「よろしくね」
と言われた俺が次にしたのは、苦笑いを浮かべて、頷いたようにも頷いていないようにも見えるように気持ち首を動かしたことだ。
よろしくする気は悪いが、無い。
いや、だって考えてみろよ。
得体の知れない黒いモヤにまとわり憑かれた女子なんて、めんどくさいことこの上ないじゃないか。
このまま静かに、必要最低限の接触以外しないように努力しようと、俺の転校初日はそう固く決めたことで大部分が終わった。
あとの残りはただの学校案内&質問攻め。
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次の日からは、それはもう自然に囲井さんを避ける作業を始めた。
彼女に罪は無い。そんなことは分かっている。
加えて、彼女から特別強く腐敗臭がするかと言われれば、そうでもない。
正直に言えば、俺は臭いの正体が囲井さんだと推測してはいても、納得してはいなくて、つまり"元"にまでは辿り着いていない状態だった。
でもクラスの中で囲井さんにだけ、変なものが付き纏っている。
理由はそれで充分で無かろうかと。
特に、俺みたいな人間には。
そんな男としてどうかと思う決断をしたが、囲井さんに憑く"何か"は、俺に接触してこようとはしなかった。
そいつはどんなに目を凝らしても、どうしても形が見えない。
本来ならあまりじっくり見ることも良くないのだが、不思議とそのモヤは、気付かれても良いもののような気がした。
そして案の定、あれは俺にしか見えていない。
若気の至りのような妄言の一種であれば、ただの痛い人として、数年後に思い返して苦しむだけに留められたのだが、生憎と妄想でも想像でもない。
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俺は、所謂"見える人"。
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正しくは、"隙間に偶然入り込んだだけの人"だ。
だから特別でも何でもないし、肩書きはいずれ社会人にランクアップするただの男子高生。
でも片足ないし、指先の一つですら、あちら側に突っ込んでしまっていることを、彼らに気付かれてはいけない。暗黙のルール。
そう言う意味で、囲井さんには近付きたくなかった。彼女の後ろの何かが、よく見えないのも原因だった。
有るより無い方が怖い。
俺は毎日、隣に居るのも多少ビビっているのに、けれどモヤは囲井さんにぴったりくっついたまま。
俺が見ていることは、恐らく勘づいている。
彼らにとって"見られる"ことがどれだけ重要なことか、多分知らない人よりは俺は分かっているけれど、モヤは奇妙なぐらいに何の動きも見せないのだ。
ただ囲井さんの後ろに居る。
じっと張り付いている。
それだけ。
一日中首に纒わり憑かれている囲井さんは、不調を訴えたりもせず、極めてケロッとしている。
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教室の臭いは、相変わらず続いていた。
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全力で走った後、少し歩いてから校庭の邪魔にならない所に座り込む。
100m走のタイムは、男子が計った後に女子が走る。
つまり今はちょっとした自由時間で、グループを作って駄弁っている奴らもいれば、勝手に持ち出したボールで遊び始めた連中。水を飲みに行った奴とか、各々好きなように行動していた。
俺は動くのが怠くて、何もせずにぼーっとしていれば、必然的に女子の集団を眺めてしまう訳で。
今日は何故か6組との合同授業だったから、知らない顔が沢山あった。
まぁ、クラスメイトもほとんど覚えていないのだが。
言い忘れていたが、俺は3組。
普通合同授業なんて、2組か4組とやるもんだろうけど、なんでも6組の体育担当の先生が体調不良だかで欠勤したらしく、だから3組と6組の合同と言う奇妙な授業が起こっていた。
知らない顔がゴロゴロ居ても、最終的に目に付くのはやっぱり囲井さん。
「ほ」の字関連ではなく、単純に一人だけ背後に何かくっ付けてるから、どうしても視界に入る。
これから走るにしても、彼女の後ろのモヤは健在で、あれ見えてたら凄いやりにくいんだろうなぁとか考えてしまったから、ちょっと慣れ始めている自分の呑気さに呆れた。
そうやって、意識の半分を別の所に向けていたから、
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「あれ、なんだと思う?」
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「っ?!」
隣に人が立ったのに気付かなかった。
「なんだお前」
なんだか妙にキラキラしている男が俺を見る。
スクールカーストで完全に上位に君臨していそうな、非常に恵まれた容姿。
こんな目立つ奴、悪いが俺のクラスにはいない。
だから6組の人間だと分かったところで、俺とこいつの共通点を探したが、悲しいことに一つも思い付かなかった。
知人ですらないのだから、話しかけられる理由なんてものは存在しない。
「それは何を聞いてるのかな」
「はい?」
「僕の名前?僕のこと?それとも僕に対する周りの評価、とか」
「いや強いて言うなら名前だけど、別に知らなくてもいいっす」
この男少し頭がおかしいのか、さっぱり意味の分からない質問返しをしてきた。
どれだけ自意識が過剰なのだろう。
初対面の人に知らないから何だと聞いて「僕の何が知りたいの?」と聞き返されたのは初めてだった。
