中編7
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Cool war

ディスプレイの中に敵機を捉える。それはフラップやラダーを動かして、身を捩るかの様に逃れようとする。

ロックオンされた後となっては手遅れだが。

ミサイルを発射。空中に弧を描いて、当然の如く目標を捉える。

「ターゲットNo.17ヲ排除」戦果が友軍の共有フォルダに自動入力された瞬間、

「ミサイル接近/赤外線追尾式」警報が点灯する。洋上の敵艦にロックオンされていたのだ。フレアを射出、そちらにミサイルを引き付ける。

「共有フォルダヲ検索、イーグル3・7・14ハ対艦ミサイルヲ装備。該当三機ハ目標ヲ排除セヨ」

三機が海面スレスレを音より速く突撃する。目標が射程に入るまで約30秒だ。

202x年、j国とc国はs諸島沖合にて、遂に戦争状態に陥った。

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「ハルトー、ミハルー、起きてよ~、遅刻しちゃうよ。」二児の母、ミサトにとって朝は戦争だ。ああ、やばい。朝食の準備に手間取って、自分の準備まで手が回らない。

我が家の朝の定番、「おめざめTV」は今日もs諸島の状況を伝えているが、

「今の所、五分五分ですね。」ミタケさんがそう告げると、話題は19年振りの日本人横綱誕生にあっさりと変わった。

戦争によって人命が失われる事があってはならない。この人類にとって究極とも言える理想は、皮肉にも兵器の発展によって実現された。近代戦においては、ミサイルは勿論、戦艦も戦闘機も戦車も全てAIにコントロールされる無人兵器だ。

これは我が国、j国のみならず敵国のc国でも同じ事。s諸島で戦っているのは敵も味方もロボットなのだ。

しかし、それ故にs諸島での戦闘はメディアに大きく取り上げられる事はない。

だって、戦死者がいなければ、その家族とか友達とか卒業文集にスポットを当てた「売れる」報道が出来ないではないか。

c国軍との戦闘は、だから大物芸能人の不倫とか介護職員の不足とか待機児童の問題と同列に扱われ、国民の大きな関心を呼ばなかった。

戦死者なき戦争は愛国心を刺激しなかったのだ。

二児の母であるミサトの最大の関心事は、公教育の荒廃だ。'10年代後半に教員の長時間労働が問題になって以来、先生たちの勤務時間は減少し、結果として学力や生活態度に問題のある子が放置される事になった。

あんなに税金取っといて...残業代払えばオッケーじゃないの?ミサトは不満だ、子供達がマトモに就職出来なかったら我が家の将来どうしてくれるのよ。

「j国死ね...か。そう言われても仕方ないよね。」

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開戦から半年。事件は遂に起こった。

s諸島から最も近いo県の市街地に、敵の長射程ミサイルが着弾、多数の死傷者が出たのだ。

防空システムの入札に問題があったとして、国会は紛糾、野党の女性党首はヒステリックな迄に防衛大臣を追及する。

結果として総理大臣は辞職、内閣は総辞職した。防衛省は槍玉に上がったカムスン社製の戦闘制御AIを廃止、アッパレ社のそれを導入した。

アッパレ社のシステムは高性能と同時に非常に高価で、高騰した防衛費は更に国家財政を圧迫したのだった。

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給与明細を見ながら、ミサトはため息をつく。

手取りは支給総額の半分。夫と共にフルタイムで働いているのに、これでは住宅ローンの支払いすら覚束ない。

「政治家は何やってんのよ!!!」

産めよ・育てよ・働けよ、数十年後には「介護せよ」が加わるのだろう。そこまでさせておきながら、日々の糧すらこの私から取り上げるのか。何と情けない国...これで先進国なんてお笑い草だわ。

通勤で利用する駅のホーム。モニターではa国の大統領が、国境に壁を造れだの移民を追い出せだのついでにオスラム教徒も締め出せだの口角泡を飛ばす勢いだ。

傍らには、元モデルで20歳も年下でしかも三人目の妻が控えている。

お盛んなことね...ミサトは呟く。問題が全く無かった、とは言わない。でも日常は上手く行ってたのだ、この男が表れるまでは。

不動産会社社長、兼タレントのこの男をj国民は、単に「破天荒な物言いの変わり者」と見ていた。

しかし大統領に就任しても変人ぶりは変わらず、あろう事か我が国に対して、在j国a軍基地の費用負担の増大やら海外へのj国軍の更なる派遣やらトヤタ自動車への関税の強化を要求して来たのだ。

