長編9
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閉じ込められる

これは『カエル』と呼ばれる俺の友達と俺とで体験した話の一角。

その頃俺とカエルは大学2年生で、カエルは購入したての大型バイク、CBR1100XX(ブラックバードと言われているらしい)に乗り意気揚々としていた。

季節は夏だった。

去年俺が高校の同級生である『J』に紹介してもらった廃病院にカエルと2人でリベンジしようと入口の前に立っていた。

バイクを近くのコンビニに止め、カエルは懐からタバコを取り出し吸い始めたのに習い、俺もポケットからタバコを取り出した。

「そういえばさぁカエル」

俺がそう言うと、カエルはタバコに火をつけ終わり、こちらに目をやった。

「あの廃病院どうやって侵入するよ?」

去年廃病院の敷地内には侵入したものの、まだ新しい建物は電気が通っており、扉には某警備会社のステッカーが貼っており、退散したのだ。

「あー…もしまだセコムが動いてるみたいならお手上げだな」

「動いてなかったら?」

「鍵のかかってない窓か、扉を探す」

それも無いようなら、そこまで言うと、カエルは後ろポケットを叩いた。

そこからは金属の棒のようなものが覗いていた。

「荒っぽいなぁ」

俺は失笑した。

タバコを灰皿に押し付け火をもみ消し。

俺とカエルは歩き始めた、廃病院へ向け。

バイクを止めたコンビニから廃病院までは徒歩で10分ほど、周りは住宅街で大きな物音は立てられない。

正面玄関は明るく、侵入は不向きなため、2mほどの柵を無理やり乗り越え侵入に成功した。

「うわー…引っ付き虫が付いた」

と俺がズボンのふくらはぎ辺りに付いた引っ付き虫を取っていると、カエルはすぐ側にあった防犯機器へと歩み寄りそれを覗き込んでいる。

引っ付き虫をあらかた取り終えた俺は早足でカエルの背後へと近づいた。

「どう?動いとる?」

「んー…なんとも言えんなぁ…」

カエルは眉間にしわを寄せる。

「どうする?」

「気になるもんなぁ…中」

興味心猫を殺す、そんなことわざをその辺りの輩よりも強く実感して来た俺たちな訳だが、やはり興味という怪物には抗えない。

正直なところ俺は帰りたい気持ち半分、期待半分だった。

「他も当たるか」

言ったのはもちろんカエル。

こいつには恐怖心なんてないのか、と思いながら後に続く。

俺は建物の上の方を見ながら歩いていたのだが、二階の窓から何かが覗いていた気がした。

「なぁカエル、やっぱ帰らね?」

「いいや、帰らねぇ」

カエルはそう言いながら窓に手を掛けスライドさせた。

「開いた…」

「マジか」

カエルの肩越しに中を覗き込む。

窓の奥からは暗闇が覗いていた。

カエルがポケットからペンライトを取り出すと中を照らす。

どうやら診察室のようだった。

「入るか」

そう言いながらカエルは開いた窓の隙間から体を滑り込ませる。

「あ、ちょっと待って」

と言いながら俺は無理やり中へと侵入した。

自分で言うのもなんだが、かなり不恰好だっただろう。

カエルはすでに診察室の扉を開け、廊下を覗き込んでいた。

外は割と綺麗に見えたのだが、中は何故か劣化が進んでいるように見えた。

「意外と…汚いな」

そう呟くと、廊下を覗き込んでいるカエルが小さく頷いた。

俺は電気のスイッチをオンに切り替えてみた。

当然ながら電気は付かない。

「先に進むぞ」

カエルは廊下の暗闇へと足を踏み出した。

俺も上着のポケットからライトを取り出し、スイッチを付ける。

「なんかあれよな、怖いって感じじゃあないよな」

「怖くはないけど、何かあるかもな」

俺の問いかけにカエルはそう返した。

その後カエルと俺は30分ほど病院内を散策するが、普通の病院のようだった。

「あんまりなんもないなぁ」

「んー…なんかある気がしたんやけどなぁ」

カエルは言葉とは裏腹にまだ何かを探しているようだった。

「なんか探してるん?」

俺がそう問いかけると、カエルはこちらを振り向き口角をあげる。

「お前さぁ、この病院歩き回って気付いたことない?」

ん?気付いたこと…?なんかあったっけ?

