紫水さん達と離れて一年。
自暴自棄に陥っていた僕を襲う不可解な現象。
その命さえも危ぶまれた時…突如現れた謎の少女。
その少女によって僕から引き剥がされたモノとソレを消しさったカラスの群。
そして、全ての元凶である地蔵を一瞬の内に消しさった何者か…。
起こりうる全ての現象に戸惑いをみせる僕の耳に再び声が届く。
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「やっと追い付きましたよ…。
こんな所まで来ていたとは…。」
突然、背後から聞こえた声に一瞬肩を震わせ、後ろを振り返る僕。
?!
先程少女が飛び出して来た林の前…。
優しい笑顔と温かな雰囲気を持つ男性の姿。
「し…し…紫水さん!!!」
一年前と何ら変わらぬ姿のまま、紫水さんはそこに立っていた。
「おや?!
カイさんですか?!」
紫水さんもまさかこんな所で僕に会うとは思っていなかったのだろう…。
目を真ん丸にし、驚いた顔をしている。
僕はそんな紫水さんを黙って見つめていた。
この時の僕はどんな表情をしていたのだろうか…。
紫水さんは複雑な表情で僕を暫く見つめた後、フッと軽い笑みを見せた。
「カイさん…。
あなたって人は…。
相変わらず面倒ごとに巻き込まれているのですね…。」
紫水さんは僕にそう言うと、空を舞うカラスの群に目をやった。
「しかし…。
先程まで感じていたモノとはまるで違うモノですねぇ…。
恐らく先程までの小さな気の持ち主はカイさんを襲ったモノ…。
しかし…これは…。」
紫水さんは独り言の様に呟いている。
キ―ン!!
?!
突然空気が張り詰めた。
しかし、この張り詰め方は、僕がよく知る紫水さん達の物とは明らかに違う…。
体中にじっとりと重くのし掛かる様な重圧感…。
それは明らかに禍々しい気配…。
僕はそんな重圧に耐えながらゆっくりと後ろを振り返る。
そこには、相変わらず空を見上げる少女の姿と、頭上を舞うカラスの群…。
そんなその双方の周りを包み込む空間が歪み、澱んでいる。
「これ!!
お止めなさい!!」
突然、紫水さんが声を上げた。
その声に反応し、今まで空を見上げ動かなかった少女が紫水さんを見た。
?!
無表情…。
あれほど甲高い声を上げ、笑顔を見せていた少女が今は凍りつく様な表情で紫水さんを見ている。
「別に貴方の邪魔をするつもりはありませんよ。
しかし、ソレとまともにやり合えば、さすがの貴方も無事では済まないのでは?
そのカラスの群…。
ソレが何者か私にも検討がつきません…。
その禍々しいまでの気配…。
その力は恐らく…貴方と同等…。
それに、今はいない様ですが、先程まで此処には貴女方の他にも何かがいたのではありませんか?
少しですが、気配を感じます。
そして、その何かも貴女方と同等クラス…。
とにかく、今のこの状況でソレとやり合うのは得策とは思えませんが?」
紫水さんのこの口振り…。
この少女と紫水さんはどういう関係なのだろう…。
「黙れ。
紫水?お前私に意見するのか?」
今まで笑うだけだった少女が始めて言葉を発した。
その声は、容姿に似合う、とても可愛らしいもの。
だが、その口調はきつく、とてもこの少女の口から出た言葉とは思えない。
「やはり駄目ですか…。
………………。
カイさん?そこを動かないで下さいね。」
紫水さんはそう言うと、湖にそっと掌をつけ、ブツブツと何かを呟いた。
?!
温かい…。
突然僕の体を温かい何かが包んでいく。
僕の目には何も見えないが、ソレは間違いなく僕を包んでいく。
「カイさん?そのままゆっくりと私の方へ歩いて来て下さい。」
僕は紫水さんに促され、頷いた後、ゆっくりと歩を進めた。
僕の体はゆっくりと湖の深みへと向かっていく。
だが…不思議な事に僕の体は水に沈む事なく、まるで陸地を歩くかの様にあっさりと対岸で待つ紫水さんの元へ辿り着いた。
そんな僕を紫水さんは複雑な表情で見ている。
「カイさん…。
貴方には言わなければならない事が沢山あります…。
でも今は…。
必ず後で話します…」
キ―ン!!!
紫水さんが話し終わらない内に、再び空気が張り詰めた。
慌てて後ろを振り返る僕。
?!
空を見上げる少女…。
その少女の体から黒い霧の様な物が立ち込めている。
先程まで青く晴れ渡っていた空には暗雲が広がり、風の一つも吹いていないのに、水面が波立っている。
?!
視線を少女からカラスへと移した僕は驚きのあまり、声を上げそうになった。
悠然と空を舞うカラスの群。
それが徐々に一ヶ所に集まったかと思うと、カラスの群は突如、一羽の巨大なカラスの様なモノへとその姿を変えた。
大きく拡げたその翼は黒い炎に包まれ、二つある頭にはそれぞれ縦に裂けた目が一つずつ付いている。
そして、その目はじっと少女を見据えていた。
見た事も無いカラスの様な化け物と、人では無かろうこの少女との、これから始まる闘いに、僕は体の震えを抑えつつ一時も目を離せないでいた。
そして…。
ギェェ―!!
