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家具付き格安物件 つづき

中編4
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家具付き格安物件 つづき

部屋を飛び出すと、転がるように実家に逃げ帰った。

手が微かに震えているのが分かった。

震える手を見ると、汗と埃で黒ずんでいる。

あの部屋の埃が全身にからみついてると思うと耐えきれなくなり、たまらず風呂場に駆け込んだ。

蛇口を思い切りひねり、お湯にならないうちから頭からシャワーを浴びた。

眼をつぶると先程の異様な光景がありありと浮かんでくる。

汚れた絨毯、古い洗剤、ひな人形、コインの音、神棚にそして…

ゾクっと背中に悪寒が走り、とっさに背後を振り向いた。

ひっ!

黒い影がゆ~らゆらとすりガラスの向こうに立っている。

顔は分からない。ただそこに立っている。

振り返ったまま、動くことができず、黒い影とすりガラスごしに対峙する。

ドッドッドッドッと、心臓が強く胸を打つ。

すると次の瞬間、黒い影は部屋の奥に滑るように、すうっと消えた。

私はそのまま動けず、固まったまま、すりガラスを睨みつけていた。

「いつまでシャワー浴びてんの!」

母の声でハッと我に返った。

途端に安堵感で全身に血が巡る。

慌ててシャワーを止め、風呂場を飛び出した。

「お母さ~ん!」

脱衣所のタオルを棚から引き出しながら母を呼んだ。

はぁ、良かった。とりあえずお母さんに話を聞いてもらおう。何から話そう…A子の事からかな…

あれ?

母の返事がない。

「お母さ~ん!?」

もう一度呼ぶ。

家の中はシンと静まり返っている。

人の動く気配もない。

緊張感が全身を貫く。

「おかあさ…

shake

ガチャガチャっ

玄関の鍵が大きく音を鳴らす。

身体がビクッと縦に揺れた。

ガラガラガラッ

「ただいま~」

聞き慣れた母の声だ。

私は半泣きで玄関へ走った。

「なになになに!何なのよアンタ裸で!」

「お母さ~ん怖かったんだよ、ヤバかったんだよ~!」

ようやく恐怖と不安から解放され、母にすがりついた。

それから私は母に一部始終を話した。

「あそこの部屋、どんな人が住んでたか覚えてる?」

「うん…まあ覚えてはいるけど…」

「覚えているけど何?!」

濁そうとする母に、言葉尻を強めた。

「あそこんちはね、家族で住んでたんだよ。

あんた覚えてない?同じ位の歳の姉妹がいたんだよ。

ナミちゃんと、エッちゃんって言ったかな。

5歳と3歳くらいだったと思うわ。

あんたも一緒に遊んでたわよ。ときどきね。

お母さんとお父さんと、それからおばあちゃんもいっしょに住んでたのよ。」

ナミちゃんとエッちゃん…?

聞き覚えがあるような…無いような。

全く思い出せない。

「でもあれは酷かった。

大晦日の日ね。

事故にあったのよ。交通事故。

お母さんが運転する車で、おばあちゃんと娘2人乗せて…。

雪が降ってて、スリップしたのね。そこに大型トラックが突っ込んで…。」

「えっ、それでまさか…」

はぁ……

母は大きくため息をつき、目線を下に落とした。

「全員駄目だったの。おばあちゃんが辛うじて息があったらしいんだけど、娘さんとお母さんはほぼ即死状態でね。おばあちゃんも病院に運ばれてしばらく頑張ったけど結局ね…。」

「それで、残されたお父さんは…?」

「本当に可哀想だった。

何でも前日忘年会だかで、お酒を結構飲んでたらしくてね。家族で出かける約束すっぽかして家で寝てたんだって。

警察からの電話で起きた時には…だったんたから。

物凄い後悔だったと思うよ。

まあ気が狂っちゃうわよね。

しばらくこの辺ウロウロしてる姿はあったけど、話しかけても何も聞こえてないみたいで。

だんだん見かけなくなって、その内本当に姿見せなくなったわ。

この地にいるのが辛くて引っ越したのかと思ってたけど…

あんたの話を聞く限りだと、その部屋は当時のままかもね。」

そうなんだ…そうだったんだ……。

結婚もしていない、子供のいない私ですら、そのお父さんの痛みは察するに余りある。

家族で幸せに迎えるはずの大晦日。お正月。

自分が忘年会に行っていなかったら。

ちゃんと起きれていたら。

約束を破らなければ全ての未来は変わっていたかもしれない。

同情するような感情が胸に生まれるのを感じた。

A子、どうしたかな・・

心に少し余裕が出来、A子のことが気になり始めた。

時計は午後20時を回ったところ。

・・・・・うん、怖い!明日土曜で会社休みだし、明日の朝行こう・・。

自分のへたれっぷりに情けなくなるが、仕方ない・・

とりあえず、A子にLINEだけ送っておこう。

” さっきは途中で帰っちゃってごめんね!

お母さんに聞いたけど、その部屋ちょっと訳ありかもよ!

良かったら明日不動産に一緒についてってあげるから行かない?”

意外にもすぐに既読がつき、返信が来た。

”ありがとうございます。明日待っています。”

A子のLINEにスタンプで返し、明日に備えて布団に入った。

あくる日、10時頃A子の部屋を訪ねた。

チャイムを押すが反応が無い。

ドアをノックしてみる。

コンコンコン・・

「A子?起きてる?」

ドアノブを回すと、カチャっと手前にドアが開いた。

「A子ぉ~?」

一階に姿は見えない。

部屋を見渡すが、昨日と変わっていない。

相変わらず、テーブルも棚も埃にまみれていたし、テーブルクロスの染みもそのままだった。

「A子、いないの?」

二階に向かって声をかける。

ギシッ

真上から木のきしむ音がした。

「A子?あがるよ?」

埃だらけの床に、スリッパを持ってくれば良かったと後悔しながら、2階への階段に向かった。

つづく。

Concrete
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