長編8
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呪い屋

お金、仕事、恋愛...

人は誰も、ふとした時に思い出しては小波のような怒りに心が囚われる、そんな出来事や相手がいるものです。訴えたり、復讐する程でもない、そんな貴方の内なる恨みを晴らします。

呪い屋

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呪い屋のサイトを見て依頼したのがその3日前、待ち合わせに指定されたファミレスに、ジーンズにネルシャツという出で立ちで呪い屋は現れた。

「呪い、ってあの呪い...ですよね?」

「そうです、ワラ人形と五寸釘。いわゆる丑の刻参りっスね。」

呪い屋はその名のイメージよりずっと若い。30前後の男だ。

「まぁ、適当な木にワラ人形を五寸釘で差すだけなら誰だって出来るんですけどね。そこはヤッパ呪いなんで、怨念って言うか...誰を・何故呪うのか、ソコんとこはっきりイメージしてもらうお手伝いをするんスよ。」

「はぁ...」

「あと、知ってます?『人を呪わば穴二つ』って言葉?呪いってね、かけた方にも返って来ちゃうんですよ。穴っつーのは、ま、墓穴の事なんスけどね。そこら辺の穢れを引き受けるのもコッチの仕事ですね。」

「ええと...」

「お支払いは道具代込みでジャスト五万円になります。あ、衣装もレンタル出来ますんで。」

「衣装?」

「必要でしょ?死装束とか頭に着ける蝋燭とか。」

今日日、呪いも随分とビジネスライクなんだな。

「ま、呪った所で結果は『当たるも八卦当たらぬも八卦』。結婚式とか葬式と同じでね。結局はクライアントにどれだけ満足してもらえるか、そんな世界なんですよ。サービス業ッスね。」

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懐中電灯の灯りを頼りに、真っ暗な参道を呪い屋と歩く。時刻はもうすぐ午前2時、丑三つ時だ。呪い屋が「仕事場」にしている古刹は鬱蒼とした木々に囲まれて、昼でも不気味な雰囲気が漂っている。

「基本、夜の仕事で短時間で済むんで、副業としちゃ丁度イイんスよね。」

お喋りなヤツだ。て言うか副業かよ。

「到着、ココっす。」

呪い屋が一際大きな樹の前で立ち止まる。幹にも枝にも大小のコブが夥しく生えたその樹は、暗闇の中で捻れ畝っているように見える。懐中電灯を当てると各々のコブが人の顔に見えるのは気のせいだろうか?

「禍々しい」、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

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「じゃ、ヤりますか。」呪い屋はそう言ってバッグからワラ人形と五寸釘、金槌を取り出す。

「よーっく思い出して下さい、誰を何故呪いたいのかを。そこら辺しっかりイメージする事が大事ッスからね...では、始めます!!」

彼にしてはハッキリした口調で宣い、祝詞の様な文言を小さく、しかし腹の底に響く様な迫力で唱え始める。

俺はアイツを呪いたい、俺の将来を奪ったアイツ。心に怒りが粟立ちはじめる。

呪い屋の祝詞はいよいよ迫力を増していく。いや、呪ってるんだから呪詞と言うべきか?周囲の暗闇が徐々に濃く重く感じられる。密度の濃い暗闇...触れれば粘り気すら感じそうな。

shake

「カンッ!!」

呪い屋がワラ人形に五寸釘を打ちはじめた。打ちながらも呪詞を唱え続けている。

「カンッ!!」

アイツのせいで俺の人生は行き詰まってしまった。仕事も家庭も!!

「カンッ!!」

暗闇はいよいよ濃さと重さを増してゆく、俺の怒り恨みそのものの様に。「おおおぉぉぉ...」どこか遠い所から唸り声が聞こえる。誰かいるのか、それとも獣?

