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【咎塗れの恋】第1話

「呪ってやろうと思いました」

淡々と女は言った。

梅雨が明け、本格的な夏がやってきた。

冷房のきいていない部屋の中で、女は少しも暑がる素振りを見せない。

突然呼び止められて、狭苦しいワンルームの部屋に押し込められたのに、文句一つ言わないどころか逃げ出そうともしないから、拍子抜けもいい所だった。

だらりと額から流れた汗が、輪郭を辿って落ちていく。

普段なら不快に思う雫が、今は自分がきちんと息を吸って生きている証明のようで、どうにも言葉が出なかったのは、ひとたび口を開けば、女の纏う空気がやれ侵そうと牙を向いてくる。

そんな幻に呑まれたような気分だったからだろう。

初めに、関わろうとしたのは女ではない。

むしろ女は一貫して同じ態度であったのに、一筋、結んでしまったのはこちらの方。

だと言うのに、今、女に対して畏怖の視線を向けているのだから、笑い話もいいところだ。

お世辞にも好意的ではない感情を一方的に注がれても、目の前の女は微動だにせず、加えて感覚を遮断してしまっているように見えた。

用意された椅子。

用意された机。

用意された冷たいお茶。

少し背中を丸めて座る女は、ただ聞かれた質問に、持っていた言葉を返しただけ。

どこにも向いていない、何も見ていない瞳孔は、時々薄い皮膚に隠れては現れる。

抑揚の無い声は、何故か深く心の内にぶち当たってきた。

"この手が動いてしまわなければ、"あれ"はまだ人で居られたのに。"

目を覆いたくなるような現状を、女はどう思ったのだろう。

この目には、"あれ"がどう映ったのだろう。

知りたい。

知りたい。

知りたい。

喉が鳴った音に反応したのか、初めて女がこちらを見た。

「方法なんてなんでもいいんです。

ただ呪いたかった。

呪ってしまいたかった。

だからやったんです。私は」

一瞬足りとも躊躇しない。

女の世界で"あれ"を打ち明ける事は、戸惑う必要がない、ごく当たり前の話なのだろう。

間違っていない事も正しくない事も、恐らく女は知っていて、その上で言ったのだ。

自分にとって最大の答えを。

それに伴う罰も受け入れて、ただひたすら素直であろうと。

だから、哀しい。

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「君は……僕だよ」

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息をする以上に、残酷なことを僕は知らない。

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第一の不幸。

GW明けの中途半端な時期に、転校しなくてはならなくなったこと。

お陰様で物珍しいものを見るような、不躾な視線は当分収まらないのだろう。

第二の不幸。

俺はこれと言って、突飛出て頭が良いとか容姿が優れているとか、そう言った面での"人とは違うもの"を得た人間ではないと言うこと。

つまりこれから先の質問には、ほとんど腑に落ちない答えしか返せない訳だ。

第三の不幸。

平に凡を兼ね備えた俺ではあるけれど、少しばかり"並"ではない箇所がある。

それに長年苦しめられた訳で、かつ今回のこともそれが原因。

だからと言って、人に話せるようなことではない。

仕方がないから転校理由は、無難に"親の都合"のカードしか手持ちがないのだが、それでは季節外れの転校生に対して、周りの反応は許してはくれないだろう。

人は得てして、特別なことを望む生き物なのだ。

長期休暇後にやってきた転校生に、まさか在り来りな業しかない筈がない。

そう考えて、理不尽な期待を押し付ける。

変わらない日常を変えるのに、他者の力を有し、あわよくば甘い蜜を啜ろうと目論むのだ。

全く浅はかな生き物。

と、だいたいの本質を知っていたところで、俺が彼らの期待に応えてやる義理は無いし恩もない。

故に俺の反応は、

「親の都合で転校してきました」

のみ。

大まかなことは自分達で想像してくださいスタイルだ。

屈折している?そりゃ結構なことで。

ただまぁ自論を続けるとしたのなら、幸福と不幸の違いなんて言葉だけのような気がすることだ。

例え誰から見ても幸せな人が「不幸だ」と言えば、その人はその人の中で不幸になる。

逆に酷く切ないことに巻き込まれている人が「幸せ」と思えば、その人は言葉通り幸福なのだ。

だから今の俺の状況も、言い方を変えれば違う見方が出来る。

例えば、確かに馴染みにくい時期に転校してきてしまったが、幸い俺は高校1年生で、飛び込んだ集団の中もみんな高校1年生だった。

これが2年だと話が違ってくるし、3年生だと気まずいことこの上ない。

そう考えれば、高校生活の中でいま転校出来たことは、ある意味ラッキーではあったのだと。

更に、このクラスの人間は第三者を受け入れようとする姿勢が実に強かった。

突き刺さる視線と、初めの自己紹介で飛び交った質問がその証拠だ。

これが他のクラスであれば、俺は合間にこうやって密かに毒づくことも出来なかったかもしれない。

そして案内された席の、隣は普通に可愛い女子だった。髪の長さは肩に付くか付かないかくらいの。

これはかなり男子学生には重要視される。

同性なんて以ての外だし、言い方は悪いが並以下だとそれも今後のからかい要因になる方程式。

なら超の付く美人でどうだと。

実はそれが一番良くない。

展開的には万々歳でも、犠牲にするものが多すぎる。

そうなれば、"普通に可愛い"とはなんて良いことなのだろうと。

良くも悪くも波風が立たないのだ。

ポジションとしては、俺は絶好の位置に着けた。

その上でもう一つ。

第四の不幸。

それは、この教室に入った当初から"していた"もの。

酷い腐臭。

何かが腐り始めた臭いが、一室いっぱいに蔓延していた。

窓を開けてあっても、残る臭い。

クラスメイトの誰も気にしたような素振りを見せていなかったから、当初は、これに慣れてしまったのだと思ったが、すぐにそうでないと気が付いた。

この臭いは、"気付く人と気付かない人がいる"ものなのだ。

なんと言うか、この空間を少しズラした場所で、この腐臭が漂っている。

だからズレた場所を"知っている人"にしか、分からないのだ。

そして臭いの原因は、それはもうこの普通に可愛い女子で間違いないだろう。

だって、

「(何だよこのモヤ)」

隣の女子の主に首回りに、なんだかよく分からない、黒いモヤみたいな変なものが巻き付いていたから……。

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第四の不幸。

第四の不幸が恐らく、一番厄介かつ時間だけでは解決しようがないこと。

俺の視線に気付いたその子が、黒いモヤを巻いたまま微笑む。

「囲井榮(かこいさかえ)だよ。よろしくね木崎(きざき)くん」

人当たりのいい、誰も敵にしなさそうな笑顔。

それでも、隣が男子。

いや、この人に比べたら誰であってもどれだけマシであっただろうか、俺――木崎桜也(おうや)は思い知ることになる。

かくして、

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"隣の女子が、取り憑かれています。"

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おつかれさまです合掌。

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