヤギの頭を生やした炎の魔人が…」
「ほうほう、炎の魔人かぁ。」
相変わらず、彼女の話は荒唐無稽であり、手掛かりにならない。
「炎の魔人と対する時は、わらわの大魔法【マダラカスの汽笛】が活躍してのぉ。倒した時に得たスコアも凄くてな。国を挙げて宴が開かれたものじゃったぞ。」
「ふんふん、スコアも凄かったんだぁ。」
相棒が彼女の話を聞きながら相槌を打っている。
ほとんど聞き流しているが。
気持ちはよく解る。
だが、これは捜査だ。真剣に取り組まねば、と、俺は自分を戒める。
それでも苛立ちを覚えながら、俺は背広のポケットから煙草を取り出し、手にしたライターで火を点ける。
「おお~、そなたも魔法が使えるのか?」
手元で点火されたライターの火を見て、彼女が素っ頓狂な声を挙げた。
「そなたも魔法使いであったのか…。何故、早く教えてくれなかったのじゃ!」
「いや、これは魔法じゃなくてね。ライターといって…、」
「ライタァ? それはなんなのじゃ? わらわに教えよ!」
…万事、こんな具合で事情聴取は進んでいた。
「ふぅ」と相棒が溜息を吐く。
その時、彼女が俺達に言った。
「そなたらが、わらわの話を信じていない事はよく解っておる。わらわも馬鹿ではないからな。そしてここが、わらわの知らない世界だという事もなんとなく理解しておる。」
…。
「そして、そなたらが、ただの与えられた役割なのかも知れぬが、わらわの為に取り計らってくれているのも、解っておる。」
…観察されて、見透かされているのはこちらもだったか。彼女は頭がいい。
「だからこそ、この世界での唯一つの繋がりであるそなたらには、わらわの話を信じて欲しいのじゃ。」
…。
迂闊だった。
彼女も、自分の知らない世界に放り出されて、心底に不安なのだ。そして、彼女も必死なのだ。
その事に気付かされた俺は、自責の念に駆られる。
「そなたらにわらわの魔法を見せれば、そなたらは、わらわを信じてくれるかのぉ?」
「…見せてくれるのか?」
「うむ。本当はビジョンの無い場所では魔法は使ってはならないと師匠から厳しく戒められているのじゃが、そなたらは特別じゃ。」
彼女の願いを聞き入れた俺達は、彼女を連れて場所を変えた。
広い場所が彼女の希望だった。
本館裏の広い敷地で、
彼女は杖を翳し、
厳かな口調で、呪文を唱え始めた。
「ジュゲエムジュゲエムゴコーオノスリキーレ…」
…?
「カイジャリスイーギョスイーギョスイヨーマーツ…」
…これって?