...ふと、暗闇の中に何かの視線を感じた時、

「カン!!カン!!カンッ!!」呪い屋が止めみたいに金槌を三連打して「お疲れ様ッした。」

呪いの儀式は終わった。

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あの夜から一週間。俺は会社の最寄り駅で帰りの列車を待っていた。

丑の刻参りとは、我ながら血迷った事だったかもしれない。実際、アレでアイツに復讐出来るなんて俺だって思っちゃいない。俺にとって本当に必要なのは気持ちの整理、現実と折り合って生きていく事なんだ。

人生には頑張っても足掻いても、克服出来ない事はある。丑の刻参りはそんな理不尽に対する怒りを昇華する古人の知恵だったのではないか。

そう考えると、成る程、呪い屋はクライアントの満足を目指すサービス業なのかもしれない...

そこまで考えた所で列車がやって来た。さあ、帰るとするか。

shake

いきなり肩を掴まれる。「あんた!!何やってんだ!!」

「え?」

次の瞬間、回送列車が俺の鼻先を掠める様に通過していく。

危なかった!!俺は帰りの列車に乗るつもりで回送列車に飛び込む所を、ホームにいた他の客に助けられたのだ。

驚いてホームにしゃがみこむ、疲れてんのかな?発作的な自殺ってあるとは聞いてるが、これじゃソレみたいじゃないか。

「いや、コレは私の勘違いで...」助けてくれた客に礼と詫びを述べる。

その時、

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携帯が鳴った、呪い屋だ。

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「よかった!!生きてたんスね...」

「なんですか?いきなり。まぁ、ついさっき電車に飛び込む所でしたけど(笑)」

「え?もうそこまで...」

言葉の軽いあの呪い屋が、何か焦っているようだ。

「実は...先日僕らが放った呪い、ノロイガエシに会いまして...」

「ノロイガエシ?」

「呪いがコッチに返って来たっス。呪い屋は依頼されればヤルんですよ、ノロイガエシ。」

という事は何か?呪い屋はコイツ以外にもいるってことか?ていうか、呪いなんて迷信みたいなモンじゃなかったのかよ?

「僕もそう思ってたんスけど...あの晩、確かに『ハマった』感あったんですよね、カチッと。あ、こりゃガチで呪っちゃうな、って。」

何言ってんだ?コイツ。

「で、そのガチな呪いがコッチに返って来た、と。」

「そうッス、呪った相手が別の呪い屋に依頼したんスね。でも僕、師匠以外の呪い屋に会った事無いんスけど...。今から位置情報送るんで...チに来...えませんかね、このままじ..(ザッ)..バいんで...(ザザッ)..後の事とか..(ザー)..」

(ツー、ツー、ツー...)

切れた。

助けてくれたさっきの客が、また話し始める。

「お連れさん、どっか行っちゃったね。薄情なモンだ、助けようともせんで。」

お連れさん?俺は一人でベンチに座ってたんだが。

「違うのか?アンタのピッタリ隣に座って、ずっとアンタに話しかけてるみたいだったからさぁ。」

いやいや、もう訳分からん!!

そこへ着信音、呪い屋が位置情報を送ってきた。さっきは聞き取り難かったが、どうやらココに来いという事らしい。

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タクシーで約30分、位置情報が示したそこはいかにも高級なマンションだった。部屋番号も聞いている、オートロックからはたった一言呪い屋の声、

「どうぞ。」

随分と落ち着いたもんだ。アイツ、稼いでるんだな。

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部屋のドアは開いていた。中も灯りが点いている。

「こんばんは~。入りますよ~。」

「どうぞ。」

出迎え位しろよ。そう思いながら、

「お邪魔しますよ~。」

...何か、臭うな。

廊下の突き当たり、リビングのドアを開ける。そこでは...

呪い屋が死んでいた。飛び出さんばかりに見開いた眼、口元から異様な迄に垂れ下がった舌、足元には汚物が溜まっている。彼は首を吊っていたのだ。

...俺は目前の状況を放心状態で見つめていた。こんな時、どうするんだっけ?そうだ、取り敢えず警察、あと救急車も。

あれ?

じゃ、さっき、俺に「どうぞ」って言ったのは誰?

shake

「おおおおぉぉぉぉ!!」獣みたいな唸り声が室内に響く。すぐに分かった、あの夜、聞こえた声だ。

それが、すぐそばで...俺のすぐ後ろから聞こえたのだ。

見たくない!!でも振り返らなきゃ、ならない。

ソレは窓の外、バルコニーにいた。灯りは点いているのに、ソレは真っ黒で、ベタベタした粘液に覆われている。人とも獣ともつかないソレは、窓に張り付いていて、粘液が窓を流れている。

そして...忌まわしいことに、呪詞...あの夜呪い屋が唱えた呪詞を唱えながら俺を手招きしているのだ。

何だか室内が...暗くなる...歩く...窓の方に...行かなきゃ...バルコニーに...高いトコから...高いトコのバルコニーから...高層階...

