【夏風ノイズ】炎天プロムナード

長編15
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【夏風ノイズ】炎天プロムナード

 熱を帯びたアスファルトが、視界の奥でユラユラ揺れている。暑すぎて頭がクラクラ・・・

「いけません!」

 私は自分に一喝した。

「なっ!どうしたよ急に・・・」

「すみません、暑さに負けそうだったのでちょっと気合い入れました」

 右肩に乗った小さな黒い蛇のサキさん。どうやら、妖怪らしい。

「お、おう。いいんじゃねーか~。つーか暑い」

 サキさんはそう言うと私の髪に身体を絡ませ、頭を肩の上に乗せて項垂れた。

「暑いですね~。夏って、感じです」

 夏は嫌いじゃない。特に、今年の夏は。

 兄さんの家に養子として引き取られたのは、今から二年くらい前のこと。元々は一人っ子で、兄弟姉妹のいる生活とは無縁だった。引っ越して来て直ぐの頃は怖い人だと思っていた兄さんも、本当はとても良い人で、突然一緒に住むことになった私に優しくしてくれた。露なんて自分でも変な名前だと思うけれど、兄さんにそう呼んで貰えるのが嬉しい。

「んで、アイツのこと兄さんって呼ぶにゃ慣れたか?」

 不意にサキさんが右肩の上から問いかけてきた。

「へ?はい。まだちょっとしか呼んでませんけど、兄さんです!」

「ん。そもそも旦那様ってなぁ・・・あのシスコン野郎。露ちゃんよぉ、お前もお前だぜ。今まで素直にアイツのことをそう呼び続けるとか、ほんと何者だよお前・・・」

「ん?何者って・・・私は、私ですけど」

「あーもういい。大丈夫」

 そう言ってサキさんはまた肩の上に項垂れた。何が言いたかったのかよくわからなかったけれど、なんだか可笑しくて笑ってしまった。

「それにしてもサキさんって、お身体そんなに小さかったんですね」

 私がそう言うと、サキさんは怠そうに首を上げて「うるせぇ」と力なく言った。

「完全に力を取り戻してねぇからこんなちびっけぇんだよ。つーかデカいよりいいだろ、移動に便利だぜ」

「そうですけど、サキさんってそんなに強いんですね。なんでしたっけ?蜘蛛みたいな妖怪を倒した時に、大きい蛇を出したじゃないですか。本当の実力はあれよりすごいんですか?」

「いやぁ・・・あれはしぐるの中に居たからアイツの力を借りれてただけだ。あれでも本来の力に比べりゃ劣るが、今よりマシだったな。」

「と言うことは、兄さんの力が強かったのですか?」

「おう。アイツの精神を一通り見回ってみたが、一ヵ所だけ強力なバリアが張られてるとこがあって、そこから凄まじい霊力の流れを感じてなぁ。バリアが固すぎて通れなかったから中に何があったのかは知らねぇが、おそらくあそこがしぐるのエネルギーの元だな」

 サキさんは淡々と話した。兄さんの御祖父さんは有名な霊能力者だったらしいけれど、それが関係しているのかもしれない。

「でも、兄さんのお父様には霊感すら無いのですよ?何故でしょうか」

「そりゃ能力者の血筋だからって必ずしも能力を持つ者が生まれるわけじゃねぇよ。そんなことよりお前、もっと自分の能力を磨きたくはねぇか?」

「えぇ、どうして急にそんなことを?」

「だってよぉ~、そんな中途半端な超能力じゃ自己防衛出来るかどうか見てるこっちが不安になってくるぜ。しぐるが霊能力者としてお祓いの仕事を請け負ってる以上、お前にも危険が降りかかるかもしれねぇだろ。それに特訓すりゃ霊感も強くなるだろうから、しぐるたちと同じ世界が見える。一石二鳥だろ~」

「まぁ、確かにそうですけど」

 正直なところ、元々争いごとが嫌いな私は能力のことなんかどうでもよかった。でも・・・

「兄さんたちと、同じ・・・」

 少しだけ羨ましかった。それと同時に、虚しかった。兄さんが私よりも多くの霊を見ている分、それらの存在を完全に理解してくれる人は、兄さんの中から居なくなってしまう。今は鈴那さんやゼロさんたちが居て、同じ世界を見れる仲間が増えたけれど、あの人たちと出会う前まで兄さんにとって霊が見えるのは私だけだった。その私も霊感は兄さんの半分かそれ以下しか無くて、兄さんに見えて私に見えないなんてことがあった時は、いつも申し訳なく思っていた。それだけで、兄さんとの間に見えない壁が出来てしまっているようで・・・その壁の向こう側で、兄さん一人に孤独を感じさせてしまっているような気がしてならなかった。