「出でよ、炎の柱【小さなトルトニア】!!」
彼女が勢いよく杖を地面に向ける。
が、何も起きなかった。
「え?」
困惑する彼女。
「つ、次じゃ! 他の魔法を使うぞ!」
再び彼女が杖を翳す。
「フーライマーツウンライマーツクーネルトコロー二スムトコーロ…降り注げ!氷の嵐【奇跡の聖歌】!】
…が、何も起きない。
彼女は、何度も呪文を唱え、杖を翳す。が、炎の柱も氷の嵐も、煌めく雷鳴も轟く閃光も、何も起きない。
「なぜじゃ。なぜ、魔法が使えぬ…。」
地面に向かって俯く彼女を連れて、俺達は所内に戻った。
…使えない魔法。そして、今の呪文の文句…。
「なぁ。」
落ち込む彼女に俺は質問をする。
「今、君が唱えた呪文の言葉の、その、意味って知ってるのかな?」
「呪文の意味? 師匠からは一万年前から伝わる聖なる言葉だと聞いておるのぉ。」
そうか。
~事情聴取②終了~
…
真相に一歩、近付いた。だが、悪い予感がする。
…
~事情聴取③開始~
「なぜじゃ!なぜ魔法が使えない!」
所内の保護室に戻った彼女は、苦悶している。
唯一の自分の拠り所だと信じていた魔法が使えなかったのだ。
「そうじゃ! 杖の【賢者の石】の効果が切れたのじゃ! のう、おぬしら。この世界には【賢者の石】はあるのかのう?」
「賢者の石?」
「うむ、これじゃ。」
そう言って、彼女は手にした杖の先端の辺りをいじり、飾りを外すと、何やら小さな部品を取り出した。
「これが【賢者の石】じゃ! どうじゃ、見たことはないかの?」
彼女は賢者の石を俺達に手渡した。…見覚えがあるものだった。
「見たことがあるのか! よかったぞ ! この【賢者の石】を交換すれば、杖は力を取り戻すのじゃ。以前、師匠がこっそり交換していたのを見たことがあるのじゃ!」
それは、
電池だった。
単三の。
彼女は杖から電池を取り出したのだ。
そして彼女はそれを賢者の石だと言う。
「これは、その、こちらの世界だと、電池って言うんだ。」
俺は説明する。
「デンチ? デンチとはなんじゃ?」
「うん…、時計とか、ラジオとか、リモコンとか、あと…そうだな、玩具とかを動かすもの、かな…。」
俺のその言葉に、彼女は、
「おもちゃ? そなたはわらわのこの聖なる銀杖を玩具と一緒にするのか! わらわはずっと、生まれた時からこの杖と一緒だったのじゃ! この杖を使ってはわらわは魔法を使ってきた! 魔物を倒した! 国を守ってきたのじゃ!」
と、いつになく興奮して言葉を返してきた。
その悲痛な言葉に、彼女のアイデンティティーが揺らいでいるのを俺は感じる。
「その杖を、もう一度、調べさせてくれないかな?」
以前にもこの杖を調べようとしたが、彼女が杖を手放す事を強く拒み、その時は詳しく調べられなかったのだ。
だが、
「…いいぞ。頼む。」
その時とは打って変わって、彼女は素直に杖を俺に差し出した。
やはり、彼女は、頭がいい。それがまた、悲しい。
~事情聴取③終了~
…
…
~真相①~
結果から話そう。
杖は、玩具だった。
内蔵された電池は、杖が持つリモコン機能を動かす動力源だった。
なんのリモコンかと言うと、
ゲームのコントローラーに近いらしい。
つまり、この銀杖は、信じられない程の豪華な飾りと精巧な造りで金と手間を掛けた、ゲームのコンローラーなのだ。
これが、何を意味するのか。
「先輩。」
相棒が俺に声を掛けてきた。
「俺、どこかで彼女を見た事があるような気がして、一人で調べてたんですが…、この映像を見て下さい。」
パソコンを起動させた相棒が俺に、ある映像を見せてきた。
それは、コスプレをした少女がゲーム画面の中の敵を倒している映像だった。
…
…
~事情聴取④開始~
俺は彼女をもう一度、嘘発見器にかけた。
だが、やはり嘘はついていない。
「わらわは、誇り高き魔法王国カインハートの王女にして建国の魔術師ローリエンスの末裔、アルテミシアンであるぞ…。」
彼女の発言は変わらない。
だが、彼女の瞳は曇り、普段の明るさは消え失せ、目に見えて動揺を隠せずにいる。
「わらわは迫り来る多くの魔物を倒し、邪悪な魔族から王国を守り…、」
「守り…、」
「…。」
「わらわは…、」
「わらわは、誰じゃ?」