カラスの様なモノが咆哮を上げ、燃え盛る翼を羽ばたかせた。
タン!!
それと同時に空へと舞い上がる少女。
二つの距離は一気に詰まっていく。
「お止めなさい!!!」
二つの力が衝突する寸前、何処からか聞こえて来た声。
その声にカラスはピタリとその動きを止める。
少女もタイミングを奪われたのか、何をする事も無く、地面へと着地した。
僕と紫水さんは二人して声のした方を伺う。
木々の間から徐々に姿を現して来る人物。
その全貌が明らかになった時、僕は叫び声を上げていた。
「あ…葵さん!!」
この闘いを止めた謎の声の主は、紫水さんと同じく一年前に僕の前から姿を消した葵さんだった。
「か…カイさん?!
それに紫水さんまで?!」
葵さんも紫水さんの様に驚きの表情を見せた後、軽く笑みを浮かべた。
「カイさん…。
やはり貴方は怪異と…いえ、私達と縁があるようですね(笑)
だとするなら…。」
シュ!
?!
突然、僕と紫水さんの横を何かが物凄い速度で横切った。
そしてソレは少女とカラスの間に割って入る様にその動きを止めた。
長く艶やかな髪を風になびかせ、巫女装束を身に纏った美しい女性。
その余りに凛とした表情から、見間違ってしまいそうになったが、そこにいたのは紛れもなく蛍さんだった。
「なんだ?!
変な感じがするから来て見たら…。
同窓会か?おい(笑)」
僕達の背後から、そう言いながら現れた匠さん。
偶然なのか必然なのか…。
三人にまた会う事が出来た…。
急に糸が切れた様にその場に崩れ落ちる僕。
そんな僕を申し訳なさそうな表情で見つめる三人。
そして三人は、僕に対して口々に謝罪を述べた後、この一年の間、何があったのかを話してくれた。
あの日…。
誰からともなく病室を去って行ったあの日。
病院を後にした三人は誰も口を開かず、ただ黙って歩き続けた。
そして交差点に差し掛かった時、別れを告げる事もせず、三人は別々の道へと進んで行った。
この時の三人は、今の僕と全く同じ様に自暴自棄に陥っていたらしい。
突如現れた匠さんと因縁深い古の化け物。
自らの力に自信を持っていた匠さんと葵さんは、たった一体のその化け物に、その自信と誇りを粉々に砕かれ、死さえも覚悟した。
紫水さんも同じ様に、偶然出くわした一体の土地神に、その自信と誇りを粉々に砕かれた。
己が無力さを感じ取りながらも二体の化け物に命を賭けて挑む事を選んだ三人。
だが、その二体でさえも一瞬の内に葬り去った何者かの存在。
その存在を前に、動く事はおろか、強制的に死すら覚悟させられた三人。
薄皮一枚で何とか持ちこたえていた三人の誇りを地に落とすには、十分過ぎる出来事だった。
全てを失い、行く宛も無くさ迷う三人。
術者としては勿論、人としても生きている事に意味を感じなくなっていた。
目を閉じればあの時の光景が目に浮かぶ…。
その度に怯え、震える体。
だが、そんな三人の脳裏にふとよぎったもの。
それは僕の言った言葉だったらしい。
「必ずここへ帰って来い。」
葵さんは匠さんからこの台詞を聞かされていたらしいが、そう言っている僕の顔が目に浮かんだと言っていた。
確かに、三人は僕の元へ帰ってきた。
だが、自信を失い、自分を見失った状態だった三人はそれでは本当に約束を果たした事にはならないと感じたらしい。
それからの三人は僕との約束を果たす事だけを考え、自らの体を奮い起たせ今日まで過ごして来たと言った。
三人は僕の事を忘れた訳では無かった。
それどころか、僕とのどうでもいい約束を果たす為に三人はその身と心を酷使し続けて来た。
十分だ…。
そして、最後に三人が教えてくれた事。
紫水さんと行動を共にしている少女は、決して善くないモノであると言う事。
その分類は祟り神に位置付けされると言う。
そしてその力は紫水さんにも計り知れない。
どんな理由かは分からないが、何故か紫水さんに付きまとっているらしい。
そしてあのカラス達は、今まで葵さんがその力の一部を借りていた、闇の支配者らしい。
今までは術の度に自らの血を代償とし、その力を借りていたが、今はそれらを従え、常に側においているらしい。
それらを従える為に、一度死んだと葵さんは言っていたが、僕には到底その意味は理解出来なかった。
そして匠さん。
トメさんを亡くし、その仇も討てなかったのは己の未熟が故と悟り、今までサボっていた修行に本格的に取り組んだそうだ。
当主として恥じぬ様に。と常に自らを追い込みながら修行を続けたらしい。
元々、天才と呼ばれる程の匠さんが真剣に修行に望んだ事により、その力は飛躍的に上がり、それに比例する様に蛍さんはその姿を変えていった。
そんな話を三人から聞かされた僕。
だが、正直そんな事はどうでも良かった。
僕はこの三人に再び会う事が出来ただけで十分だった。
久しぶりに心が安らぐのが分かる。
だが…。
そんな安らぎは無惨にも一瞬の内に崩れ落ちてしまう…。
そう…。
匠さんの口から出た一言によって…。
作者かい
続く〜。