a国との安全保障条約を堅持する為と、時の政権はそれらの要求を丸呑みしようとした。

しかし駐留a国軍ときたら、騒音問題は起こすわ墜落事故は起こすわ挙げ句の果てに強姦殺人事件を起こすわで、国民の怒りが爆発。

遂には世論に圧される形で安全保障条約は破棄され、総理大臣は辞職し内閣は総辞職した。

バカな人達、この男もこの男を支持する人達も。

自分達が置かれた状況を改善する努力もしないで、オサカン大統領と一緒になって憂さ晴らししてるだけしゃない。愛国無罪のc国人と何も変わらないのね。ミサトは思った。

a国の極端な保護主義と安保条約破棄による防衛費の増大は、経済の停滞と大幅な増税となって、結局j国民が負担するのだ。

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一方その頃、s諸島近海では戦況がc国側に傾きつつあった。何しろ投入される無人兵器の数が桁違いの上に、r国から導入された最新兵器がアッパレ社製のそれを凌駕する性能を見せたのだ。

流石は実戦経験豊富なr国製。などと驚いている場合ではない。開戦から一年程たった頃にはo県が制圧され、c国軍は北上を始めた。

当然の事ながら総理大臣は辞任、内閣は総辞職した。政権が交代し、総理に就任したあの女党首の喫緊の仕事はc国との停戦だ。

それはo県を見捨てる、と言う事でもある。

自国製の兵器が実戦で通用すると知ってか、近頃はr国も不審な動きを見せている。

急がなくては、ならない。

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TVではミタケさんが沈痛な面持ちで戦況を伝えている。メディアはこぞってo県の歴史とか所縁の人達とか現地の子供達についてのアレコレを喧伝している。

「でも確かココの知事って追い出したんだよね、軍隊。」ミサトは呟く。

その流れでo県内に無人兵器を配備できず、結果として戦況が悪くなったのは否めない筈だ。そもそもc国が目と鼻という場所にありながら、何故そんな自殺行為を?

理由は聞いた事があった。ミサトには思い出せないが...

ポーーーーーーン!!

時報みたいな音と共に「緊急放送」の文字が画面に映し出される。

続けて表れたのは、最近就任した総理大臣だ。何だか硬ったい顔ね。そうそう、この女は昔ハイレグの水着着てお下劣な番組の司会やっててしかも二重...え?今なんて...a国が参戦?

その瞬間、頭上で凄まじい爆音が轟いて、音声が聞き取れなくなった。ミサトの住む街の上空を多い尽くすかの様に、もの凄い数の飛行体が通過していく。

そのどれにも見慣れたリンゴのマーク。そうか!!やっとa国が助けに来てくれたのね!!傍らでは、ハルトとミハルが手を振っている。これでc国なんかメじゃないわ!!

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一面焼け野原となった街を、ミサトと子供達は逃げていた。

あの後すぐにr国が乗り込んで来て、a国と北上して来たc国が三つ巴の戦闘を始めた。このj国で!!

a国の兵器は私達を襲う事は無かったが、守ってもくれなかった。そりゃそうか、安保条約を破棄したのは私達なんだから。

やつらはrやcと同じ、この国が欲しいだけ。三国の緩衝地帯になってるこの国がヤバくなって、慌てて乗り込んで来たんだわ。

j国軍はあの日以来、全ての機動を停止した。アッパレって本社はa国なんでしょ。それで全部お察しね。

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轟音が空気を震わせる。頭上で戦闘が始まった。隠れなきゃ、流れ弾やらミサイルやら爆弾がまた降ってくる。

ミサトは周囲を見渡す。多くの建物が崩壊して最早隠れ様もない。

漸く安全そうな物陰を見つけたが、赤い星を付けた兵器が頭上を掠めると、怯えた子供達がその場から駆け出してしまった。

(動いちゃだめ)

ズダダダダダダダダダダダ!!!機銃の掃射音が響く。二人の身体が引き裂かれ四散するのを、ミサトは見た。

「動いちゃだめぇーーーーーー!!!」もう遅いと知りつつも叫ぶ事しか出来ない。その背後にも、あの赤い星が迫る...。

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a、r、cの三国間で停戦協定が結ばれたのは、それから三週間後の事。かつてj国と呼ばれた地域は三分割され、各々の国が統治する事になった。

「国際紛争を無人兵器での戦闘により穏便に解決した。」世界中のメディアがこぞって伝える。

戦争で人命が失われる事があってはならない。今回もその理想は堅持された、夥しい数のj国民を除けば。

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a国の内陸部、経済格差の煽りをもろに受けるこの街に、今日も朝日が昇る。

仕事もないこの街では、朝は戦争という程でもない。TVは遠いj国での顛末を淡々と伝えると、話題をすぐに雇用問題に切り替えた。

そう、俺達にとって大事なのは何と言っても雇用、仕事で、どこか遠い国の戦争ゲームなんかじゃない。第一、この国の人間はケガ一つしなかったんだろう?結構な事じゃないか。

とにかく、今度の大統領には期待してる。頼むぜ!!

Concrete
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