今年、最高気温37度を記録した8月の始め、炎天下の空の下、俺、慶太、康平の3人は、灼熱の太陽に焼かれた砂浜に素足を下ろした。
ぐぅおぉ......熱い! 熱いとゆうか痛い! 右隣の康平が以外にも涼しい顔で言う。
「俺、結構大丈夫かも......」
はぁ? マジかこいつ、と思いつつ左の慶太を見ると苦悶の表情。
これですよ、これ、こうじゃなきゃいけない。
「おいっ慶太、......あんまり無理するなよ、2度と......サッカーが出来なくなるぞ」
「安心しろ京介、......おれはサッカーはやってねぇ、......お前こそさっさとギブアップ......しろや......」
以外に我慢強い慶太を横目に、俺は、足の裏がデロンデロンになってるんじゃないかと心配で仕方ない。
しかし熱い、もうだめだと思い、動こうかと思ったその時、康平が海に向かって猛ダッシュした。続いて俺、そして、慶太が走る。
「よっしゃあーっ、俺の勝ちだ!」
そのままバク宙で海に飛び込む慶太、康平は焼けた足を海に浸し安堵の表情、足まで海に入った俺は、汗で引っ付いたTシャツを脱ぎ捨て、頭から潜る。最高に気持ちいい! しばらく潜水で体を涼めて、海面に顔を出して言う。
「なんだよ康平! お前はったりかよ、騙されるとこだったよ」
「あと5秒位か?」康平は片足立ちで足の裏を見ながら言った。
「いや、俺はあと10秒はいけた」と、はったりをお返しする。本当は3秒と持たない。
「俺は、あと一分はいけたな......」
プカプカと海面に浮かびながら、慶太がどや顔で言うが、今日の勝者なので何も言い返せない。
海から上がり30分で服は乾いた。
「じゃあ行きますか、な〜にを、食おっかな〜♪君達の奢りで」ご機嫌の慶太。
俺達はあまりの暑さにファミレスに避難することにしたのだが、ただファミレスに行って飯を食うだけでは面白くない、そこで、一勝負して勝った奴にふたりが、一品好きなものを奢ると言う賭けをしたのだ。
勝負に負けた俺は重い足どりでファミレスに向かった。
国道沿いの道をしばらく歩くと、前方から白杖をつく老人が歩いてくる。
邪魔にならぬようにと広めに道を開けた。
老人とすれ違うところで、「すいません」と声をかけられた。
「此の辺りに自動販売機は有りますか?」
俺の住むこの町は俗に言う田舎だ。近所にコンビニなんかないし、販売機は此処からだと、俺達が走っても5分はかかる所だ。
そんな事を思っていると、「ちょっと遠いな...買って来てやるよ」と、慶太が言う。
「すまないねぇ」、と老人は年季の入った黒革の財布を取り出し、千円札を一枚取り出した。
老人は慶太に水を頼むと、君達の分も買っておいでと微笑んだ。
じゃんけんの結果、慶太と康平が買いに行く事になり、おれは老人とふたりで待つことになった。
少し先に簡易だがバスの停留所がある。屋根もありベンチもあるので、そこに移動することにした。ここは暑すぎる。
ベンチに座りそれとなく老人を見ると、肩にかけた鞄から扇子を取り出し、パタパタとやりだした。
一連の動きが健常者と変わりなく、本当は見えているのでは? と思うほどだ。
「なんか...凄いっすね」思わず口にしていた。
老人がこっちに顔を向ける。
「ん、何がだい」
「あ、いや、すみません...なんか、見えてるみたいで...」
「ああぁ、もう60年、暗闇のなかで生きているからね、慣れてはくる、....だがねぇ、やはり怖い事のほうが多いいよ」
老人は扇ぐ手を止めた。
「君達はいくつ?」
「中1です、13歳」
ほう、と老人は顎をさする。
「私が視力を失ったのは13歳の時でねぇ、眼が見えていた頃は本当に楽しかった。夏休みなんかは毎日のように山に入って遊んだものさ」
「えっ、山って何処の山ですか?」
もしやと思い聞いてみた。
「緋目山だよ」
「でも、あの山は......」俺は口を濁す、