「サキさん、能力を使いこなせるようになれば、本当に霊感も強くなりますか?」

「お、勿論だぜ!どうだ、やる気になったか?」

「はい、やってみます」

 兄さんには、仲間もお友達も彼女さんもいる。でも、兄さんと一番時間を長く過ごしてるのは私だけ。これからはそうで無くなってしまうかもしれないけれど・・・それでも、今だけは・・・

「私だって、兄さんの一番になりたいんですから・・・」

「・・・おう!そうと決まればこの俺様」

「いっ、今の聞かなかったことにしてくださいっ!」

「なんだなんだ~可愛いじゃねぇか~って、いてぇっ!」

 恥ずかしい。口に出すつもりなんてなかったのに・・・気付けばサキさんをブンブンと振り回していた。

   ○

 植物操作能力。植物にチャンネルを合わせて念力操作する能力を私は持っている。元々自然のものと波長が合いやすいのか、幼い頃から何となく使えた。

「それで、どうすれば上達するんですか?」

 私はサキさんと松林の遊歩道を歩きながら能力のことについて話していた。

「お前自身が能力を使うようになれば直ぐに上達するさ。初めのうちはコントロールが難しいだろうから、俺様がお前の中で霊力を制御してやるよ」

「サキさん、私の中にも入れるんですか!」

「おう。お前の器がどの程度かも知りてぇからな」

 そう言ってサキさんは遊歩道を外れた獣道へ入るように言ってきた。その獣道をしばらく歩いていると、少し拓けた場所に出た。何故か空気も変わった気がする。

「ここは普通の人間は入れねぇ場所だ。妖者か幽霊か、能力を持つ人間しか入って来れん。呪術に“人除け”なんてのがあるけど、それはこういう人の踏み入ることが出来ない場所を模して作られてんだよ」

「へぇ~。なんか詳しくは分かりませんけど、すごいですね」

 正直、恐怖は全く感じなかった。サキさんが居てくれるからというのもあるけれど、私自身も恐怖という感情が少し麻痺しているのかもしれない。

「そんじゃ、ちょっと失礼していいか?」

気が付くとサキさんが私の頭の上に乗っていた。

「あっ、入るんですか?はい、どうぞ」

 私がそう言うや否やサキさんはスッと私の中に入ってきた。心の中に自分とは違う誰かが居る。

(露ちゃん、聞こえるかい?)

「あっ、サキさん?なんか脳内に直接って感じで聞こえます!」

(よし。もう霊力は俺が制御してっから、とりあえず其処らにある植物に触れて好きなように動かしてみろ)

「やってみます!」

 私は近くの木に巻き付いている蔦に左手で触れた。すると蔦は少しずつ動き始め、暫くすると大きく躍動するようになった。

「すごい・・・こんなの初めて」

 私と植物のエネルギーが通い合っている。それをはっきりと感じることができた。軈て蔦が寄生していた木の根までもが躍動し始め、それら全ての司令塔が私であるということを証明するかのように、私の思い通りに動いてくれていた。

(すげぇじゃねーか!でも気を付けろ、そいつらの司令塔はお前だ。植物のチャンネルに吞まれるなよ)

「大丈夫です!もうお友達になれました」

 この植物たちの声が聞こえる。声というには乏しいけれど、この子たちは私を慕ってくれている。それだけは分かった。

(ここまで植物たちがお前に忠実なのはセラピー能力の影響だな。あと、今は俺様が霊力を制御してるから上手くいってるが、自分だけで出来るようにこの感覚を覚えておくんだぜ。とは言っても、暫くはこの俺様が手伝ってやる)

「ありがとうございます、サキさん!頼もしいです!」

(全く素直で可愛いなぁ露ちゃんはよぉ!こうなったら俺様が一人前の超能力者に育て上げてやるぜ!)