そう思いながら首をかしげると、カエルは口角を上げたまま続ける。

「ほら、霊安室」

「あ、そう言えばまだ見てないなぁ」

この病院は5階建てで、一階は診察室が4つとレントゲン室、ロビーにトイレのみ、二階からは各階にトイレが1つずつと、他は病室が並ぶだけだった。

「エレベーターはあるけど、1階から5階までしかない、でもこれだけ大きい病院に霊安室がないのはおかしい」

確かに、霊安室がない病院なんて有るのだろうか…

「じゃあ、別館にあるとか?」

「この敷地内に別館なんて有ったか?」

それに、とカエルは続ける。

「霊安室が別館なんて不便なだけだろ?

遺体をわざわざそこまで運ぶことになるんだぞ?」

確かに…。

「絶対に有るはずなんだ、何処かに」

そう言うと踵を返しカエルはまた歩み始めた。

そこからはもう時間の浪費だった。

1階から5階を行ったり来たり、1つずつ扉を虱潰し、夏だ、暑い、俺は頰から垂れる汗を袖で拭う。

「カエル〜…俺はちょっとロビーで休んでるわ…」

そう言うと俺はロビーの待合室の椅子に腰かけた。

「なんだ?もうギブアップか、もうちょっと体力付けた方が良いぜ」

笑いながらそう言うと、カエルは病院の闇の中へと消えていった。

静かだ、時計の針は午前2時をさそうとしている。

俺は天井を仰ぎ、目を瞑った。

ふと目を覚ます。

理由は尿意…では無い。

背後、つまりフロントの方向から気配を感じた。

時計を見ると午前2時36分。

「カエルか?」

その気配へと声をカエルが、静寂。

額に嫌な汗が浮かぶのが自分でもわかる。

体が芯から冷える感覚。

「お…おい、そう言うのはマジでいいって…」

そう言いながら背後を振り向く。

そこにカエルは居なかった…が、代わりに女が立って居た。

もちろん『普通の』女では無い。

頭が45度捻られており、右の目の瞳孔だけが此方を見ていた、異様なほど青白く、ぼんやりと光っているように見える、頭からは血が垂れており、その血が地面へとピチャリと音を立てて落ちる。