ふぅぅ、と老人は深いため息を付いて言う。
「何時からだろうねぇ、あの山に入るとよくないことが起こるなんて噂が立ったのは」
老人は寂しそうな表情で続ける。
「良い山なんだよあそこは、四季折々に魅せる美しい風景、水の綺麗な川、おっ! そうだ」
寂しそうな顔から表情が一転する。
「山の中腹にちょっとした滝があってねぇ、小さいながら滝壺があり、よく泳いだなぁ、それから洞窟......」
「洞窟?! へ〜、そんなのもあるんだ」
「君達も変な噂なんか気にせず、行ってみるといいよ、夏休みの行動範囲も広がると思うよ」
確かに、娯楽がほとんどないこの町で俺達は暇をもて余していた。
それから老人は暫くの間、山の魅力を楽しそうに語った。
「お待たせ、いや〜暑い、あつい」と手をパタパタさせ、ふたりが戻ってきた。
「遠慮なくおれたちの分も、貰ったよ」
慶太は老人の手をとり、水とお釣りを手渡した。
そのまま老人に軽く挨拶し、おれ達はその場を後にした。
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「よし! 行こうぜ」2000円のステーキにナイフを入れながら慶太が言う。
おれは先程のじいさんとの会話をふたりに話した。
「緋目かぁ、そう言えばなんで入っちゃ駄目なんだろうな?」
俺のとお揃い、380円のドリアをふーふーしながら康平。
俺は分からないので、慶太に目をやる。
「たしか、結構昔に人が死んだとか、変なガスが出てるとか、イカれたおっさんが住み着いているとか、神隠しにあうとか......」そこまで言うと、ステーキを頬張る。
「要は全部噂で、何故入ってはいけないかは誰も知らない......と、面白そうだな......行ってみるか!」康平も乗り気だ。
「洞窟があるらしいから、一旦帰って懐中電灯だな」俺が言うと、康平が「そう言えば、あれいっぱい持ってるぞ、あの祭りで買う、ポキッと折って光る棒」
「サイリウムな」また慶太のどや顔。
「じゃあ、一旦帰って、14時に緋目の麓で待ち合わせしよう」俺が言い、
「OK」「了解」とふたりが返すと、俺達は急いで食事を終わらせ、会計へと向かった。
家に着くと、早々に押し入れからリュックを取り出す、中にキャンプ用のランタン型ライト、着替え、ポテトチップスを突っ込み、母親に遅くなるかもと一言声をかけて家を出た。
麓へは15分前に着いたが、すでにふたりとも来ていた。
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『緋目山』
俺達が幼い頃から大人達に、この山には近付くなと言われてきた山。
山に近付いた同級生が骨折したとか、地元の高校生がキャンプして、数日後に事故に遭ったとか、偶然としか言えない様な話も幾つか聞かされ脅された。
だけど俺達は別に怖くて緋目に近付かなかった訳ではない、大人達がうるさいのが嫌だったのと、単純に興味がなかっただけだ。
此処にある山は何も緋目だけじゃない、ハイキングができるゆるい山はあるし、自転車を少し漕げば本格的な登山が楽しめる山もある。
だから、何も緋目山にこだわる必要はなかったのだ。
そういった理由から俺達はなんの躊躇もなく、緋目山に入っていった。
30分程歩いて感じた事は、其処らの山と変わらないって事だ。
まったく新鮮味のない山道を黙々と歩く、滝壺と洞窟は必ず見てやると、その思いだけで歩みを進めた。
「おい、あれっ」と康平が指差す先に川が見えた。
そのまま川沿いを上流に歩き暫くすると、ドドドドッと水が落ちる音が聞こえ、自然と足が速まる。
勾配が激しくなってきた石の斜面を、両手も使って登って行くと、前方に滝が見えた。
テンションは上がるが、足を滑らさないよう慎重に進んだ。
なかなかの絶景だった。滝は落差15メートル位だろうか、滝壺も水が透き通り綺麗で大きく、充分泳げる。