 サキさんがそう言い終えた直後、背後から誰かの気配を感じた。念のため植物たちの態勢を保ったまま振り返ると、視線の先には見知った顔の男性が立っていた。

「あっ、長坂さん!」

 兄さんの知り合いで神主さんをやっている人だった。私は植物の動きを止めた。

「露ちゃん!こんなところで何をしてるの?」

 長坂さんは不思議そうに私を見た。するとサキさんが私の中から飛び出し、再び右肩の上に乗った。

「なんだロリコンジジイか!驚かせやがって。あ、言っておくがこいつは渡さねぇぜ。俺のオカズだ」

 サキさんは長坂さんにそう言い放った。

「黙らんか蛇のくせに。と言うかもう出てきたのか、元気そうで何よりだ」

 長坂さんもサキさんにそう言いながら苦笑した。

「サキさん、長坂さんとお知り合いだったのですか?」

「おう、ちょっとしたな。それより長坂、明日あの呪術師坊ちゃんの事務所で俺様の講演会を開くんだが、来るか?」

 そういえば家を出る前、明日ゼロさんの事務所に皆さんを集めてほしいと鈴那さんに伝言していた。サキさんが何を話すのか、詳しくは聞いていないけれど。

「いや、すまんが明日はちと大事な用があって行けないんだ」

「大事な用ってなんだよ。珍しいじゃねーか」

「暇人みたいに言うな。呪術師連盟T支部の支部長、神原さんと面会の約束をしていてな。悪いが明日は行けん」

 T支部の支部長、確かゼロさんのお父様だったはず。そういえば、兄さんも同じようなことを口にしていた気がする。私は少し気になることがあり訊いてみた。

「あの、その面会で話す内容って、さっきの変な現象と関係があるのですか?」

 そう、あれは一体何だったのか。一瞬だけ感じたあの見えない悪意のようなもの。長坂さんは直ぐに分かったようでうむと頷いた。

「俺もあれを感じて外へ出たんだが、直ぐに消えてしまったからなぁ。確証は無いが、おそらく関係している。それで、どうして露ちゃんはサキとこんなところに?」

「あっ、えっと・・・」

私が答えようとすると、サキさんが口を開いた。

「能力の特訓さ。俺様が力の使い方を教えてやってんだよ」

「ほう、やはり露ちゃんにも能力があったか。何かを感じてはいたが、植物を操る能力とは珍しい」

「さっきの見てたのか。スゲーだろ!隠しとくにゃ勿体ないぜ」

「えへへ~」

 なんだか照れ臭い。兄さんに見せたら、同じように褒めてもらえるだろうか?

「おい、出てこい」

 不意に長坂さんが茂みの方を見て言い放った。私もそちらに目をやると、カサカサと草が揺れている。

「何者だ。つーかよく気付いたなお前。流石は禁術使い」

 サキさんも続けてそう言った。

「黙れサキ。いいからそこに居るのは誰だ。出てこい」

 長坂さんがそう言った直後、茂みの中から何かが勢いよく飛び出してきた。それは、黒い毛むくじゃらの怪物。目は赤く光り、犬のようにも見えるが明らかに違う。まるで、悪魔のような・・・。

「サキさん、あれ何ですか!?」

 私が驚きながらそう言うと、サキさんは「分からん」とだけ言い、また私の中に入ってきた。

(露ちゃん、戦えそうか?)

「えっ、私そんな・・・」

 私があたふたしていると、長坂さんが着物の袖から紙人形を取り出し、怪物に向けてそれを飛ばした。幾重にも連なった紙人形は怪物の身体に絡みつき、動きを封じ込めている。

「どこからやってきたか知らんが、日本の妖者では無いな。悪霊か、悪魔か?」

「おい、こいつ倒しちまっていいか?」

 聞こえたのは私の声・・・だったが、私は喋っていない。いつの間にかサキさんが私に憑依していた。

(サキさん!?)

 私が心の中からそう叫ぶと、サキさんの意識はこちらに向けられた。

「急に代わって悪かったな露ちゃん。少しの間借りるぜ」

 サキさんはそう言って意識を再び怪物の方に向けた。

「サキ、とりあえず生け捕ろうと思うのだが、良いか?」

 長坂さんが怪物に視線を向けたまま言った。それに対し、サキさんは笑いながら答える。

「生け捕るってお前、あんな得体の知れないモンを!?つくづく闇が深い人間だなぁお前は」

「何とでも言え。壺にはいるだろうか?」

 長坂さんはそう言いながら小さめの壺を懐から取り出し、怪物に歩み寄った。怪物は長坂さんを睨みながらグルルルルゥと唸っている。

 その刹那、怪物を取り囲むかのように閃光が走った。

「何だと!」

 長坂さんはそれに驚いた様子で身を引いた。

「イズナか」

 サキさんがポツリと呟いた。怪物を囲っている光をよく見ると、高速で走り回っている数匹の狐のような姿がうっすらと確認できる。

 イズナたちは怪物に攻撃を加えながらグルグルと円を描いている。余りに不思議なその光景に私は見とれてしまった。軈てイズナたちは怪物を呑み込むかのような形で包み込み、暫くすると動きを止め、高速で私の後ろへ走り去っていった。

