随分前に父から聞いた話なので、多少記憶違いもあるだろうが許してほしい。
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父の知人に、Aと言う男性が居た。
Aは一人暮らしをしている社会人で、ちょっと見えてしまうだとか、そう言ったことは特に無い普通の人だった。
生活も至って順調。
多少仕事が辛い事もあったが、問題と言う問題は起こっていなかったらしい。
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このAの住む家の近所には、少し寂れた商店街になりきれない程度の道があって、
車を持っていなかったAは、駅からいつも歩いて帰っていたそうだ。
だいたい夕方。
変動する事も時々あったが、丁度夕暮れが綺麗に見える時間に、Aはその道を通っていた。
別に変わった店があるとかも無かったし、本当に普通の道だったのだが、
1つだけ、ほんの少し気になることがあった。
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と言うのも、
道の途中に明らかに人が住んでいない、壁や扉に蔦がびっしり絡みついた二階建ての廃屋があって、
その無人の家を見上げて、
立っている男が居た。
サングラスを掛けていたので、どんな顔をしているのかは正確には分からなかったのだが、
ただじっと、何もせずに家を見ている事だけは、なんとなく分かったらしい。
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男は、ほとんどいつも同じ場所に立っていた。
行動は一貫して変わらなかったが、どうも夕暮れ時にだけ、そこに居るようだった。
本当にいつもいるので、変わった人だとは思っていたが、特に何をされただとか害があった訳でも無かったので、
あまり気にしないようにはしていたが、いつものその男の前を通る時だけは、
少しだけ不気味に感じていたらしい。
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そんなある日、Aはいつものように廃屋の前で男を見掛けた。
その日のAは、仕事で多少ミスをしてしまい、若干自暴自棄になっていたようで、
つい、いつもなら素通りする男へ、
「何してるんですか?」
と聞いてしまったらしい。
男は何も答えなかった。
いきなり知らない野郎に話し掛けられても、そりゃそうだなと、
Aは軽く男に詫びてから帰路に戻ろうとしたが、
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「知っていますか」
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ぼそっと、男はAにそう聞いてきた。
「はい?」
Aは思わず聞き返して男を見たが、
男は相変わらず正面の、廃屋を見たまま。
ただ、
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「知っていますか」
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もう1度、聞かれたので、
「何がですか?」
と聞くと、男はぽつりぽつりと語りだした。
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「ここの噂ですよ。
ここには女が1人で暮らしていたんですよ。
若い女だったので、恋人も居たそうで……。
まぁそこそこ、上手くはいっていたようですよ。
可もなく不可もなく…………ただ。
いつ頃だったか、確か今日みたいな夕暮れ時に、
その女の死体が見つかりましてね、
遺体の状態から、すぐに他殺だと分かったそうです。
と言うのも女は、滅多刺しだったそうで。
丁度恋人の男の行方が分からなくなっていたので、
痴情のもつれと言うことで、
その男を容疑者として探し始めたんですよ」
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男があまりにぼそぼそ話すので、
最初のうちAは内心、面倒臭い人に捕まってしまったと思ったそう。
だが野次馬根性と言うか、なんと言うか。
男の話に興味を持ってしまったらしく、Aは男にまた聞いた。
「それで、男は捕まったのですか?」
そうすれば、男は話を続ける。
相変わらず、Aの方は一切見ないまま。
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「いいえ。
女が殺されてから幾許かして、
この家で例の男を目撃する人が何人か出てきたそうなのです。
やはり今みたいな夕暮れ時に、
丁度あの窓に、男が立っているのを見た人が。
ただ奇妙な事に、全員少し目を離した隙に、
ぱっと、まるで煙のように消えてしまったそうです。
よく犯人は必ず事件現場に戻ってくると言いますが、
それにしては頻度がいやに高すぎるし、何より立ち入りが制限された事件現場に、
どうして誰も気付かずに入る事が出来たのか……」
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夕日の赤が濃くなってきた頃、
Aはすっかり男の話に夢中になっていた。
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「それからまたしばらく経った頃、
今度は男の遺体が見付かったそうです。
死亡時刻は女が殺された日と同じだったそうです。
だから誰も、男を捕まえる事が出来なかったし、
男は誰にも気付かれずに家に入る事が出来た。
或いは、初めから居たのかもしれませんが……。
当たり前ですよね、死んでいたんですから」
「男は幽霊だったと言う事ですか?」
「恐らく。見ていないので知りませんがね」
「それなら犯人は別に居たことに」
「ええ、女の浮気相手でした。
何故男と女の遺棄場所を変えたのかは分かりませんが、
大方、独占欲か何かだったのではないでしょうかね」
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気が付けば、そろそろ日が落ちる程に時間が経ってしまった。
Aは急に何故か猛烈に帰りたくなり、男に一言礼を言って帰ろうとした。
正直に言えば、話を聞いている間はさっぱり無くなっていた不気味さが、急に戻ってきたらしい。
男は一貫して、噂話を話すように語っていたが、
それにしては知っている事が多過ぎる。
最も、Aがそう思ったのはだいぶ後になってからだそうなので、
その時はただ酷く帰りたかったそう。
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会釈して男の後ろを通り過ぎた時に、
また、
「知っていますか」
そう男に言われてAはぞっとした。
今度はAは何も反応しなかったが、男は構わず続けた。
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「男の遺体なんですがねぇ、
両の目がくり抜かれていたそうですよ」
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Aは男を見ずに走って、それから、
全身がガタガタ震えていたと言うのに、
曲がり角で隠れながら振り返ってしまった。
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遠くの方で、男がじっとAを見ていた。
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サングラスな上に離れていたので確かな事は言えないが、
背後から夕日に照らされた男の目が、
異様に暗く見えたそう。
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Aはその後、二度と振り返らずに帰り、その道を通る事も辞めたそうだ。
作者三屋敷ふーた(")
この話は昔聞かされた時にもう少し詳細に聞かされていましたが、再び父に聞いたところ、忘れたの一点張りでした。
曰く、
「あれは覚えてない方が良いから忘れた」
のだと。
私は男が何だったのか知らないし、Aがその後どうなったかも分かりません。
そもそも本当にそんな事件があったのかどうかも、定かでは無いです。
ただ父があまり良い顔をしない時はだいたい何かあるので、もしかしたらこれを書いてしまったことで何かしらあるかもしれませんが、そんな感じの話が投稿された時は察してくださればと。