ここだけは他の山にはない魅力があった。
後ろを振り返ると、すでにパンツ一丁の慶太が体をほぐしていた。
「お先!」と慶太は滝壺に飛び込む、俺達も急いで服を脱ぎ、慶太に続いた。
ひとしきり泳いだ後、服を着替え大岩の上でおやつタイム。
「しかし、結構人が来ているんだなここ」
今は誰もいないが、ゴミが結構落ちていた。スナック菓子の袋、ビールの空き缶、火を焚いた後なんかもある。
「まあ、大人の言い付け守るのも小学生まで位だろ、実際俺らも来てるんだし、それより、洞窟ってあれだよな」康平は流れ落ちる滝の裏側を指差した。
「だろうな、他に見当たらないし」俺はポテチの袋に直接口をつけ、がーと流し、立ち上がる。
「そんじゃぁ、今日のメインイベント行ってみますか」とリュックからランタン型ライトを取り出す、慶太がLEDのまぶしいライト、康平はいかにもな懐中電灯と、何だっけ、サイリウム...? 光る棒を取り出した。
洞窟の入口に立つ、穴は結構大きく3人並んで歩いても余裕がありそうだ。
中をライトで照らす、野犬でもいれば面倒だが、動物がいるような気配はない、俺と慶太が先頭を歩き、後ろに康平がつき、サイリウムを10メートル位の間隔で置いていく、洞窟は緩やかに左曲がりで、暫く歩くと入口の光が見えなくなった。
後方で康平がサイリウムの袋を開けるのに手こずっているようで、座り込んで何やらやっている。
「え〜〜〜っまじかよ!」
俺の少し前を歩く慶太の声に、俺はライトを上に掲げ、前を照らす、
「............まじか」
先は、大小様々な石で塞がれていた。
試しに二、三回蹴りをいれたが、びくともしない。
「あ〜あ、つまんねぇの」言いながら慶太は積まれた石の上方、石と石の隙間にライトを挟み、こちら側を照らす。上方から照らされているので、比較的、広範囲に明るくなる。
正面に積まれた石を恨めしそうにふたりで眺める。
「俺はもっとこう、迷路になってて右に行くか? 左にする? 的な事がしたかったんだよ」はぁ......と肩を落とす慶太、それはみんな同じだと心の中で突っ込む。
後ろにいる康平に残念なお知らせを伝えようと振り返ったその時、俺達の前方2〜3メートル先に、そいつはいた。
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ぼろぼろの白装束は乱れ、長い髪が腰まで垂れている。洞窟の天井に頭が着きそうな程の長身で、顔は薄暗くて良く見えないが女のようだ。
「うわああぁぁぁ!」と後ろから来ていた康平の走り去る足音が聞こえる。
俺と慶太は前を塞がれる形で怖くて動けない、すると、そいつは両手を前に上げ、すーっと俺の方に移動してきた。
「あぶねぇ!」と、慶太が俺の肩を押した。俺はよろけて、そのまま積まれた石を背に尻餅をつく、慶太は俺をかばった為、女に捕まっていた。
両手で肩を掴まれ、顔がくっつく程近付けた女は、囁く様な声でぶつぶつと何かを言っている。
慶太の目は開いてるが、意識が無いように見えた。
すると、今度は俺の方を向き、ゆっくりと近づいて来る。
女は、見上げるほどの長身を腰から折り、ゆっくりと自身の顔を俺の顔に寄せてくる。
女の目には薄汚れた包帯が巻かれ、眼球が在ろう場所からは血が滲み、額には御札が貼られていた。......いや、札は貼られているのではなく、額に釘で打ち付けられているように見える。
俺の隣では空中の一点を見つめ、開いた口からよだれを垂らし、一目で正常ではないと分かる慶太がいる。
近付く女の顔から目が離せず、恐怖のあまり動けない、こいつに触れられれば俺も、慶太の様になっちまうのか? 女を凝視しながら、俺の意識は......少しづつ......薄れていった。
