中編3
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忘れられない救急出動

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知人の救急救命士が実際に体験した話です。

ある日の夜勤中、1件の出動指令が入りました。

要請内容は84歳の女性、

胸の痛みを訴えて苦しがっており、一緒にいる友人からの119番通報とのことです。

すぐにサイレンを鳴らして現場に急行しました。

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現場は本来、知人の勤務する消防署とは別の署の管轄内でしたが、

その署の救急隊が別件で出動中とのことで、かわりに知人の隊が出動することになったのです。

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現場は築年数の古い借家のようでしたが、

辺りは真っ暗で、呼び鈴を押しても中に人のいる気配はまるでありません。

留守にしているのか、現場を間違えたのかと隊員達は思いましたが、

無線で本部に確認すると、確かに現場はこの家で間違いないようです。

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緊急事態でもあり、やむなく玄関を開けてみることにしました。

すると、玄関に鍵はかかっておらず、隊員たちは家の中に入っていくことができました。

「ごめんください!救急隊です!」

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玄関の中はやはり真っ暗で、人のいる気配がありません。

隊員達に嫌な緊張が走ります。

すると突然、暗闇の向こうからバタバタという足音と叫び声が聞こえてきました。

「みよちゃん!みよちゃん!どこなのよ?ねえどこにいるの?どこへ行ったのよ!」

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救急隊が奥へ駆けつけると、

そこでは暗闇の中、1人の老婆が叫びながら部屋中を歩きまわっていたのです。

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「救急隊です。どうしましたか?」

老婆は答えました。

「わたしのお友達がいないのよ!

ほんのついさっきまでみよちゃんと一緒にいたのよ。

そしたらみよちゃん、急に胸が苦しいって言い出して倒れたから、わたしがお宅さんらを呼んだんだ。さっきまで一緒に話していたんだ。みよちゃん、どこにいるの?ねえ、みよちゃん!」

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知人の救命士はこの時、この半狂乱の老婆は重い認知症なのだろうと思い込んでしまいました。

しかし事が事だけに、事態をきちんと確かめなければいけません。

なんとか老婆を落ち着かせて話を聞きました。

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胸を痛がっていた友達はみよ子さん(仮名)といって、いつもは長男夫婦と市内で同居していること、またみよ子さんの住所も確認をとることができました。

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隊員達は半信半疑でしたが、ともかく事実確認のため、この通報者の老婆を救急車に乗せ、現場から約5㎞離れた場所にあるみよ子さん宅へと向かうことにしたのです。

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みよ子さん宅へ着くと、真夜中にも関わらずなぜか家の明かりが煌々とついていました。

隊員がインターホンを押すと、やがて玄関からみよ子さんの家族と思われる中年の女性が出てきました。みよ子さんの長男の嫁とのことです。

隊員が夜中に訪問した経緯を説明しました。

「このお婆ちゃんが、お宅のみよ子さんという方が胸を苦しがっているということで救急車を呼ばれたのですが、事情はご存知ですか?」

すると女性は絶句し、顔色が変わりました。

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「うちのお母さんならずっと家にいましたが、少し前に急に胸が苦しいと言って倒れて、心肺停止の状態で別の救急車で病院に運ばれたところですよ。

病院へ付き添った夫からさっき連絡がありまして、

残念ながらそのまま亡くなりました」

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後でわかったことですが、

心肺停止状態のみよ子さんを搬送したのは、同時刻に別件で出動中であった、もう1台の救急車だったのです。

知人の救命士が実際に体験した不思議な話でした。

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月舟さん、感想ありがとうございます。
凍りますよね。実際に出動した救急隊達は、出動の帰りの車内でみんな
怖くて無言だったようです。

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