「おはよう...」僕は、クラスメイトに控え目に挨拶をする。
「.........」、
別の子にも声を掛ける。
「.........」。
クラスが僕を無視するようになってから、どのくらい経ったのだろう。
いわゆる、いじめられっ子という存在だ。
僕は、叩かれても、蹴られても、貸したマンガを返してくれなくてもかまわない。
ただ! 無視はダメだ! 無視は、自分という人間が本当に存在しているのか分からなくなる。
僕は、もしかしたら空気かなにかで、本当は人間ではないのでは? と、とても、不安になる。
でも、僕にも希望はある。
隣の席の高杉くんだ。席は窓側の一番後ろ、その隣に僕。
自分の席につき、隣の高杉君に「おはよう」と、挨拶する。
高杉君は周りを気にしつつ小声で「...おはよう」と返してくれた。
たったこれだけの事で、僕は自分の存在を肯定できた。
感謝の気持ちを伝えたく、話し掛ける。
「高杉くん、あの...」
「日野くん、あのさ」僕の言葉を制し、高杉くんが、周りを気にしつつ小声で続ける。
「君と話してるのを人に見られるとまずいんだよね」
僕を視界に入れないよう、真っ直ぐに前を見つめながら話す。
「なるべく、話かけないでほしい」
何処か、怯えたような表情で言った。
その時、「おーい、高杉ぃ」
教壇の方から声がする。声の主、光田だ。
僕をいじめ始めた。張本人。
「何を一人で喋ってんだよ」
僕は、俯き、肩を強ばらせる。
「こっち来いよ、高杉」
高杉くんは、そのまま、真っ直ぐとみんなの輪の中に入っていった。
ひとりになった僕は、考える。
何故? 僕はいじめられるのか、なんとなくだが、考えた。
光田は、勉強はできないが、スポーツは抜群にできる。
空手の実力は小学生県大会のベスト4に入る。
運動会で、リレーのアンカーを努めれば、3位からのごぼう抜きで、余裕の1着。
腕っぷしも強くて、納得いかなければ、年上だろうとぶっ飛ばす。まさに、男の中の男といった感じだ。
光田の腰巾着、堀川は、家が金持ちで、新発売のゲームは勿論、誰よりも早く手に入れる。
僕たちが一生かかって行けるかどうかの場所への海外旅行など、日常茶飯事だ。
性格はまめで、仲間の誕生日には、プレゼントを欠かさない、世渡り上手。
そして、高杉くん、彼は勉強をやらせれば、学年一位、スポーツもできる。駄目な所を探すほうが難しい。
霊感なんて特殊能力まであり、クラスメイトにせがまれ、霊体験を話す時などは、クラス中が集まる人気者だ。
他にも、サッカーが上手いやつ、ゲームが得意なやつ、鉄道に詳しいやつ、踊れるやつ、そんな中、僕には何もない、勉強もできない、運動音痴、得意なことも一つもない。
何かひとつでも皆が認めてくれる何かがあれば、この状況から抜け出せるかもしれないかもなと思う。
そんな事を考えていると、授業開始のチャイムが鳴った。
授業中、僕はふと思った。高杉くんに話し掛けるのは控えよう、それは分かる。
彼にも立場があるし、僕と話す事で高杉くんまで標的にされるかもしれない。
だが、朝の挨拶、「おはよう」の一言はいいのだろうか?
今の僕にとって、朝の挨拶、僕が言い、彼が返してくれる、これは、儀式の様なもので、唯一僕が此処にいると確認できる救いだ。
それすら無くなったら、僕は...
考え始めると気になって仕方がない、僕は駄目だと分かっていても、どうしてもその事を確認したかった。
「...ねぇ...高杉くん...」
「.........」
「ひとつだけ、いいかい?...」
「.........」
「ねぇったら、高杉くん」
その時、両手で机をバンっと叩き、高杉くんは立ち上がると、叫ぶように言った。
「いい加減にしてくれよ! 日野くん!」
クラスがざわめく、どうした、どうした、と、ひそひそと騒ぎ始める。
高杉くんは、微かに震え、目に涙を溜めて続ける。
「なんで?! なんで僕なんだよ! 君を苛めてたのは、光田たちだろ! 僕じゃないだろ?! 確かに僕も君を無視した。でも仕方ないじゃないか」
クラスがいっそうざわめき、誰彼問わず喋りだす。
「えっ? 日野?!」「なんで?!」
「高杉くん、なに言ってるの?」
「悪い冗談はやめろよ!」
高杉くんは今日初めて僕を向いて言った。
「君はもう死んでいるんだっ! 化けて出るなら他の子にしてくれよ!」
「.........そうか、...そうだった...」
僕はクラスメイトに無視され、自分が人間なのか、それとも空気か何かか分からなくなり、確かめたくて...、そこの窓から...飛んだんだ。
そうか...僕は死んでいたのか...
...でも、まあいいや...僕には高杉くんがいるから!
作者深山