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モノクロの景色、......体の感覚がない、......細い手足......女の身体? ......俺の意識だけがこの娘に入り込んでいる様な不思議な感覚。
ここは......洞窟? 大の字で寝かされ、四肢を縄で縛られている。縄の先には柱が立ち、そこにきつく縛られている様だ。
松明の灯りが何本か立っており、充分明るい、先ほどから聞こえる笛や太鼓の音楽、神社で聴いたことがあるような、そんな音楽が鳴っている。
頭の後ろで数人の気配がするが、手足を縛られている為、振り返る事ができないらしい。
すると、右手の方から、神主の様な格好をした男が現れた。
顔の前に布の様なものをたらし、顔は見えないが、何かを唱えている声で、男性だと分かる。
自身と同じ位の、長く細い棒のような物を縦に持ち、棒の上方に輪が付いていて、一定の間隔で下方の部分を地面に打ち、カシャーンと綺麗な音を鳴らす。そのまま少しずつ歩を進め、後ろから同じ姿の男達が続き、やがて少女の周りを4〜5人が囲んだ。
それから少女は、後ろから首に縄をかけられ、首を固定された。
少女の腹に男の一人が跨がり、その手には鑿と木槌が握られている。
ぶつぶつと唱える声が徐々に大きくなり興奮しているのが伝わってくる。
男は少女の左目、涙袋の辺りに鑿をあて木槌をふりあげる、男はそのまま一気に木槌を叩いた。少女が絶叫する。一瞬で視界が半分なくなった。
そのままテコの要領で眼球をぐっと持ち上げると目玉が飛び出した。
少女は痛みで暴れるが、縄で張られた体はほとんど動くことはない、すかさず、右目も同じように鑿を当て、一気に叩く、少女は獣の様な叫び声を上げると同じに、光を失った。
体の感覚もなく、視覚も奪われた俺には、聴覚に集中する以外、何もできない、耳を済ますと遠くの方から小さい音で、カンッカンッ......すけ
......カンッカンッ、うすけ、となにやら聞こえる。
更に耳を済ます。
ガンッ! ガンッ! ......ょうすけ! ガンッ! ガンッ! きょうすけ!......京介ぇ!
康平の声だと理解した時には、現実に戻っていた。
康平は一斗缶らしき物を、木の棒で叩きながら、おれの名を大声で呼んでいた。
頭が朦朧とする。
一斗缶と棒を地面に落とし、気がついたおれの肩を揺する。
「逃げるぞ! しっかりしろ! 」
尚も朦朧とするおれに、ばちんっ、と康平のきつい一発。
「痛ってえぇ!」バッチリ目が覚めた。
開けっぱなしの口から垂れたよだれを拭い、「康平! 慶太は! ...大丈夫なのか?!」
「入り口で待たせてる。ちょっと様子が変なんだ、早く行こう」
俺達はサイリウムの明かりを頼りに洞窟の入り口へと急いだ。
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入り口に慶太を見つけ、駆け寄る。
「慶太! 大丈夫か?!」
「あんまり大丈夫じゃねぇ......」片目を押さえながら振り向く。
「左目が見えねぇ......」「うわっ」と声が自然にでてしまった。
慶太の左目、黒目の部分が白く濁り、白目のところが薄く赤みを帯びている。
「全然見えないのか?」
「いや、すりガラス越しに見てる感じだな」
「......悪い......俺のせいで」
「馬鹿言え、誰のせいでもねえ......お前も、あれ、見たんだろ......」
あの儀式の様なやつのことだろう。
「......ああ......見た」
「だったら、お前も油断できねぇだろ、さっさと山を下りちまおうぜ」
言うと同時に歩きだす、片目しか使えない慶太をふたりで補助しながら山を下った為、来たときより大幅に時間を喰ったが、日が落ちる前に麓に付けた。
「急いで病院だな」康平が言う。
いや、待て、こうゆう時は神社か寺じゃないのか?
