俺がまだ小学年低学年で、『カエル』とも出会ってないころの話。
その頃俺は時たまに不可解なものを見たり、不思議な体験をしていた。
その一角の話だ。
小学校の友達の家の帰り道、必ず通る小道が有るのだが、そこには少し変わった物があった。
10段ほどのピラミッド状の石段の上にお地蔵さんがちょこんと立っている。
それが1つならばまだ良いのだが、2つ、それも上のお地蔵さんが向かい合うように立っているのだ。
その建造物の裏側には墓地があり、俺はいつもそこの前を通る時はあまりお地蔵さんを見ないように下を向いて歩いていた。
お地蔵さんを見ていると、その首が今にもこちらを振り向かそうで怖かったのだ。
その日、友達の家で旧作スマッシュブラザーズで大はしゃぎし、気づくと時刻は20時を指していた。
「あ、やばいかも」
俺がそう呟くと
「もう8時やん「俺」やばいんちゃん?」
その頃の俺の家のルールで、18時を過ぎると鍵を閉められるという理不尽極まりない罰があったのだ。
慌てて友達の家を飛び出し、帰路に着く。
少し歩くと、例のお地蔵さんの前を通り過ぎようとしていた。
いつものように少し俯きながら通ろうとした。
ふと左上の端に何かを見た気がし、足を止めた。
何かの気配を感じる気がする。
振り向くかそのまま無視するかの葛藤、俺は振り向くことを決断した。
あの頃の俺はまだまだ子供で、興味心には勝てなかったのだ、今ならば迷いなく無視することを選んでいただろう。
俺が振り向くと同時に、それは声をかけてきた。
「こんばんは」
「こ…こんばんは」
ペコリと頭を下げた。
顔を上げる。
お地蔵さんの立つ段の3段目くらい、そこにはまだ若い女性が足を組んで座っていた。
「もう遅いのに何してたの?」
「友達の家でゲームしとった」
普通の人のようで良かった…。
「おねえさんはそんなとこで何しとん?」
「ん?ああ、おねえさんはここで少し休憩してるのさ」
あまり耳にしない標準語に少したじろぐも、俺も段の上に登り、おねえさんの横にちょこんと座った。
「君すごいフレンドリーだね、おねえさん悪い人かもしれないよ?」
おねえさんは無邪気に笑う。
「おねえさんは悪い人じゃない…と思う」
俺はまよわず答えた。
おねえさんは少し驚いたように目を丸くしていた。
近くで見ると綺麗で何処か可愛らしい人だった。
「おねえさんはもう大人なん?」
そう俺が問うと
「何歳に見える?」
と返してくれた。
うーん…と俺は腕組みをし首をかしげる。
「高校生位?」
「ふふふ」
おねえさんは口に手を当て笑った。
「君名前はなんて言うの?」
「俺は『俺』やで」
「『俺』君かぁ」
近くで見て初めて気づいたのは、おねえさんの服装だった。
あまり見たことのない服装。
時代劇で見たような見なかったような、そんな服装だった。
「今日はお祭りだったんだけどね…」
おねえさんは少し俯きながらそう言った。
「夏祭り?」
「うん、そんな感じ」
「無くなってもたん?」
「うん、今年も無いみたい」
その頃の俺は祭りが好きな人なのかなと単純にそう考えていた。
そこからはちょっとした雑談や、俺の学校での話を色々とした。
おねえさんは楽しそうに相槌をうってくれていた。
「今日は、月が綺麗ね」
不意におねえさんが空を仰ぎそう言った。
「ほんまやなぁ満月や」
空には丸々とした満月が浮かび上がっていた。
そこで俺は気づいた。
「あ、今何時?」
「9時くらいだと思うけど…?」
「マジで?!?!帰らな!」
そう言うと俺は段から飛び降り駆け出した。
ふと思いついたように後ろに振り向きバイバイと手を振ると、おねえさんは段に腰掛けたまま手を振り返してくれた。
月明かりのせいか、少し寂しそうに見えた。
帰るとお母さんが玄関先に立っており、こっぴどく怒られ、痛いゲンコツをいただいた。
それからと言うもの、意識してお地蔵さんの通りを通ってもおねえさんとは会うことはなかった。
「ーてことがあったんよな」
高校2年生の夏、俺は『カエル』に幼少の頃の思い出話を話した。
カエルはその話を興味津々に聞いていた。
そして、こう一言。
「じゃあ、そこに行ってみよう」
俺が案内し、おねえさんと出会ったお地蔵さんの前へとたどり着く。
着くや否やカエルはそのお地蔵さんを、縦から横からと観察し、何かを見つけたかのようにマジマジと足元を見やった。
「んー…俺もこんなお地蔵さんは初めて見たなぁ…」
とカエルの口から意外な一言。
「マジ?オカルト関連なら知らんことないと思ったったわ」
「アホか、てか、こう言うのを全部オカルトに結びつけんな」
そう言いながら段を上がるカエル。
「3段目のこの辺りでいいん?」
そう言いながら段に腰掛ける。
「あー、そんな感じ!後は足をこう組んで、そうそう!」
と俺はグラビアのカメラマンのように指示を出す。
「で、ちょっと左を向くように…それ!!」
カエルは俺の指示通りに顔を左に向けると、遠い何かをマジマジと見つめていた。
「おい、『俺』あれってなんや?」
カエルが何かを指差すので、俺も段上に上がり、その方向をじっと見つめた。
その方向には赤い何かが建物の間から覗いていた。
「なんやろあれ…」
「鳥居…か…?」
カエルが呟く。
鳥居とカラーリングは似ているがそれにしてはかなり太いように見えないこともない。
カエルは立ち上がり、段から飛び降りるとその方向へ歩み始めた。
一瞬懐かしい匂いが俺を包んだ気がした。
赤いものはやはり鳥居だった。
そこには稲荷神社があり、段上から見ると鳥居が重なって太いように見えていたのだ。
「稲荷か…そう言えば昔この稲荷でやってた祭りに来たことがあるなぁ」
そう言ったのはカエルだ。
「そんな祭りやってたん?」
「ああ、まあ、俺も幼稚園かそこらの記憶やからな、あんま覚えてないけど」
「祭り…祭り…」
俺はその単語に妙に引っかかっていた。
「その祭りって今もやってるん?」
「いや、今はやってない、と言うか、もう随分やってないと思うで?」
なんでも、カエルがあった祭りが原因で何か事故があったらしく、それからはずっと中止のままなのだそうだ。
「事故ってどんな?」
俺が問うも、カエルは首をかしげるだけだった。
その次の日、カエルが何やらニコニコしながら俺に近づいて来てこう言った。
「どんな事故か分かったで」
なんでも昨日俺と別れた後で図書館で調べてくれたのだそうだ。
カエルはポケットから何やら四つ折りにされたクシャクシャの紙を取り出した。
俺は受け取るとその紙を広げた。
12年前の新聞の片隅を拡大コピーしたものだった。
以下は新聞の内容をうろ覚えであるが大まかに書いてみる。
『7月6日、△稲荷神社で行われた祭りに向かった○○さん21歳がその道中、○□号線脇で遺体となって発見された。当時○□号線は人通りが少なく、警察は車と自転車のひき逃げ事故として捜査を続けています…』
その記事の隣には丸く切り取られた顔写真が掲載してあった。
俺はそれを見た時思わず涙が流れるのを止められなかった。
その日、俺はあのお地蔵さんの前へと向かった。
ひき逃げ事故で尊い命を奪った犯人は見つからず、2年前時効で捜査中止となったらしい。
犠牲となった○○さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
作者亮乃亮