俯く彼女の瞳に、涙が零れた。
俺は先日後輩が見せてくれた動画を思い出す。
その動画の中では、豪華な衣装を着た少女が、杖を降り敵を魔法で倒していた。
ただし、敵は、巨大なテレビ画面の中にいる。
部屋を丸ごと包み込むように設置されたテレビ画面の中の敵はリアルであり、映像の中の少女は、その迫り来る敵の大群に向けて杖を振り翳し魔法を放つ。
だがそれは所詮、バーチャルな世界の出来事だった。
しかし、その少女はゲームの中の出来事に、
時に心から喜び、
時に心から悲しみ、
天真爛漫を絵にしたように表情豊かに、
まるで現実の事のように、ゲームと相対していた。
「わらわがしてきた事は、守ってきたものは、頑張ってきた事は、全部、嘘だったのか? 教えてくれ…。」
真実を話そう。
ビジョンとは、巨大なテレビ画面だったのだ。
魔法とは、ゲームの中にしかない力だったのだ。
スコアとは、ゲームの中の架空のポイントだったのだ。
画面の中の少女は、目の前で悲嘆に暮れる彼女だ。
相棒によると、以前、ある画像サイトでこの少女の映像が出回り、すぐに削除されたらしい。それ以降、何度か動画のアップと削除が繰り返しており、アングラなオタクの中では、「女神様降臨」「魔法少女様キター」などと伝説になっているとの事だった。
「教えてくれ…。わらわは、誰じゃ…。いや、知りとうない。思い出したくない…。思い出したくないよぉ…。」
彼女の嗚咽が、部屋を支配する。
ヒックヒックとしゃくりを挙げる彼女の嗚咽以外の声はない。
掛けられる言葉も、思いつかない。
部屋の中を写す防犯カメラの起動音が、妙に耳障りだった。
…
…
~事情聴取⑤開始~
music:2
「落ち着いたかい?」
「はい。大丈夫です。全部、思い出しました。」
「君に何があったのか、もう一度、話してくれないかな?」
「はい。ある朝、城の中の寝室で目覚めた私の目の前に、知らない男がいました。」
「あなたの父ではなくて?」
「はい。父とは別人です。その男は言いました。
『今日でおしまいだよ。お前は自由だ』
と。」
「おしまい? 自由? どういう意味です?」
「その時は解りませんでした。でも、城の中の様子が普段と違う事には気付きました。」
「どう違ったのですか?」
「城の中の者が皆、見た事のない格好をしていました。兵士は鎧も剣も持たず、召使いも皆、普段とは異なる姿をしていました。中には、あなた方と同じような服を着た者もいました。ドレスを着ているのは、私だけでした。」
「なるほど。」
「そして、口々に私に言うのです。おつかれさーん、とか、がんばってねー、とか。みんな、にこにこしていました。」
「…。」
「その中には、父も母もいました。母は私に言いました。これから大変だろうけど、せいぜいがんばってねって。でも、ぜんぜん優しくないんです。父は無言でした。その口は笑っているようでした。」
「…。」
「私は気付きました。みんな笑ってるんじゃない、にこにこしてるんじゃない、私を、あざ、嘲笑ってるんだって…、」
「大丈夫かい? もう、やめてもいいんだよ?」
「…いえ。続けさせて下さい。」
「…解った。」
「男に連れられて、私は城の外に出ました。城のそとに出たのははじめてでした、」
「…。」
「そこは、見た事のない景色が広がってました。真っ青な空と、太陽の輝き、きき、ああ、わたしは、はじめて、本物を、見たんですね、」
「…。」
「後ろで音がしました。わたしは、何事かと、振り向きました。巨大な鉄の塊がわたしの城に、王国に、ガーン、ガーンと叩きつけられていて、それで、城は、私の目の前で、崩れ去りました。周囲を見ました、瓦礫ばっかりでした。私が守ってきたものって、なんなんでしょうか?」
「…。」
「その時、男が、私に耳元で、囁きました。」
「…なんて、言ったんだい?」
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music:3
「『よ う こ そ 、現 実 へ 』」
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…
…
~真相②~
