高校3年の秋。
俺は友人である『カエル』の部屋でビデオを見ていた。
それも、ただのビデオではなく、呪いのビデオだそうだ。
内容は違えど、『貞○』のような感じだ。
ただ、その呪いのビデオをカエルは大量に所持していた。
それを、カーテンを締め切り真っ暗にし、ろうそくの明かりが1つだけ灯る部屋で1人で見ていた。
それも、一昨日の深夜からだ。
いや、正確には1人ではないこの部屋の主カエルは部屋の隅にあった段ボールを布団がわりに寝息を立てている、実にいいご身分だ。
俺の使命は1つ。
「その蝋燭が消えたら俺を起こせ」
つまり、蝋燭が消えたらカエルを叩き起こす。
ただ、今の所蝋燭が消えたことはない。
蝋が溶けて使い物にならなくなったものを取り替える時以外は、だが。
時たまカエルが勢いよく起きたかと思うと、鼻を鳴らし寝る。
ビデオが砂嵐になれば、テープを交換する。
蝋が底をつき、新しい蝋燭に交換する。
そんなことを繰り返し、俺は頭がどうにかなりそうだった。
時刻は深夜3時を回った頃、不意にテレビがブツンと音を立てて電源が落ちた。
蝋燭はまだ灯ったままだ。
「おいカエル、テレビが壊れたぞ」
そう言いながらカエルのほっぺたをペチペチと叩くと、鬱陶しそうにその手を払うそぶりを見せ目をうっすらと開いた。
「テレビ…?てかお前まだ居たのか…」
「ビデオ全部見終わるまで帰さんって言ったのは誰だよ?」
とカエルのモチモチの頰を思いっきりつねってやる。
「あー…そう言えばそうだった…」
状態を起こし、俺の頰をつねり返してくる。
負けじと頰の捻りをもう半回転…
習ったようにカエルももう半回転…
こうなったら俄然本気だ、カエルが泣くまで捻るのをやめない!
そう心に決め、5分後、俺はあっけなくギブアップ宣言を出した。
カエルの頰は真っ赤だ、おそらく俺も。
「気分転換に散歩でも行くか」
とカエルが部屋のドアを開ける。
キィと嘶き、ドアが開くと、一瞬何かが部屋の前の廊下を走り去って行った。
散歩に行くのは良いが、廊下に出るのが怖すぎる。
俺は小走りで先々と玄関へ向かうカエルを追いかけた。
「おいカエル、さっきのは?」
靴を履きながらカエルに問いかける。
「お前が闇を覗いてくるもんだからあっちの住人もお前に興味深々なんちゃう?」
あっけらかんとこう言うのだ。
散歩とは言っていたが、カエルは何処に向かっているのだろうか?
気になり聞いてみるも、「散歩」
としか返ってこない。
気付くと俺たちは竹林の中にいた。
ああ、地元にこんなところがあったんだなぁ
と妙な関心を覚えていると、カエルが立ち止まる。
「どうしたん?」
俺が訊ねると、カエルは口元に人差し指を当てる。
俺たちの斜め右正面、誰かの気配がする。
気配を辿り、竹林の奥を除くと、女が立っていた。
「何してるんやろ?」
「これはまたレアな…」
カエルは嫌な笑みを浮かべて女の挙動を観察していた。
なにぶん距離があるため、細部は分からないが、何かを機に打ち付けているようだ。
「あれ…カエル?あれって…」
不気味な笑みを浮かべる口角を更に上げるカエル。
それが答えだった。
短説に言うと、丑の刻参り。
女がこっちを振り向いた気がした俺は情け無い叫び声を上げてしまった。
気付かれた、確実に。
女は完全にこちらを向いており、更には歩み寄ってきていた。
「あぁあああああ…みぃられちゃったぁあ…」
その声は怒りとも悲しみともつかない、別の何かに満ちていた。
逃げなければ、そんな思考とは裏腹に体が動かない、腰が抜けている。
「か、カエル、腰が」
そうカエルに訴えたが、カエルは表情1つ変えずにただ呆然と女を見ていた。
「ふふははぁはあ…」
女が近づいて来ている、狂気に満ちた笑い声を響かせながら。
「カエル!逃げな!!」
俺が声を振り絞るが、カエルは動かない。
女との距離はもう3mもない、今ならハッキリとその顔を確認できる、真っ白な肌に、ボサボサの頭、目は血走っていた。
不意に電子音が鳴ると、女は踵を返して闇に消えていった。
次の日、カエルと商店街を歩いていた。
昨日のことは恐ろしすぎて聞くこともはばかられた。
「こっちだ」
カエルがそう言いながら、人通りの少ない裏道へと入っていった。
カエルが足を止めたのは3階建ての小さなビル。
中は薄暗い。
奥に誰かいるのが確認できた。
カエルが入り口へと入って行くので付いて行く。
廊下の突き当たりには、『呪い屋』と書かれた木の板があり、その横に女が座っていた。
「あら?昨日の?」
女が不意に口を開いた、その目はジッと俺を見つめていた。
フラッシュバックする。
あの女がなんでこんなところに?
昨日見た時とはまるで雰囲気が違っていたが、間違いなくあの女だった。
そこからは長い話になるので、要約すると。
彼女は今年大学を卒業し、携帯会社に就職しているOLだった、呪い屋は副業で、どうやらカエルとは旧知の間柄のようだった。
彼女の話はまた別の機会に話そうと思う。
作者亮乃亮