「ちょっと待て、康平、病院で何とかなんのか? 寺か神社に... 」
康平は俺の胸ぐらを掴み、
「何言ってんだお前、慶太の目ぇ見ただろが! 病院だろ普通!」
俺も康平の胸ぐらを掴む、
「お前だって洞窟で化け物見ただろが! 慶太の目は病気じゃねえだろ! あの化け物がなんかしたんだよ!」
睨み合うふたり。
「お前らうるさい、康平、俺もよく分からないけど、神社のほうが良いような気がする」
「まあ、お前が言うんなら......」と康平は手を離した。
直ぐに電話ボックスを探し電話帳で神社を調べる。
ここからそう遠くない場所にひとつある。俺達は直ぐに向かった。
神社に着くと、模様の入った袴をはいた男が竹箒で掃き掃除している。
「すいませーん!」大きく声をかけ近づく、30代位だろうか、男は俺達を見るや否や、眼を見開いた。
「おいおい、凄いものを連れてきたな......」男の第一声はそれだった。
男は「こっちへ」と一言だけ言うと、中へと率いれた。
「キヨさん! キヨさーん!」男が呼ぶと奥から巫女姿の年配の女性が現れる。
「このふたりを頼む」男はそう言うと、慶太だけ連れて奥に行ってしまった。
俺と康平は女性に連れられ、拝殿だっけ? そこで待ってなさいと、キヨさんは冷たい麦茶をいれてくれた。
俺は......なんだろ、なんとかなるんじゃないかと、安心したのか、その場で泣いてしまった。
一時間位だろうか、何も会話せず黙って待っていると、奥から男が現れた。
「は〜しんどっ」と、俺達の前にドスンと腰を下ろし、あぐらになる。
「君達も一応、後で祓ってあげるからちょい待ち、休憩」
汗だくでペットボトルのお茶を旨そうに飲む男に俺は尋ねる。
「あの! 慶太は、慶太は大丈夫ですか?!」
流れる汗を袖で拭い、男は言う。
「やれる事はやった。今は別室で寝てる。後は経過を見て判断だな」
「さて」そう言うと男は姿勢を正し、俺達に向き直った。
「何があったか話してみな」
そう言うと男は俺の目を真っ直ぐに見た。
俺はじいさんとの出会いから、洞窟での体験を出来るだけ細かく話した。
「そうか、大変だったな...」
俺も分からないことだらけだ、男に疑問をぶつける。
「俺達が見たデカイ女はいったい...」
男はしばし黙りこんだが、ふぅと一息吐き、話だした。
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「 緋目山の辺りでは遠い昔に疫病が蔓延した。眼の病だったそうだ。眼球が焼けるように熱く、激しい痛みの為、自ら目玉をほじくりだし激痛のあまり絶命する」
「じゃあ、その病気で死んだ者の霊ってこと?」
「いや、そいつは頭に札があったんだろ? 恐らくそれは贄にされた娘達だろう」
「...贄?」
「ああ、昔は人が手に終えない現象などは、生け贄を神に捧げ、神頼みしていた。その際、普通は牛や馬、鶏などを贄にしていたが、何処にでもいきすぎる信仰はある」
「......人を......生け贄に?」
「......若い娘達だったそうだ。14 歳から16歳位、それも何十人も、君達が見た者はその娘たちの怨念の集合体みたいな物だったんではないかな。
俺も、口伝えだけで聞いた話なもんでね、詳しくは分かりかねるが、酷いもんだったらしい」
男は深く息を吐き、眼をつむった。
それは......知っている。あの時、俺と慶太が見たのはこれだったんだ。あの儀式、あの時、俺に流れこんできた感情は、とても言葉にはできない、恐怖、怒り、諦念......。