彼女の記憶から、彼女が住んでいたという城を突き止めることが出来た。
以前に廃園となったある遊園地に建てられた西洋型の城だった。今は取り壊されており、彼女が住んでいたという形跡は見て取れない。
しかし、間違いなく、それが彼女の育った王国だった。
又、彼女が着ていたドレスの特殊な刺繍から、そのドレスの販売先が判明した。
普通の人間なら絶対に購入できないような金額の商品を扱う外国の販売店だった。
さらに、その線から捜査を続け、ついに彼女を養育した『父』と思わしき、ある資産家の存在に辿り着いた。
また同時に、警察内での彼女の事情聴取の様子を収めたカメラの映像が高額でその資産家に売買されていた不祥事も発覚した。
そして、
彼女の真実が、判明した。
その資産家には、彼女と思わしき子供はいなかった。
つまり、彼女に戸籍はない。
また、その資産家の周囲で彼女の存在を知る者も皆無であった。
それは、彼女は周囲の誰にも見つかること無く育てられた、ということを意味している。
恐らく、彼女は、
まだ言葉も理解していない幼子の頃から、
周囲から隔絶された環境で、
常識も社会も、世界の真実も全く教えられず、
【誇り高き魔法王国カインハートの王女にして建国の魔術師ローリエンスの末裔アルテミシアン】として、
【魔族の侵略から民を守る魔法使いの王女】として、
育てられた、のだ。
俺は、その資産家を取り調べる機会を得た。
彼は、いったい何を考えて、彼女を『育てた』のだろうか?
…
…
~資産家の取り調べ、開始~
確かに、彼女は私が育てた。
産まれた時から親に捨てられて、身寄りも無かった彼女を拾って、この歳まで育てた。
大切に、ね。
彼女は、私の大切な『娘』だ。
いい娘でしょう?
直向きで、無垢で純真だ。とても、愛 ら し い 。
え?
何故、こんな事をしたか、だって?
そうだね、例えるなら、
『コウノトリが子供を運んで来ると信じる少女にポルノ映画を観せる』
その時の、少女の顔が見てみたい。
それが理由だよ。
うん。
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好 き な ん だ 、そ う い う の が 。
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私の意思に共感して、ネットを通じて資金と環境を提供してくれる協力者は世界中に幾人もいた。
顔も名前も知らないが、どこにでも同じような嗜好の者はいるものだな。
手間も金もかかったが、最高のものを観れたよ。
真実を告げられて呆然とする彼女の表情、
自分を保つために必死で現実を否定しファンタジーに逃避する姿、
君ら警察の取り調べを受けている最中の困惑しながらも明るく振る舞うその様子、
自分の拠り所だった筈の魔法など存在しなかった事を知った時の驚愕、
そして、自分の信じる世界が愚かな幻想だったと真に理解した瞬間に感じる、足元が崩れ去る程の絶望。
それらを観てるのが、
とても、
うん。
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楽 し か っ た 。
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…。
さて、私の罪は、何なのかね?
私は何の罪で捕まるのかね?
私はただ、身寄りの無い幼く無垢で可哀想な少女を保護し育てていた。ただそれだけなのだがね。
~資産家の取り調べ、終了〜
…
…
現在、彼女の他に、国内だけでも3人の【漂着者】が発見されている。
【心に深いトラウマを刷り込まれ、仇の魔物を追い続ける狂戦士】
【命を奪う事に躊躇いを抱かないように教育され、架空の軍隊と戦い続けるソルジャー】
【言葉を奪われ、全身に消えない呪紋を刻まれた、超能力者】
彼(彼女)達は保護され、自治体による日常生活復帰プログラムを受けている。
…
…
…
…
…
…
無垢な少女を手前勝手な欲望でいたぶり尽くした奴らが心の中に思い描く風景を、俺は全く理解できない。
だが、
【邪悪な悪魔のような存在が支配する世界】は、
確かに存在していた。
それが、悔しい。
作者yuki