別に何も知りたくねぇよ。が、本音。
「久慈梁人(くじやなと)」
「は?」
「名前」
「さいでございますか」
「君は?木崎なにくん?」
「なんで苗字知って、」
「なんでって、書いてあるから」
明らかに鼻で笑って、自分の左胸を二回叩いた久慈に、心の中で「この野郎」と返した。
「おーや」
「大家?」
「違う、桜也」
「へー」
「興味ありませんってか」
「そうでもないよ」
独断と偏見ではあるが、フフッとそれはもう"優雅に美しく笑う男"にろくな奴はいない。
と言うかその行動を、同じ男である俺にやる意味が分からない。
百歩譲って男子校だったら、ミクロン単位で理解しないこともないが、ここは共学。
だからブワッと思いっきり鳥肌が立ったことは、間違いではない筈だ。
「桜也くんだって僕に興味無いじゃないか」
「仰る通り」
なんだおい、いきなり名前呼びかこいつ。
あれか?お名前知ったらお友達って言う思考か。
と、内心大いにドン引いていたが、ギリギリ口に出さなかったのに、
「僕はそっちの方が嬉しいんだけどね」
「キモ……あ、言っちゃった」
久慈の次の発言で、あっさり出てきてしまった。
「なに、おたくMか何かなの?」
「違うよ。まぁいいじゃないか僕のことなんて」
そう言って、俺から正面に視線を移した久慈は、
「でさ、あれなんだと思う?」
初めと同じ質問を、再びしてくる。
久慈の視線の先には、さっきまで俺が見ていた3組女子。
「おたくが何を指して言ってんのか、さっぱり分かんねぇんだけど」
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「だからあれだよ、"黒いの"」
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「…………は、」
「あの子うちの女子じゃないから3組の子だね。あれ、"ついてるの"なんだろう。ずっと気になっててさ」
「お前見え、」
久慈が言うものは、恐らく囲井さんの後ろの奴。
俺は絶句して思わず「見えてるのか?」と聞きそうになったが、
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そこでグルンと、久慈が俺を見てきた。
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口角だけを上げた、笑顔に似た不気味な表情。
目がかっ開く瞬間を見るのが、これほどまでに気味の悪いものだとは思わなかったし、それを見せてくる久慈の真意も意味不明過ぎて。
ただ、ちょっと離れようと後ろに下がって、
「うわっ?!」
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滅茶苦茶近くに、久慈の顔が来た。
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笑顔のような笑顔じゃない表情が、鼻の先に居る。
この顔で無ければ、男ですらもしかしたらときめく展開になったかもしれないが、久慈の上がった口元は、とてもじゃないがうっとりするものとは別のタイプのもの。
「なん、だよ」
「何が見えるって?」
「なにって、あれだろ。囲井さんの後ろの」
「僕はね、あれのことを言ってたんだよ」
「は?」
俺から顔は離さずに、右手で小さく女子を指差す久慈。
情けないことに固まってしまった俺は、なんとか目だけ動かして指の先を見た。
「だから囲井さんじゃ」
「違う、その隣の子のポケット」
「はあ?」
「黒いさ、キーホルダーみたいなの出てるじゃん?あれ何かなぁって。これから走るのに邪魔じゃないのかなぁって」
「キー、ホル、ダー……」
「ね、囲井さんの後ろがなんだって」
「それは、」
久慈の口角が限界まで上がった瞬間、開ききった目が細められた。
そして笑い混じりに続く一言。
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「君、見えてるね」
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まるで確信しきったように、もう一度笑い直してから久慈の顔が離れた。
何やらクラスの女の子に呼ばれたらしい久慈は、涼しげに手を振る。
先程までの気持ちが悪い表情など嘘のように、ウケが良さそうな笑みを浮かべて。
俺はと言えば、ただただ放心して、でも何とか絞り出した声で、
「や……やられた」
と呟いた。
「普通に聞いてもウソつくでしょ"見えてない"って」
つまりこいつは久慈梁人は、俺が見えるか見えないかを判断する為に、曖昧な話を聞いて俺の反応を確認してて、俺はまんまとその策にはめられたのだ。
「狡賢いなおたく」
「興味持たないでね。僕が桜也くんに興味持ってんだから、つまらなくなる」
「キモい」
「それ喜んでいい?」
「駄目、もう言わねぇ」
「そう」
恐らく知られたら色々とまずそうな種の同類に、同じだと知られてしまった悪夢は、強制的に続くようで、
「通学路途中の喫茶店分かる?」
「…………」
「放課後そこね」
「知らねぇ」
「なら迎えに行くけどどうする?言っとくけど僕目立つよ」
「………………一昨日行ったから知ってます」
無理矢理予定を作られた俺は、なんかもう嘆くしかなかった。
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作者三屋敷ふーた(")
小説家になろうの方でも同文で投稿しております。
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