「おいおいマジかよ。イズナなんて久々に見たぜ!」

 気が付くとサキさんは私から出ていたようで、また私の右肩に乗りながらそんなことを言っている。私は先程イズナが走り去っていった方が気になり後ろを振り向くと、そこには見覚えのある女性の姿があった。女性は私と目が合うと軽く微笑み「お久しぶりね」と一言だけ言った。

「えっと、お祭りのときの方ですよね?」

 私の問いに女性は頷いた。

「そうよ。呪術師連盟T支部の幹部、市松。しぐる君の義妹ちゃんよね?この前はしっかりご挨拶出来なくてごめんなさいね」

「あっ、こちらこそ。露と申します。あ、ええと・・・助けてくださってありがとうございます!」

 私は慌てて頭を下げた。

「いいのいいの。怪我が無くてよかった」

 そう言って市松さんは微笑んだ。綺麗な人だ。

「次から次へと・・・あの程度の怪物じゃ俺様と露ちゃんだけでも倒せたな」

 サキさんが自慢げに言った。それを見た市松さんは「あら」と声を出し、また微笑んだ。

「もしかしてしぐる君の中にいた蛇さん?元気になったんですね~」

「あ?俺の存在は一体どこまで認知されてんだよ。市松とか言ったか?俺のことは誰から聞いた?」

 サキさんはそう言いながら市松さんを睨み付けた。

「ちょっとサキさん!助けてくれたんだから先にお礼を言わなきゃですよ」

 私はそう言ってサキさんの頭を人差し指で小突いた。

「っておい露、今の地味に痛かったぞ。お前あまり調子に乗ってるとその身体乗っ取って・・・」

「お礼を言いなさい」

 私が言葉を制するとサキさんはムスッとして「へいへい」と言った。

「助けてくれてありがとう マル 俺たちだけでは手に負えませんでした マル」

 ふざけながら感謝を述べたサキさんに市松さんはクスッと笑って「どういたしまして」と言った。

「サキさんでしたっけ?あなたのことはゼロくんから聞きました。思ったよりも可愛らしい蛇さんですね」

「あ~そりゃどうも。女ってめんどくせぇなぁ。て言うか露ちゃん、お前さっきの言い方が日向子にそっくりだったぞ」

「えっ、そうでしたか?兄さんにはいつもこんな感じですけど」

「お前、慣れた人には歳関係無く厳しいんだな。俺様は人じゃねーけど、もう慣れたんだな」

 サキさんはそう言ってため息を吐いた。

「だってサキさん、妖怪と言うよりペットみたいなんですもん」

「おいおいこれでも上級妖怪だぞ!今はかつてないほど弱ってるけどよぉ・・・あ、そういえばアイツは?」

 サキさんはキョロキョロと周囲を見回している。それで私も気が付いた。

「長坂さん、どこへ行ってしまわれたんでしょうね?」

 先程まで一緒にいた長坂さんの姿が見当たらない。

「アイツ、逃げたな」

 サキさんがニヤリと笑って言った。

「なんで逃げたんですか?」

 私が訊くと、サキさんは「色々あるんだよ~」とはぐらかすように言った。何だか、色々なことが起こって頭がごちゃごちゃしている。

「あの黒い怪物、日本のものではなかったですね。」

 まるで悪魔みたい・・・市松さんは独り言のように呟いた。

   ○

「しぐしぐ~!今日も泊まっていい~?」

 隣を歩く鈴那がハイテンションでそう訊いてきた。

「お前さぁ、ほぼ毎日うちに泊まってるぞ」

「だって、一人だと寂しいんだもん」

 そういえば、鈴那はアパートに一人暮らしだ。俺はため息を吐いた。

「別に駄目とは言ってねぇよ。て言うか、寧ろ賑やかで嬉しい」

 賑やかで嬉しい・・・俺は言ってから照れ臭くなった。

「やったー!じゃあこれからは一つ屋根の下でずっと一緒だね!」

「なっ!は、まだ早いっつーか、それは・・・都合が悪いときは正直に言うからな」

 照れ隠しが下手くそな自分が情けない。

 炎天直下の道を二人で歩いている。先程まで同行していたゼロは用事があるからと言って別れた。色々な話をした。多くの知識を得た。それら全てが楽しかった。至って平凡な夏の一日が、小さな出来事で突飛な世界へとつながった。日常に隣接している異界への扉を開いてしまった。

