働いている会社の同僚A子が引っ越すことになったと言ってきた。
引っ越し先はなんと私の実家の3軒隣のアパート。
2階建てのそのアパートは私がまだ小学校のころからあり、
何度か外壁塗装はしているものの、古さは否めないアパートだった。
大きくせりだした2階への階段は、金属製で錆が目立つ。
階段を一段上るたびに、ボンボンと独特の音が響く。
このアパートの一階の一番手前の部屋に引っ越すのだという。
A子はフィリピンから日本へ出稼ぎに来ており、あまり住むところにはこだわりは無いようだった。
家も近いし、引っ越し手伝うよと声をかけると、宜しくお願いします!と頼まれた。
日にちを決め、アパートに行くとすでにA子は玄関のドアを開け放して何やら布団を運んでいた。
玄関からちらりと覗く床は、グレーのけば立った絨毯に古くなった延長コードが転がっており、一目で古さをうかがわせるものだった。
安請け合いするもんじゃないな・・と、後悔しながら部屋に上がると玄関をあがったところに大きなオーディオが積まれていた。
なにこれ!邪魔じゃん!とつい口をついて出てしまい、ハッと部屋の中を見渡すと、大きなテーブル、古い棚、ブラウン管の小さなテレビ、そしてキッチンが狭い部屋の中に納まっていた。
棚は古ぼけて埃がかぶっており、よく見ると棚の中にはおびただしい数の食器が並んでいる。
テーブルにはべたつきがあるような茶色い染みがこびりついたビニール製のテーブルクロスがかけられており、キッチンには見たこともない、黄色いパッケージの食器用洗剤が置いてあった。
ここ、家具付き物件なんです~
A子の言葉に私は驚いた。
家具付きって、、。
これ家具は家具だけど、前の住んでた人だけいなくなっただけの、クリーニングも一切入ってない部屋なんじゃないの・・?
A子のことだからうまいこと不動産屋に言いくるめられたのだろう。
前の住人が帰らなくなって、どれだけの月日、この部屋は放置されていたのだろうか。
ブラウン管のテレビ、昭和の時代にありそうな食器洗剤がその過ぎ去った時代を彷彿とさせていた。
ふと部屋の奥に目をやると、二階へ続く階段が見える。
あれ、このアパートって2階建てだけどメゾネットタイプだったの?
ああ、この一番手前の部屋だけメゾネットになってるみたいです!
とのんきな返事が来た。
そーっと部屋に上がると、足の裏にざらざらとした埃を感じた。
手で払いながら、階段を下から覗いてみた。
一番上に、何か置いてある。
階段の幅は1メートルも無いのだが、上り切った所に大きな金属製の物がふさぐように置かれている。赤い布?のようなものがかけられているのがかろうじて見える。
あれ、何?
ああ、分からないです。私まだ2階あがったことないです!
キッチンでどろどろの何かが付着したガラスのコップと格闘しながらA子は言った。
私は恐る恐る階段を上ってみた。
一段一段上がっていくと、そのものが何なのか見覚えがあった。
と、同時に背筋にゾクっと電流が走った。
ひな人形だ。
階段の一番上に、ひな人形が階段に背を向けるように置いてある。
階段の下から見えたのは、ひな壇の裏側だ。
なんでこんなところに・・・・
30センチほどの隙間から体をねじらせて2階に上がると、7段飾りのひな人形が静かに暗闇の中ただずんでいた。
トントントントンとA子も上がってくる。
2階の窓、開けましょ~
A子はひな人形に気が付いたが、そこまで気にならないようだった。
窓を開けると、古ぼけた机、書棚、ベッドが置いてあった。
かびくさい匂いがつーんと鼻の奥に抜けていった。
古ぼけた机の脇にビニール袋が落ちていた。
A子が拾い上げると、中には大量のコインが入っていた。日本の小銭の他にいろいろな国のコインが入っていた。
よく見ると2袋落ちている。
ラッキーです♪
A子はビニール袋をじゃらじゃらと鳴らしながら笑顔で言ったが、私は余計怖くなった。
さすがにお金を置いたまま引っ越すなんてありえない。
この家具の配置といい、残った荷物といい、忽然と消えた前住人に一段と背筋が寒くなった。
これ、何ですか?
A子が私の背後に向かって指を指している。
振り向くとそこには、神棚が祀ってあった。
しかし普通じゃない。
なぜか神棚は隣同士に二つ並んで、そして通常では考えられないくらい低い位置に取り付けられていた。
片方は社の戸が開けられており、中には黒と白の人型の形をした何かが入っていた。
片方は、白い小瓶に榊の葉が飾られてあったが、その葉は青々としている。恐らく造花なのだろう。
両方とも埃がまんべんなく被っていて、葉が飾られている方は茶色いドロドロしたものが背後の壁と神棚にべったりと広がっていた。
これは、多分神棚・・なのかな。
神様を祀るものなんだけど・・本来の取り付け方とちょっと違うから、ちょっと変だね・・。
混乱しながら、A子に説明する。
A子は不思議そうに社の中を覗き込み、机の周りに雑然と敷いてあった長座布団を畳み始めた。
神仏を祀る神聖であるべき神棚が、見たこともない状態で飾られているのは本当に気持ちが悪かった。何か特殊な宗教なのだろうか。
ふと神棚の隣に目をやると、壁に両面開きの扉の取っ手が埋め込まれている。
扉は格子状の柄になっており、何だか嫌な予感がした。
恐る恐る扉を開くと、もうっと埃が舞い上がった。
案の定、それは仏壇だった。
奥行きがかなりあり、立派な作りだった。
shake
!!
仏壇の中ほどに、3~40センチ四方の四角い箱が包まれて置いてある。
・・お爺ちゃんが数年前に亡くなったときに見たことがある。
これは・・・骨壺・・・・!
A子!嫌だ!これ、骨壺!!骨壺があるよ!!
よく見ると一つじゃない。
むき出しになった木箱、紫色の風呂敷で包んであるもの、
奥にも並べておいてあり、骨壺は全部で5つもあった。
後ずさりしながらA子を必死に呼ぶ。
コツツボって何ですか?
これ、血の跡みたいですね!
A子が広げた長座布団に茶色いような赤黒いような染みが付いていた。
ごめん、私もう無理だ!帰るよ!
私は半ばパニックになっていた。気持ち悪い。怖い。汚い。怖い。怖い怖い怖い。
ひな人形を倒さないよう、慎重に隙間をすり抜けると一気に階段を駆け下りた。
一階について、上を見るとひな壇の隙間からA子がじっとこちらを見下ろしていた。
顔つきがいつものA子じゃない。
何も言わずに私は部屋を飛び出した。
つづく。
作者匿名名無子