「…コ…ボヘ…ふウ…ア…」

と喉を振り絞った様な声を出していた。

「うわああああ!!」

と俺が叫ぶと俺から見て右側、真横のドアが勢いよく開け放たられ、カエルが飛び出してきた。

「どうした?!」

「あ、カエルゥ…」

半泣きになっていたと思う。

女は消えていた、地面に血の跡だけを残し。

「こんなシミあったっけか?」

そう言いながらカエルはその血の様なシミの側にしゃがみ込みまじまじと覗き込んでいる。

興味津々な様子だ。

チキンな俺はそれを月明かりの差し込むガラス張りの扉を背に見つめていた。

「お、このシミ続いてるぞ」

と、最初に入ってきた診察室の方向をライトで照らしながら言う。

「もう帰ろうぜ…」

俺が声を振り絞ると

「あとちょっと」

とカエルはその方向へと歩き始めた。

マジかこいつ…

そう言いながら俺は震える足に力を入れ踏み出した。

俺が廊下の角からカエルの歩いて言った方向を覗き込むと、カエルは廊下の1番奥で1人佇んでいた。

俺は背後から気配を感じた気がして、小走りでカエルの元へと向かった。

「ここ、なんか有るぜ」

心なしかカエルは嬉しそうだ。

見ているのはなんの変哲も無い扉。

だが、ノブの鍵穴には何かプラスチックの様な物が詰め込まれており、チェーンによってこれでもかと言うくらい硬く閉ざされていた。

「これ…ヤバくね?」

俺がそう呟くと、カエルは嬉しそうに

「ああ」

と頷いた。

カエルが躊躇なくノブを捻り、奥に押すが、ガチャンと言う音と僅かに動く扉、どうやら鍵がかかっている様だチェーンが緊張され、チャリと軽い金属音を立てた。

「やっぱ鍵が掛かってんなぁ…」

カエルは呟きながらポッケを探る。

「諦めて帰ろうぜ」

そう提案するが、カエルは縦には首を振ってくれない。

まただ…また背後、つまりフロントの方向から気配を感じる。

カエルはそちらを向かずとも、嫌な笑みを浮かべている。

俺は堪らなくなり背後を振り向き、後悔する。

目が合った、さっきと同じ女なのだが、顔がこっちを向いている。

遠目越しににも、分かる、目が合っている。

首だけが此方に捻れ、体はさっきと同じ方向を向いていた。

「カエル!!やばい!早く帰ろう!!」

俺は堪らなくなり絶叫した。

バキンともバカンとも付かない音が聞こえる。

カエルが手斧でチェーンを叩き切ったのだ。

その音とほぼ同時にガチャリと言う音が聞こえる。

鍵が…開いた…?

女が笑った気がした。

カエルが扉を開けその中へ消える、後を追い慌てて俺も中へと体を滑り込ませた。

「カエル…見たか?さっきの」

震えながらおれは問いかけるが、カエルは嫌な笑みを浮かべたまま、なんのこと?とシラを切る。

こいつが気付いてないはずがない。

扉の中は、映画やドラマと同じような空間、そう、霊安室だ。

だが、中は異常に荒れているように思えた。

「なぁ、なんでこの病院が潰れたか知ってるか?」

不意にカエルが口を開いた。

「いや…知らんな…」

そう言うと、カエルは続けた。

「今から10年前くらいにな、〇〇橋で事故があったんだわ」

「車と人の接触事故、跳ねられたのは女で、その先に対向車が来てて、2度跳ねられた」

小さな部屋にカエルの低い声が響く。

「一回目で即死だったそうなんだが、2度目でタイヤに巻き込まれて首がこう…捻れていたそうだ」

そう言いながらカエルは自分の首を手でグイッと捻ってみせた。

「で、その遺体が一時収容されたのがこの病院」

背筋がゾクゾクする。

ガチャリと背後から音が聞こえ、俺は勢いよく背後を振り向いた。

扉が少し開いており、そこからは顔が覗き込んでいたのだが、バタンという音とともに勢いよく扉は閉められた。

足が力をなくし、おれはその場にへたり込む。

「やられたな…」

とカエルが真顔で呟いたそう言いながらドアへと近づき、ノブを捻る。

ガチャンとドアが少し動くが開かない。

また鍵が掛かっているようだった。

「鍵かかってんの?」

と震える声で問いかけるとカエルは頷く。

開ければいいじゃんと思いしたからノブを覗き込む。

が、ノブの正面には鍵はなくのっぺりとしていた。

「閉じ込められた」

とカエル。

何時間そうしていただろうか。

その部屋には窓はなく、光はペンライトの僅かな光量のみそれもあと何時間もつか分からない。

カエルはと言うと、何やら壁をマジマジと見つめていた。

キン…ボッと言う音とともに淡いオレンジ色の光が漏れるとジジと何かが燃える音がした。

カエルの方を見やると、タバコに火をつけているようだった、呑気なものだ。

そのタバコの煙を今度は見つめている。

タバコは真上ではなく、壁の方へと流れている。

「おい『俺』、俺の上着から工具セット出してこっちに寄越してくれ」

俺は無言でカエルのアロハシャツの胸ポケットから工具の入った袋を取り出し、カエルに渡す。

するとカエルはその中からマイナスドライバーを取り出し、それを壁へと押しやると、勢いよくそのケツを手斧で叩きつけた。

カァーンと鋭い金属音とともに、劣化した壁にマイナスドライバーが穴を穿つ。

穴からは陽の光が差し込んでいた。

時計を見ると午前7時ごろ。

その調子でカエルは壁に穴を開けていくと、今度は穴で円を描いた壁を蹴りつける。5度ほど繰り返すと、バガと壁に人が1人潜れる程度の穴が開いた。

カエルはこっちを向くと、なんとかなったなと笑みを浮かべた。

長い夜が終わった。

俺は安堵の溜息をこぼし、穴に体を滑り込ませた。

背後から気配はしたが、振り向く勇気は無かった。

「い"どぉ…フぅア…」とあの女の声が聞こえた気がした。

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