「こんな一日も、悪くないな」

 俺は独り言のように呟いた。

「そうだねっ」

 鈴那が前を向いたままそう言った。ふと彼女の顔を見やると、楽しそうに笑っていた。釣られて俺も笑顔になる。

「そうだ。明日、事務所に集まるんだっけ?」

 俺は何気なく気になったことを口にした。

「うん、サキちゃんが色々話すって」

 明日サキが話すこと。それは、俺の妹が殺された事件にも関りがあるのだろう。サキが何をどこまで知っているのか。今日にでも聞き出したいが、サキにもサキの事情があるのだろう。

「あっ、露ちゃんだ」

 不意に鈴那が言った。前方を見やると、家の玄関前に露の姿がある。いつの間にこんな家の近くまで来ていたのか。話に集中していて気が付かなかった。露も俺達に気付き、手を振っている。

「おかえりなさい!」

 そう言って笑う露の右肩に何かが乗っていることにふと気が付く。よく見ると黒い蛇のようだ。

「おい、そこに乗ってるのはサキか?」

 俺がそう言うと、黒蛇は赤い舌をシュルシュルとさせながら笑った。

「よぉ相棒!ご機嫌いかが~?」

「ご機嫌いかが~?じゃねーよ!俺に黙って露とどこ行ってたんだ」

「兄さん、大丈夫ですよ。サキさんいい子ですから」

 露がにこやかに言った。

「そ、そうか~、いい子だったか」

 俺は苦笑した。まるでペットだ。

「サキちゃん、もう露ちゃんのペットみたいだね~」

 俺が思ったことを鈴那が口にした。するとサキはため息を吐いて「やっぱりそう見えるか」と言った。どうやら他の誰かにも言われたらしい。

 俺達は家に入り、居間へと集まった。サキは相変わらず露の右肩に乗っている。

「サキ、露が気に入ったか?」

 俺の問いにサキは「おう」と頷いた。

「今日からここは俺様の特等席な。露ちゃんめっちゃいい匂いすんだぜ!しぐるお前嗅いだことあるか?」

「ねぇよ、あるわけねぇだろ。つーかどんな匂いだよ」

「そりゃ美味そうな匂いが」

 そう言い掛けたサキの頭を露が人差し指で小突いた。

「サキさん、あまり変なことばかり言ってると舌切っちゃいますよ」

「マジか!それはご勘弁」

 どうやら俺が心配する必要は無いらしい。

「いいコンビができたな」

 俺はそう言って苦笑した。サキという蛇の妖怪。こいつが何者なのか詳しくは分からない。でも、長坂さんや十六夜さんとは知り合いのようだった。それなら、無駄に警戒する必要は無いだろう。

   ○

 夜空を見ている。蚊取り線香の匂いが夏を感じさせる。

「あっ、一等星~」

 俺の右隣では鈴那が星を数えている。

「兄さん、お月様綺麗ですね」

 左隣に座っている露が俺の顔を見上げて言った。

「あぁ、綺麗だな」

 ついこの間までは、露と二人きりで夜空を見ていたのに、いつからか鈴那が加わり、そして今日からサキも一緒だ。サキは露の膝の上で気持ちよさそうにしている。どうやら肩よりもいい場所を見付けてしまったようだな。そんなことを考えながらサキのことを見ていると、不意に目が合った。

「しぐる~なに露ちゃんのふとももジロジロ見てんだよ~」

「馬鹿、お前を見てたんだよ」

 そうツッコミを入れるが、多少の下心もあった。

「サキさん、なんか眠そうですね」

 露がサキの身体を撫でながら言った。

「うむ、なんか今日は疲れた」

「妖怪も寝るんだな」

 俺がそう言うとサキはモゾモゾと動きながら「まあな~」と言った。

「寝ても寝なくてもいいんだけど、俺はまだ弱ってるから寝ないと回復出来ねぇんだよなぁ。露ちゃんと寝てれば回復が早くなるんだよなぁ」

 サキは片目で俺をチラリと見てきた。まったく、赤くて不気味な目だ。

「露さえよければ構わないけど、余計なことすんなよ」

「わかってるよ~大丈夫大丈夫~いいよなぁ露ちゃん」

「私は別に構いませんよ。サキさん、なんか可愛いですから」

 サキの「大丈夫」は全く信用できないが、露が楽しそうなのでいいだろうと思った。

 夏の宵、虫たちの静かな歌声が聞こえる。

「鈴那、寝るか」

いつの間にか俺に寄り掛かっていた鈴那に声を掛ける。

「うん」

 小さく短い返事が返ってきた。

 夜空には幾つもの星々が輝いている。それを見ながら、心の中でポツリと呟いた。俺達は今、何処へ向かっているのだろう。

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