高層階!!!ヤバイ!!!気がつくとソレの顔が息遣いまで分かるほど近くにあった。

俺は逃げた。脱兎の如く逃げた。どこをどう走ったかは、覚えてない。

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部屋の中にワラ人形やら五寸釘やらお札があった事と、コトの経緯から、呪い屋の死は「精神的にアレな人の発作的な自殺」と警察が認定した。

呪い屋の部屋にいたソレは夜に表れる。窓の外からコッチを見ていたり、電車の同じ車両に座ってたり、リビングに立ってたりする。あんなヤツがピッタリ隣に座って、あの忌まわしい言葉を囁いていたのだ。

ソイツは直接襲って来る事はないが、気を抜くと自殺させられそうになる。今の俺は「死ねそうな場所」や「死ねそうな道具」に敏感になっていて、夜はそれらを必死に避けて生活している。

ビルの屋上になんか絶対に行かないし、窓にも近づかない。ホームの端に立たない。紐や刃物の類いは絶対ウチには置かない。変な話、夜はネクタイやベルトを外す様になった。

ここまで徹底して、思う様になった。

死ぬ方法って、いくらでもあるんだな...

もはや俺は、生きる為に死に場所を探しているのか、死ぬためにそうしているのか分からなくなってしまった。

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今、俺はあの夜、呪い屋が五寸釘を打ち込んだ大きな樹の前に立っている。

あんなに禍々しかった樹は、昼の陽の光の下では朽ちかけた老木にしか見えない。全てはここから始まったというのに。

「呪い返しとはな、哀れな事だ。」年の頃は60前後、作業衣を着た目前の男はこの寺の住職だ。

「あの若造はいつもこの樹に念を懸けておった。未熟ゆえに事が成就する事は無かったが...あの晩だけは...得体の知れない何かがそこにいて、儀式に助力したのだ。そうなれば制御出来るはずもない。あの若造は何者でもないよ、呪い屋としてはな。」

「呪い屋!!住職は何故その言葉を...」

「呪い返しは私ではないよ!!」俺の問い掛けを遮る様に言うと、住職は静かに続けた。

「左様、私は呪い屋だ。あの晩も、君達の事を観ていたよ。」

見つけた!!呪い屋を見つけたのだ!!戻れる、戻れるぞ。夜安らかに眠れる日々に!!

「呪いを返して欲しいのか?ならばこれ程頂かないとな。」

そう言って、住職は大きな掌を広げて見せる。

「五万円...ですか?」

「バカな!!五百万だよ。一度呪いに関われば呪いを成就するか、返されて自分が死ぬか、二つに一つ。これでも安い位だ。」

彼は続けて、

「相手が強者なら、返した呪いがまた返って来るだろう。アンタの分の呪いを返す度に五十万ずつ貰い受ける。呪いは返し返されする度に増幅されるし、その分穢れが私に及ぶのでな。

恐ろしい事だな、人を呪うというのは。金の切れ目が命の切れ目と言う訳だ。アンタ、あの若造に言われなかったかい?」

人を呪わば穴二つ。

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ふたばさん、コメントありがとうございます。
自分なりにプロットをいろいろ考えております。
得てしてこういう話は、謎解きやルール解説に字数を割きがちです。デスノートみたいにね(笑)
ても、ここは怖話。ルールに多少の不明があっても、あくまで「怖い」を描きたいと思います。拙いですけどね(汗)

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コメントありがとうございます。
シリーズ化、面白いですね。でも呪い屋は人の道に背く人々、カッコよく活躍などさせません(笑)
せいぜい「俺」に見苦しく足掻いて貰いましょう(笑)
読み返して気付いたのですが、死んだ呪い屋は何となく僕自身に似ているのです。不思議な気分です。

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