階段の下まで来ると、昨日の最後の光景を思い出す。
ひな壇の脇に立つA子。
こちらをじっと見下ろすA子の表情は、いつものA子とはまるで違っていた。
恐怖心がじわじわと湧き上がってくる。
手に自然と汗が滲み、肩がすくみ上るが、意を決して階段を踏み出した。
ギシ、ギシ、ギシ・・
昨日は気にならなかった音がやけに耳に響く。
ひな壇をそっとすり抜けると、部屋を見渡した。
shake
「!!A子!!!」
A子はいた。ベッドの上に。
目を大きく開けて、天井を見つめながら。
その目は焦点が合っていない。
大きな染みがあちこちにあり、えんじ色の重そうな布団を首まで掛けて、A子は横たわっていた。
「A子、A子!!!!」
半狂乱でA子を呼ぶが反応が無い。
大きく見開いた眼は、ピクリとも動くことなく、天井を見つめている。
「もうっ!!しっかりしてよぉ!!!」
布団をまくり、A子の首の下に腕を回す。
抱き起こそうと体重をかけるが、その身体はびくともしない。
「そうだ、きゅ、救急車!」
がくがくと震える手で、ポケットをまさぐり携帯を出す。
勢いよく携帯が手から滑り落ち、床に落ちてしまった。
「ああっもうっ!!」
焦りと不安と緊張と恐怖と、私はパニックになっていた。
慌てて、携帯を拾い上げようとしたその時だった。
ふと視界にひな壇の端が映った。
30センチほどの隙間を開けて飾られていたはずのひな壇は、
階段を完全にふさぐ形で鎮座していた。
「なんで・・なんで・・・!!」
無機質な人形の表情がより一層恐怖心を引き立たせる。
まるでこの部屋から2度と出すまいと凄んでいるようだった。
恐怖で腰が抜け、ベッドにへたりこんだ。
どうしよう、どうしよう・・・
縋る思いでA子を見ると、天井を見つめていたはずのA子はベッド脇の押入れに目を向けていた。
「なに、何なの・・?」
ぎぎぎ・・・
とA子が上半身を持ち上げ、押入れに向かって手を伸ばす。
不自然な動きだ。まるで見えない誰かに操られているかのように。
「やめて、もうやめてよぉ!!」
私の静止など意にも介さず、その手は襖に手をかけ、ゆっくりと戸を滑らせた。
一瞬目をそむけたが、恐る恐る押入れに目をやると、そこには大量の汚れた布団と座布団が押し込められていた。
大量の布団を見て、ふと、遠い昔、ここには幸せな家族が住んでいたことを思い出した。
ナミちゃんと、エッちゃん。お母さんとお父さん。そしておばあちゃん。
恐怖で頭がおかしくなってしまったのだろうか。
まるで、冷水を頭からかぶったように、さっきまでのパニックが嘘のように収まっていた。
A子は押入れの方に体を向け、うつむいている。
私は、落ち着いて携帯を拾い上げると、119番通報した。
住所を伝え、通話を切ると、部屋をぐるっと見回した。
書棚が目に留まり、アルバムらしきものが収まっているのに気がついた。
オフホワイトの布製の表紙は、年月とともに黄色く変色し始めていた。
少しためらったが、手に取って開いてみた。
バリバリとフィルム同士が離れていく。
そこには、幸せそうな家族の写真があった。
真ん中にお父さん、両脇に娘さん。
色黒で、眉毛が太く、口の大きなお父さん。
この写真はお母さんが撮ったのかな。
あ、この場所、私が昔よく遊んでいた公園。
これは入園式の写真かな・・・。
にこにこと、満面の笑みでこちらに笑いかける写真の中の家族たちに胸が痛くなった。
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あれ・・?
4人家族に、おばあちゃんがいたんだよね・・
交通事故で亡くなったのは確か、お父さんを除く4人・・。
骨壺、5つなかったっけ・・?
仏壇を見ると、手前に2つ。
奥に3つ確かに置いてある。
5人分・・?・・て、ことだよね・・・?
A子を見ると、相変わらず押入れの方を向き、黙ってうつむいている。
・・ポーピーポー・・
サイレンの音が聞こえてきた。
ああ良かった!
肩の力が抜ける。
「A子、もう大丈夫だよ、救急車来たよ!」
A子の顔を覗き込むと、顔を下に向けたまま、大きく目を見開いている。
・・?
何気なくA子の目線の先に目をやった。
shake
きゃああああああああああああああああ!!!
A子の目線の先、押入れの下の段に、
苦悶の表情を浮かべた男のミイラ死体がこちらを向いて座っていた。
押入れの中の壁には隙間なくびっしりと何かが書き込まれていた。
separator
ガシャーーン!
悲鳴を聞きつけ、救急隊員の人が、ひな壇を押しのけて部屋に入ってきてくれた。
「大丈夫ですか?!」
その言葉を聞き、私は気絶した。
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気が付くとそこは病院のベッドの上だった。
ベッド脇には母がいた。
「あぁ、良かった気が付いた。怖かったでしょう。大丈夫?」
力なく頷くと、母がベッド周りのカーテンから外に顔を出し、誰かと話している。
シャッとカーテンが開けられると、そこには2人のスーツ姿の男性が立っていた。
どうやら警察の人のようだ。
遺体が見つかったということで、付近は大騒ぎになっていたようだ。
遺体の発見状況などを簡単に説明して、いくつかの質問に答えた。
そして、刑事さんが説明してくれた。
押入れの中で亡くなっていたのは、やはりあの部屋に住んでいたお父さんだったこと。
自責の念に捕らわれ、神を呪ったり、縋ったり、不安定な日々を送っていたらしい。
神棚が二つあるのも、自分の娘たちは神になったと、二つ並べたんだそうだ。
だけど、もしも神がいるのなら何故娘たちだけでも助けてくれなかったんだと、矛盾に苦しみ、低い位置に取り付け、汚して壊しては直し、それを繰り返していたらしい。
仏壇にあった骨壺も4つは遺骨が入った状態で、恐らく事故で亡くなった4人のもので間違いないということ。
最後の空の骨壺には恐らく自分が入るつもりで置いていたんだろうとのことだった。
ひな人形は娘たちが大好きだったらしく、仕舞わずにいつも眺めていたらしい。
これらのことは、全てあの押入れの中に書き連ねられたいたということだ。
「あ、刑事さん!A子は?!A子は大丈夫なんですか?!」
「ああ、あの部屋を借りた子ね。ちょっと衰弱してるけど大丈夫。この病院に入院してるよ。A子さんにも後で話を聞かなくちゃならない。」
「そうですか・・。よかったです。」
ほっと胸をなでおろした。
数日A子は入院する羽目になったが、すぐに元気になって退院した。
あの部屋での出来事は、なんとA子はほとんど覚えてなく、最後の記憶はキッチンで汚いコップを洗っているところだったそうだ。
全然覚えてないじゃん。A子・・私超怖い思いしたんですけど。
それから半年たって、あのアパートは取り壊されることになった。
今は何もない更地になっている。
あの遺骨や、遺体はどうなったのだろう。
ちゃんとみんなでお墓に入ることは出来たのだろうか。
更地の前に立って、あのアルバムの家族の写真を思い出す。
すると、キラッと地面が光った。
よく見ると、それは外国のコインだった。
ラッキー♪
と、拾う気にはなれず、そのコインに向かって手を合わせ、家族の成仏を願った。
終わり
作者匿名名無子