俺が大学一回生の頃の話。
その頃、俺の地元ではある奇妙な噂がまことしやかに囁かれていた。
「○姫幹線に幽霊のライダーがでる」
その噂を親切でオカルトの世界にどっぷりと浸かっている友人、『カエル』に情報提供して見たのだが。
「はぁ?何今更そんな噂引っ張り出してきてんねん」
と嘲笑された。
「カエルは見たことあるん?」
その質問にはカエルは無言で返してきた。
2人の間になんとも言えない静寂が訪れた。
「顔がな、無いんだ」
少ししてカエルが口を開いた。
なんとも見てきたかのような口ぶりだ。
「やっぱ見たことあるん?」
その問いにはカエルは答えない。
妙な感じだ、オカルト関係の話でこんなに食いつきの悪いカエルは初めてみる…気がする。
その日は夕方早くに解散し、気付くと俺は例の○姫幹線で二輪を走らせていた。
ふと時計を見ると19時過ぎ、晩飯を買うために○姫幹線沿いにあるコンビニの前にバイクを止め、コンビニに入った。
店内に「いらっせー」という気の抜けた挨拶が響く、客は子供連れの女性と中年の立ち読み客、俺は弁当のコーナーへと足を運ぶと、ミックスサンドと、少し迷い、唐揚げ弁当を手にし、レジへと向かった、その時だ。
軽快な入店音と共に男が入ってきた。
妙なのは頭だ、フルフェイスのヘルメットを付けたままでだ。
店員の方を見ると何やら作業をしているのかそっちを見ようともしない。
他の客もその男にめを向けることなく買い物を続けている。
男はゆっくりとした足取りでレジへと向かい店員に声をかけているようだ。
店員は後ろの棚から赤マルを手にし、その男に確認を取る、すると男は小銭入れから410円取り出し店員に手渡しをすると踵を返した。
すかさず店員に声をかける。
「すみません、あの人を一体何なんですか?」
「あー、あの人ですか、私もよくは知らないんですが、店長と何か関わりがあるらしくて、メットとって入店してきたことはないですね」
そう言いながら弁当とミックスサンドのバーコードを読み取る。
「ありしたー」
と言う店員の間の抜けた挨拶を背中に受けながら店から出ると、先ほどの男がタバコを吸っていた。
メットは取っていない、口元だけ出るようにメットをずらして吸っている。
俺は男の側へと歩み寄り懐からタバコを取り出した。
「あの…突然すみません」
そう切り出したのは俺だ。
男がこちらを見やった。
「?どうしました?」
普通の人だ、背は180はある、上はシングルのレザージャケット、パンツは黒っぽいジーンズを履いている。
「メット取らないんですか?」
俺がそう問いかけると男は申し訳なさそうに笑い
「これ取っちゃうと怖がっちゃう人がいるんですよね」
と言うのだ。
「何かあるんですか?」
「気になります?」
男が声のトーンを落とした。
「まぁ…人並みには」
俺がそう答えるのを待たずに男はヘルメットを脱いだ。
顔が無かった。
いや、正確にはこの表現は適切ではない。
口の少し上辺りから包帯がミイラのように巻かれている、鼻のあるべき場所にそれはなくのっぺりしていて、右目は包帯で隠されたままだ。
愕然とした俺を横目に男は再びメットを被った。
驚いたのはその次の日だ。
そのことを興奮まじりにカエルに話すと、カエルは鼻で笑い、一枚の写真を俺に手渡してきた。
目を落とすと、カエルともう1人男がお互いのバイクに跨っている。
男は見るからに好青年で、鼻は筋が通っており、短髪で、切れるように鋭い目付きをしていた。
「この人は俺のバイクの師匠」
とカエルが写真の男を指差しながら言う。
現役の白バイ隊員なのだが、2年前に暴走車の事故に巻き込まれ、口から上の『顔』を失ったのだと。
命を取り止めたのは奇跡だったらしい。
ここからはカエルの話になる。
2年前事故を起こした高橋さんは回復し、退院したのだが、その頃から妙な噂を耳にするようになった。
『体の無い』ライダーが夜な夜なバイクで○姫幹線を走っている、と。
それが、昨日お前が言っていた幽霊ライダーだ。
それからカエルは付け加えた。
「高橋さんの『顔』が夜な夜な戻るべき体を探して彷徨ってるんだろうな」
作者亮乃亮