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「暑っつー・・・・・」
陽一は、首筋から流れる汗を袖を捲った腕で拭き、何度も同じ言葉を繰り返していた。
降り注ぐ日差しはアスファルトに跳ね返り、こもった熱は容赦なく道行く人に襲い掛かる。
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やっとの思いで再就職した会社だった。
本来なら前職と同じ設計の仕事に就きたかったが、求人は派遣の仕事ばかりで、正社員を募集している会社に巡り合えず、かと言って、雇用保険ももうすぐ切れる・・・。
悠長に会社選びをすることが出来なかった。
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片っ端から面接をし、やっと受かった会社での彼の仕事は慣れない営業だった。
取引の有る会社だけではなく、新しい会社を開拓するべく、毎日自社製品のパンフレットを鞄に詰め込み、外回りをしていた。
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アポイントメントも取らずに飛び込みの営業には、どの会社も冷たく、受付の社内電話一本で断れる事もしばしば・・・。
元々技術畑にいた陽一の営業成績は思うように上がらず、限界を感じ始めていた。
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「しかし・・・暑いな・・・」
陽一はビルを見上げ、いくら口に出したところで暑さは薄れもしないのに、さっきから気付くと何度も同じ言葉を呟いている。
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「ハハ・・・・・」
次の営業先に向かいながら、少しだけネクタイを緩めると自嘲気味に笑った。
「俺・・・何やってんだか・・・ハハハ・・・」
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前の会社が潰れてから、妻はパート勤めを始めた。
収入も以前の半分にも満たない程落ちてしまったが、それでも嫌な顔をせず、いつも明るく優しく接してくれる妻に、これ以上の心労をかけたくない。
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だから、何が何でも契約を取るんだ!!!
陽一は、暑さでバテている場合じゃないと、自分で自分のお尻を叩く様に、背筋をスッキリ伸ばして歩き始めた。
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信号が青に変わり、横断歩道を渡り始めてふと見ると、2車線の丁度真ん中ほどで、ランドセルに黄色いカバーを付けた小さい男の子がうずくまって何かを探している。
大勢の大人がその横断歩道を渡っているのに、誰もその子供に声をかける者はいない。
(誰も見て見ぬふりかよ・・・こんな小さい子なのに、事故に遭ったらどうするんだよ!)
陽一は男の子の前に行くと、しゃがんで声をかけた。
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「どうしたの?何かなくしちゃったのかな?」
男の子は顔を上げて陽一を見詰め、コクンと頷く。
「何をなくしちゃったのか分からないけど、もうすぐ信号が変わっちゃうよ。
危ないからおじさんと一緒に一度、あっちまで行こう?」
陽一は微笑むと、横断歩道を渡った先の歩道を指差し、男の子の手を取る。
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子供は素直に陽一に手を預けたが、首を横に振り
「いくら探しても見付からないんだ・・・。」と、消え入りそうな声で俯いて話す。
「大事な物なの?」陽一が聞くと
「うん・・・。アレがないと、お家に帰れないの・・・。」男の子は呟く。
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(そうか・・・家の鍵をなくしてしまったのかな・・・。
確かに、お母さんも仕事に出ていたら、鍵がなければ家に入れないよな・・・。)
男の子に同情したが、交差点の真ん中で鍵探しも出来ない。
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(そうか!!!)
「お母さんの電話番号は知ってる?知ってるなら、お母さんのところへ電話をするといいよ。」
陽一が男の子に携帯を渡そうとすると
「知らない・・・・・。」
男の子は泣き出しそうな声で答える。
(困ったな・・・どうすりゃ良いんだ?)陽一の眉毛が八の字に下がった。
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その時、急ブレーキの音に続き、ドンッ!!!と鈍い、嫌な音が響いた。
(交通事故だ!!!)
陽一は小さな子供に見せてはいけないと、男の子の手をギュッと握ると、小走りで歩道へ向かった。
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渡り切り、ふと横に歩く男の子を見ると・・・
そこには、今迄一緒に歩いていた筈の男の子がいない。
振り返ってみたが、交通事故に集まって来た野次馬の顔ばかりで、男の子はどこにも見当たらなかった。
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いつの間に・・・・・・・?
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・・・・・・・・・・・・
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しかし・・・・・・・・・
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・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
今日は暑い・・・・・・・
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陽一は、袖を捲った腕で首筋を流れる汗を拭き、いくら口に出したところで暑さが減る訳でもないのに、毎日の習慣の様に同じ言葉を繰り返す。
「頑張って契約を取らなきゃ!」
陽一は自分で自分のお尻を叩く様に、焼けたアスファルトを踏み、次の営業先に向かう。
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交差点に差し掛かり、青に変わった信号を渡っていると、2車線の丁度真ん中辺りで、ふと大切なモノを落とした事に気付いた。
「あぁ・・・どうしよう・・・」
陽一は、焼けたアスファルトに両手を付き、一心不乱に探し始めた。
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こんなに大勢の人が行き来しているのに、誰も陽一に声をかける者はいない。
「アレがなかったら、契約が取れない・・・
営業に行けない・・・。」
困り果てていると、交差点の向こうから来た若い女性が一人、陽一に気付いた様だ。
陽一の姿を見付けると、ギョッとした顔をすると全力で走り出し、横を通り過ぎようとした。
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陽一は思わず・・・・・・
通り過ぎようとする女性の腕を掴んだ。
そして、「すいません・・・。一緒に探してください。」と、女性に頼んだ。
女性は何も言わず、凍り付いた様にその場に立ちすくんでいる。
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その時、信号が変わり、右折して来た車が急ブレーキを踏んだ。
同時に、女性の身体がスローモーションの様にゆっくり上に高く上がったと思ったら、次の瞬間、地面に強く叩きつけられた。
焼けたアスファルトは女性の血を吸い、赤く染まって行く。
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失くした右目に手を当て、陽一は呟く・・・。
「目が無くちゃ、営業にも行けないよ・・・」
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陽一の前には、いつの間にか先程の女性が酷く捻じれた首をぶら下げて立っている。
後ろを見ると、黄色いカバーを付けたランドセルを背負った男の子がいる。
左足を失くしてしまったから、家に帰れないと言っていたのか・・・。
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その他にも、頭が潰れた者、肩から先が無い者、両足を失い、上半身だけになった者など・・・数人の老若男女が、それぞれ失ってしまった何かを探している。
陽一の後ろには鎖で縛られたかのように、何かを失くした者が長い列をなしていた・・・。
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「この交差点、人身事故が多いのよね。」
電柱下に供えられた白い百合の花を見ながら、厚手のダッフルコートを着込んだ女子高生達が通り過ぎる。
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「今日も暑いなぁー・・・」
陽一は、袖を捲った腕で、今日も汗を拭きながら、次に自分を見付けてくれる誰かを探している・・・・・
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・・・・・・・・・・
白昼夢は続く・・・・・・・
―終―
作者鏡水花
2015年7月~8月投稿の”白昼夢“です。
あなたの身近で、この様な事故の頻発する交差点はありませんか?
何かに魅入られる事の無いよう、あなたもお気を付けてください…。