「だがなぁ、未知の病で人々がバタバタと亡くなり、混乱する人々の気持ちも分からんでもない......が、やはり......つらいなぁ」
男の人は、少し泣いている様に見えた。
「これ迄に、その......俺達みたいなのが来たことは、あったんですか?」
康平が口を開いた。
「と、言うと?」
「いえ、あの、緋目山に入ったのは俺達だけじゃないと思うんです、実際洞窟の周りにはいろいろゴミが散乱してましたし、他にも俺達みたいに......」
「いや、俺の代では君達が初めてだな、他でこういった問題があれば、俺の耳にも入って来るだろうし」
「俺の代......? と、言うと過去にも同じ事が?」
「60年前になる。祓ったのは俺のじいさんだったらしいが、生憎、発見迄の時間が大分経っていた。祓う事はでき、命迄はとられなかったが、両目を失ったらしい」
60年前......失明、あのじいさんの事か?
「でも、何で俺達なんですか? 60年間何も無かったのに?」
康平もやはり不安なのだろう、気持ちが伝わる。
「それは俺にも分からん、波長なのか、時期的なものなのか......ただ、君達はもうあの山には近づかん方がいい」
勿論、二度と登るつもりはない。
男は残りのお茶を飲み干し、
「よし! じゃあ、君らのお祓いもやっちまうか!」と勢い良く立ち上がり、頬を平手でパンパンと叩いた。
お祓いを済ませ、今日はもう遅いから泊まっていけと言っていただいた。
正直、今は仲間達と一緒にいる方が心強く、嬉しかった。
急の外泊、電話で母親は怒っていたけど、袴の男、一真さんが話をしてくれて直ぐに収まった。
康平、慶太、俺、3人は川の字に布団を敷いた。
ありそうで、なかなかないこの状況が、妙にくすぐったくて、それでいて心地よく、俺はすぐに眠りについた。
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あれから1週間が過ぎた。
俺達は、夏の太陽が騒ぎだす前の早朝、一真さんの神社にいた。
俺達は、あの日から毎朝、一真さんの神社を掃除している。
あの日、一真さんにお祓いの料金を尋ねると、「料金? 初穂料のことか? いらん、いらん、君ら中学生だろ、神様も許してくれるよ」と、がっはっはと豪快に笑った。
それでは申し訳ないと、夏休み中、毎朝神社の掃除をさせてもらっている。
慶太の目は順調に回復、視力は少し落ちただけで、前とそれほど変わらないですんだ。
境内の掃き掃除を一通り終え、階段に座り一休みする。
俺は、ふと、気になっていたことを口にした。
「でもさぁ、なんであのじいさんはあんな目に遭ったのに、あの場所を良い思い出みたいに語ったんだろうな?」
「はあぁ? お前そんな事も分かんねぇの?」と、慶太。
「あのジジイはなぁ、60年前の事が今だに赦す事ができねぇんだよ、そんで、他の奴等にも自分と同じ目に合わせようと、あの洞窟に誘導してんだろ」
ちっ、と舌打ちをひとつうち、続ける。
「つまりだ、おれ達は、あのジジイに生け贄にされたんだよ」
正直、......ぞっとした。
慶太は次に会ったら死なない程度にぶん殴るなんて言っていたが、おれは二度と関わりたくないと思った。
何十年も何かを憎み、恨みながら生きていく、考えたくもない。
俺は、賽銭箱に向かい10円を投げ入れ、手を合わせる。
願わくば、じいさんがあの女の様な存在になりませんように......と、切に願った。
作者深山